第2話 魔術士は一日にしてならず

 オルドヴィス王国第一魔術学院。そこはこの王国に三つある学院の中でも特に優秀な生徒が集う場である。その図書館には古い時代のものや異国のものなども含め数多くの書物が収められているという。ただし一部を除いて。

 確かにそこなら何か手掛かりがあるかもしれない。


「そういうこたならばありかもしれんな。それで、その学院とやらにはどうすれば入れるのだ?」

「特に難しいことはないわ。実技と筆記、その両方のテストがあるからそれに合格すればいいだけよ。ああでも...」


そこで言葉をにごす。


「どうした?」

「あの子魔術がろくに使えかったから...多分実技の方は難しいんじゃないかしら」


 先ほど意識を内側に向けた時のことを思い出す。確かに魔術士としての資質は劣ってはいたものの十分許容範囲内のものであった。それに儀式を用いたとはいえ魔術の行使は可能だったようだ。つまり、展開能力と魔力制御、操作能力においては問題は無いだろう。

 となればおそらく足りないものは術式の構築能力だろうか?

もしそうだとしたらかなり厄介な話になる。試験内容がどういったものか知らないが、その能力がないということは戦闘中においても全て儀式を介さねばならないことになる。

 無論、能力の不足を補うためのアイテムもある。杖や魔術書などのあらかじめ術式が刻まれているものだ。しかし戦いにおいてそれらは複数人で用いられるのが一般的であり、個人がそれのみで戦うのは推奨されない。

なぜならものそれ一つに記録できる魔術には限りがあり、またその品質によっては魔術に耐え切れずに使える回数にも限りがある。

 そして魔術の調整もできず、複数の魔術を同時に扱うこともできない。

便利であってとても不便なものである。


 「広いところはあるか?」

「庭か裏山かのどっちかね。何するつもりなの?」


訝しげに彼女は眉を顰める。


「魔術について少し試したいことがある」

「なら裏山の方がいいわね。案内するわ。ただ...」


そこでまた言葉を濁らせる。


「...まさかとは思うがさてはこやつ_」

虚弱きょじゃくよ」


そんな予感は正直していた。書物を片付けている際に以前では考えられないほどの疲労感ひろうかんを覚えたのだ。


「庭でも構わんか?」

「いいけど、あまり変なことはしないでね」


_____.


 アルター家の庭へと出た。そこは美しく整えられており、十分な広さがあった。


「ここなら大丈夫そうだな」

「で、魔術について試すって言っても何するつもりよ?」


アレイスターは人差し指と中指を合わせてそこに魔力を込め、空中に力を持つ文字、ルーン文字を描く。

 文字が光を帯び、弾け、魔術が放たれる。

字の意味は火。弾けた文字は炎となり、くうを焼く。


「ルーン魔術ね」

「ああ」


 どうやらこれは使えるようだ。


「【赤き火よ 弾けよ】」


しかし、何も起こることはなかった。

 彼女は目を伏せる。退屈そうに、そして寂しそうに。


「【水よ 貫け】」


先ほどとは異なる詠唱によって魔方陣が形成され、そこから一筋ひとすじの水流が放たれる。


「...どうやら使えるようだが」

「そうみたいね。でもおかしいわね、あの子低位の魔術どころか<ショット>すら使えなかったはずなのに」


 <ショット>は己が魔力を塊として放つ魔術士なら誰でも使えるものであり、構築能力がどれだけ低くても使えるはずである。そしてそれは一部の者にとっては魔術の一つとして数えるのすらおこがましいとされるほどの稚拙な術である。

 

 「そうなると呪いの影響かもしれんな」


 呪いや祝福と呼ばれるものは魂、精神に刻まれるものである。なので仮にユリウスがそれの影響を受けていたとしても、今のアレイスターには何の効果もない。


「呪いか...もしかしてそれを解決したくてあんたを呼んだのかしら?」

「かもしれんな。だが仮に成功したとしても目論見通りにはならなかっただろうがな」

「分野違いってこと?」

「まあそんなところだ」


妙な沈黙が流れる。


「...ごめん。あんたが本当に天才?」

「魔術の分野ならな」


_____.


 同日夜。アレイスターは彼、正確にはユリウスの自室で星をながめていた。

目先の目標としては学院への入学だ。ルイスからもらった過去問をいくつか解いてみたが、学力テストの方は問題ないようだ。

 実技に関してはかなり不安が残る。試験当日までの一か月で可能な限り調整しなければならない。

 それだけではない。体力、筋力もつけなければならない。


 「少し飲みすぎたか」


トイレに向かおうと部屋を出たところ、隣の部屋から彼女のすすり泣く声が聞こえた。彼の、ユーリの名を呼ぶ声も。


「.........」


やはり返すべきなのだ。この体を、元の持ち主たる彼に。

 死者がこの世にあっていい道理などないのだから。その為にもまずは目の前の課題を終わらせるとしよう。


 夜が過ぎ、日が昇る。

灰銀の髪を結い上げ、寝間着ねまきから着替える。

 部屋を後にして顔を洗い外に出る。

 まずは体力をつけるために軽い運動を始める。その際に魔力を意識して体内で循環じゅんかんさせることによって魔力の操作能力の向上を図る。

 十分ほど体を動かした後、正門から外へと出て屋敷の周囲を歩いて一周する。

 本来ならジョギングと行きたいところだが、この体にはおそらくまだ早いだろう。

 そしてただ一周するのではなく、ここでも魔術技能の向上を図る。息を吐くのと同時に体内の魔力を外へと放出し、息を吸うのと同時に大気中のマナを取り込み、それを魔力へと変換する。これにより魔力への変換効率と魔力量を僅かづつ上昇させる。

これは操作能力の向上によって効率が良くなっていく。その為魔力の循環は常に意識して行うようにする。


「これだけのことで、ここまで疲れるとはな...」


一周し終えて玉のような汗をぬぐう。その体にはずっしりと疲労の色がこびりついていた。

 呼吸を落ち着けた後、持ってきたシートを敷いてそこで柔軟を行う。


(これ以上のメニューはもう少し体力をつけてからだな)


 朝のトレーニングを終えて部屋へと戻ろうとしたところ、彼女と目が合った。


「朝から精が出るわねー」

「以前からの日課だったからな」

「そうなんだ。ま、なんでもいいけど。朝食できてるわよ」

「それはいい。ちょうどお腹がすいていたところだ」


 ルイスに連れられて食卓に着いたがそこには二人分の食事しかなかった。


「昨日から思っていたのだが、他の家族はいないのか?」

「ええ、今はね。お父様は王都の方へ出ているし、兄様はその付き添い。母様は...ユーリを生んでから間もなく去ってしまったから」

「...そうか」


 彼女はそこで目を伏せる。気まずい沈黙ちんもくが流れ、時折食器の音だけがその空間に響いた。


 朝食を終えたアレイスターは書斎にこもって探し物をしていた。

それは死霊術や呪術、異国の文化が記されたものである。それらが見つかればあの紙束の解読の手掛かりになるかと思ったのだがそれらは一向に見つからなかった。

 異国の書物自体はいくつかあったのだが、それらはまともな手掛かりにはなりそうになかった。

 そこで一つの懸念けねんが頭をよぎる。学院の図書館にも手掛かりが無かったらどうするのかと。

 それはあり得ない話ではない。もしそうなら自分の足で各地をめぐり、探し出すしかないが、何の当ても無く彷徨さまようのは無謀むぼうもいいところだろう。


(心当たりが無いわけでもないが...果たして生きてるかどうか)

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