㉗ 〔らせるべあむ〕と〔ヒヱヰキ〕
「えぐっ、・・ふ、ふんぐ・・チペぇ。」
両手の塞がったキペは肩でドアを押し開け、そのまま寝ていた布団へニポを降ろす。
「大丈夫だよニポ。・・・あの、ちょっと、掛けていいかな。」
キペの手を離したがらないニポだったが、さすがに目の遣り場に困ってしまう。
「ふぐ。」
うん、ということらしい。
赤目のあの不思議な空間から出たからか、キペ自身もいつもの心のリズムに戻り始めていた。
「・・・ニポ。きみはどこから聞いていたのかわからないけど、帝王斑の話はパシェのことなんだ。でもね、それも大丈夫。
あれは毒じゃないんだって。きみもパシェも大丈夫ってことだからね。ごめんね、内緒の話なんかしてたからびっくりしちゃったんだよね。」
怯えた目はそれでも安堵に色を和らげ、その繋がれた手のおかげか甘えるようなまなざしさえ浮かべている。
キペはそれにやさしく笑みで応え、胸まで毛布を上げてやる。
「ふぐ。」
赤目の帝王斑を見たのはニポも初めてだったのかもしれない。
あの累々と体にこびりつく斑を見ればそれが死を呼ぶサインに見えなくも―――
「たーるらーりらー、はーやくリードになーぁれっ、はーやくリードをかーえせっ・・・
なっ!
こ、こんな、こんな真っ昼間っからヒトん家でおたくら何の脈絡もなく・・・
ふふ、そうだな。
わかったわかった。おれもそんな時期があったからな。いーさいーさ。大いにやってくれ。寝台じゃないぶん軋む音にも気を配らなくて済むしな。うんうん。しゃーないな、行くぞ仮リド野郎っ!」
台無しマン登場。
そして台無しにして退場。
「・・・ぷふ、ふふふ。」
少しふくれるニポも、キペの笑顔に、その余裕に心はほどけていた。
そうなるといつものニポに戻るわけで、照れ隠しにはやっぱり怒号が一番ね、となる。
「チペえっ! 着替えを持ってこーいっ!」
そんな自分の照れ隠しに照れてしまったりともういい塩梅に面倒くさい年頃のオカシラに、キペはわかった、と言って立ち上がる。
本当はもっとそうしていたかったような手を毛布の上に重ねて置いて。
「ねえニポ、不安になったらいつでも呼ぶんだよ。すぐに駆けつけるからね。
・・・だけどね、ニポ。・・・僕、・・・時々そういう目で見るかもふっ!」
枕が飛んでくる。
当たり前なのだが、それでも目に焼きついて焼きついて離れないものがあるためキペには見知らぬ元気がみなぎっていた。
かちゃ。
「・・・キペさん、これを。・・・あたしたちに協力したヒトたちの陰を見て、それからあなたが自分で決めてください。」
部屋を出た廊下でウィヨカが槌提げを抱えてキペに話しかけてくる。
ニポの気が鎮まったのもあり、さっきほど感情的にはならなかった。
「・・・。母さんの手槌?・・・あれ、ニポ。」
そこで寝っ転がって待っていると思っていたニポは薄手の毛布を巻きつけて廊下へ出てくる。
閉めたドアからウィヨカの声が漏れたのだろう、キペが心配で起きてしまったようだ。
「ふん、たまげたね。赤目の部屋の引き出しにあったのは知ってたけどまさか[打鉄]屋のモンだったたーね。
でもねウィヨカ、ウチのチペを巻き込むんならそらあたいらの問題でもあるよ。
下で待ってな。赤目の服でも借りてくる。」
ニポが出てくることも想定していたのか、驚くことなくウィヨカは頷いてキペを促し階下へと降りた。
そこで。
「周到な男だーな。」
「きゃっ。」
薄明かりの広間へ続く階段の陰から音も気配も消した男がひとつ呟く。
「この厚待遇もココの連中の過去の吐露も、みんなキペを値踏みする判断材料とその環境作りの一環だったってワケか。
・・・悪いなウィヨカ、おまえさんらに気を許せねぇのはおれじゃなくてこの偽リドなんだわ。」
ひょこっとアヒオのマントから出てくるリドミコも怪訝そうな表情は同じだった。
「現状の組織の連関には全く疎いのだがな、ユニローグへ続く道程にしか認められぬものを見つけては。・・・道徳的にはマズいのだろうが、ふふ、こういう癖を宿主が持っていたのもあるいは幸運か。」
ぱ、と手を開くとそこには指差すヒトの手のような形をした金属加工品がある。
土ではなく埃が付いている所を見るとどうやらそれは散歩の途中で拾ったり掘り起こしたのではなく、どこかに保管されていたものを拝借してきたのだろう。
「ちょ、・・・それは――――」
「いいよ、ウィヨカ。僕が説明する。」
そう言って二階から着替えたニポと共に下りてくる男は、皮肉なほど今までと同じように微笑みを絶やさなかった。
「物体の形状に関する記憶までもが継承されているのなら、その壊れている〔らせるべあむ〕の力も理解している、ということでいいのかな? 第八人種の語り部さん。」
詳しく尋ねていなかったアヒオも含め、その場の視線はリドミコとその手元の物体へと注がれる。
「残像のように剥落した記憶だ。だがこれが〔光水〕を応用した道具であるならばまさに〔ヒヱヰキ〕の断片と言えよう。
ユニローグが守護するとも保有するとも云われる〔ヒヱヰキ〕の一片とはいえ、なぜコレがこの村にあるのか知りたいところだな。」
キペにもニポにもアヒオにも驚きだった。
それが何なのかは謎ながらも、統府や『スケイデュ』、あるいは『ファウナ』や『フロラ』もかもしれない、そんな大多数のヒトの欲の先に据えられている〔ヒヱヰキ〕の一部を今、目の当たりにしているのだから。
「話がまた絡まっちゃうねえ。端的に答えようか。
細かな部分は僕らが示す道を歩けばおのずと耳目にするだろう。そしてそれらを実際に体験してもらわないと本当の意味は理解できないからね。
さ、まずそれがココにある理由を話そう。きみらはキペの「義理の父親」であるジラウ博師を知っているかな?」
ふん?となったのはニポたちだけではなかった。
キペ本人も、だ。
「キぺ・・・そうか。・・・家庭の事情は知らない。たぶん、ありきたりな離婚や死去があった後の話だろうね。
だけどそんな偶然の先で生じた[打鉄]屋・ナコハさんと解古学者・ジラウさんの結婚によって、こんな複雑で大きな問題に彼らは直面することとなった。
ま、それもまたいつか知るだろう。
話はベゼルという男の子がのたれ死ぬところをジラウさんが救い、一緒に研究していたモクさんを通じてこの村と関わりを持つことになった所から始めようかな。
学者の中には自分の研究に対しては極力、他者の力を借りたがらないヒトもいるんだ。
発見や研究成果を自身の手で掴み取りたいという欲が、協力によって分散、減退させられるから、と言えばわからないでもないだろう?
だけど中には目的を達成することこそが本意であって、その過程には拘泥しないヒトもいる。
だからモクさんたち『解識班』は解古学者に助力を求め、ジラウさんがそれに応えたのさ。
さて突然だけど、誰かその〔らせるべあむ〕の金属を答えられるヒトはいるかい?
・・・ふふ、実は僕らも解っていない。
高温にすれば溶けるのは知ってるけど、素材の特定にまでは至っていないんだ。
ちょっと話が横に行くかな、きみたちの誰か一人でも、「バファ鉄」を正しく分類できるヒトはいる?
・・・いじわるな言い方だけど、これが本質かな。
つまりバファ鉄もその指差し型の金属も僕らの理解を超えた人工物なんだよ。
〔ろぼ〕や〔こあ〕を一から作れないのと同じように、それは太古に自然の手を借りて作り育てたものではなく「ヒトの英知によって創造されたもの」なんだ。
無論これは一つの仮説に過ぎないけど、他に説得力のある説明はできないからね。
で、話を戻そう。
バファ鉄にしろその指差し金属品〔らせるべあむ〕にしろ、昔から幾つか見つかってはいたのさ。壊れてない方はジラウさんが持ってたんだけどね。
でも文明が発達していない時代には神の鉱物として崇められてたから研究の対象にならなかったし、奉納された社の奥に祀られていたからそもそも陽の目を見ることがなかったんだよ。
そうなると当然、物質に詳しい者はその起源を知らず、起源を知る者は属性などの性質を知ることができない。性質を知る者は物質的価値を投げ置いて類型できない上、少量で勝手が悪いから研究しようがない。
これでは『解識班』がそれらに辿り着かなかったのも頷けるだろう?
だけど門戸を広げることでようやくそれらを縒り合わせることができた。歴史や真実の重みに耐えうる紐を、綱を作ったんだ。
だからココにそれがある。
バファ鉄も、解古学と[打鉄]屋の歴史を繋いだナコハさんの手槌もある。集めたんだよ。
この村自体が『ヲメデ党』を輩出できるひとつの研究機関として、あるいはその保管庫として存在しているからね。
だけどあくまでこの村は考えたり見つめたりするのに適した場所でしかないのさ。確かめるためには実動班とより広い情報を収集する班が必要になるから。
ニポ、もう察しはつくよね。
これまでこの村を出たがる者が少なかったにも拘わらず、ボロウたちをはじめきみやベゼルたちを外へ向かわせたわけが。
そういう諸々の事情もあってかな、カロやエレゼと面識のない村の出身者が出会っても分からない、なんてことがあるのは。
たぶん敵対することはないと思うけど、隠密な行動を各々に託している以上は可能性としてないわけじゃない。そんな危険を孕んでもなお、忍び足で行動してもらわないと他の組織に気付かれてしまうからね。
それは僕らの研究や発見を横取りされるのが嫌なのではなくて、諸背景や思想の「違い」が誤った結末を手繰り寄せてしまうことが恐いからなんだ。
・・・だけどもう、そんな悠長なことは言っていられないんだよ。」
手短にまとめたかったがそれでは確かな理解は得られなかっただろう。すべてをつまびらかにできなくとも、これ以上の関係悪化は赤目たちにとっては不利益でしかない。
といってそれはキペたちも同じ条件だった。
自分たちを取り巻く環境に様々な交錯した意図や根回しが理由もわからないまま飛び交っていては、いつどんな危険に遭うかも予測が付かないから。
「つまりお前たちは広角的にユニローグへと迫り、準備もずいぶん整えている、というわけか。そしてその鍵となる幾人かのうちに、そこのヌイのハウルドが挙げられる、と。」
ひょい、とリドミコはキペを見上げる。
え、僕、知らない、とキペは顔を背ける。
「・・・なあ赤目、それってウチのチペの、冠名になんか意味があるってことかい?
チペの母親なり父親なり家族と接触してればたぶん、あんたなら気付いてたはずだよ。」
長い袖や裾を捲って腕を組むニポはそのまま赤目から離れてキペにくっつく。
「まあ座って話そう。・・・ウィヨカ、お水を持ってきてくれるかな。」
はい、と言って別屋へとウィヨカは向かい、一同は赤目の促すまま席に着いてその続きを待った。
「・・・父さんは?・・・
・・・はっ、そうだ、なんで忘れてたんだろう。
そうだ・・・僕が小さな時にハユを抱いて――――」
「ちょっ! ちょっと待ってくれないかキペっ!
きみの弟・ハユくんは・・・ナコハさんの子どもじゃないのかっ?」
みるみる赤目の顔は青ざめていく。
その意味が分からない一同は怒りにも似た表情へ変わる赤目の次の言葉を待った。
「そ、んなっ!・・・はぁ、あ、焦らせるわけじゃないけど、マズいことになるよキペ。
きみの代わりにハユくんを《六星巡り》の宿主にさせようとしている者がいる。
それがジニだけなのかは判らないが、ハユくんが「ナコハさんの子ども」じゃないならたぶん、覚醒子じゃな――――」
「え、じゃあ、じゃあハユはっ? 《オールド・ハート》もなくて僕らと血の繋がらないハユに交雑血聖を取り込ませたら・・・?」
誰が意図しているかなどどうでもよかった。
ハユが利用されていることを咎めるつもりもなかった。
だが、ハユの危険だけは、それだけはなんとしても回避しなければならない。
「だからっ!
・・・くっ! だから無知な者がこの秘密に触れることを僕らはこんなにも恐れたんだっ!」
「おーおまえさんら、蟲や紙鳥は持ってないか? 出て行った仲間やらに伝えて・・・あ、そういやおれにも・・・あ、ダメだ。ヒナミにしか届かないな。
まぁいいキペ。あんまり話したかないがあいつぁ元『スケイデュ』の長だった男だからなんかできるかもしれない。期待はできねーだろうけど明日の朝にでも飛ばしてやる。
リドの袋ん中にいるヤツぁ朝型のだから。気が急くところだろうがよ、道に迷われるより確実だ。」
もう他人事に思えないアヒオはリドミコの肩提げ袋の中の蟲箱を覗き見る。あ、やっぱ朝型のだ、とため息を漏らしながらとはいえその気持ちだけでもキペは救われた。
「ちょと待ちなっ! 整頓させてくれないかい。
つまり・・・つまり風読みはチペの弟をチペと同じ「資格者」だと思ってて、んで《六星巡り》で得た交雑血聖を投与するつもり、ってかい? あぁ、アヒオあんたはわかんないだろうけど《六星巡り》ってのをやると無敵みたいな血が手に入るって思ってくんな。
ほいでも実はチペとはまるで血縁がない弟だから黒ヌイであっても順応もできずにただ「感染」するだけってことだね赤目?
・・・普通のヒトじゃ受け入れられないはずの交雑血聖が弟に打ち込まれるって・・・
んんんんんっ! どーすりゃいいんだもうっ!
居場所を知ってりゃ手は打てるだろうけどさ、『スケイデュ』内部ってだけじゃわかんないのと一緒だよチペっ! あの風読み野郎なら確実にあんたんトコの弟と会うだろうけどそれじゃたぶん遅いからねっ!」
それでもまだキペは迷っていた。
赤目の示していたユニローグを阻む《ロクリエの封路》開拓のために、風読みがキペと聖都までの道を歩いたなんてどうしても思えなかったのだ。
キペを支えた言葉は、気持ちは、そんな冷たいものではできていなかったはずだから。
「はい、どうぞ。」
水差しと木杯を持ってウィヨカが戻ってくる。
ふと見遣った壁下の明かり取りからはもう、陽の光は射していなかった。
そこで赤目がはた、と思い至り声を投げる。
「そうだウィヨカ、ハイミンが起きたらすぐに伝えて欲しいことがあるんだ。
彼の「目覚め」を聞いたら教えてくれないかな。もう覚醒の予兆はあったからね、本格的に目を覚ますのは時間の問題だろう。
それよりもキペ、きみもハイミンの元へ行くんだよね? だからこそ今はきみの問題について知っていて欲しいんだ。
なぜ、きみの血族がロクリエの変読名である「ローシェ」の冠名を持っているのかを。
きみはその答えを知っているかもしれないんだよ。
そしてそれこそが、今きみやハユくんに降りかかっている災難の理由になるんだ。
そうじゃなければ探せば見つけられる、《オールド・ハート》か血聖を持つ誰かで代用するはずなんだから。」
確かにそうだった。
〈木の契約〉から順に取り込むことで「全ての第八人種の混在を可能にさせる」ことならリドミコでも出来得る上、風読みほどの人脈の持ち主なら命令どおりに従う者がすぐに集められたはずなのだ。
「おーちょっと待ってくれ、じゃあ何か? キペはただの《オールド・ハート》じゃないってのか?
キペに冠名があったとは知らなかったが、たとえばそれが胡散臭ぇ伝説の魔法使いロクリエの「正統な血統」だった、としてもよ、おかしくないか?
台王・ロクリエはユクジモ人だろ? キペはファウナのヌイ族だぞ?」
隠された王家の血筋、とは到底結び付けられるものではない。相当に近い部族でなければ満足な子を産むことができないことなど子どもでも知っている常識だ。
「たぶん、ばかりですまないけど、血、ではなくその成分やそこに根ざしていた抗体生成能力などはおそらく継いでいるんだろうね。
だけどなぜ屋号でゴマかして名家のようにはっきり冠名だと明言しないかが疑問なんだよ。
キペ、きみが思い出せないにしろ知らないにしろ、この事実は必ずきみに付きまとってくる。そして知らなければならなくなるはずだよ。
ハイミンが知っていてくれると助かるんだけど、きみを狙う者はおそらく、なんらかの目星はすでにつけているだろう。
・・・そしてここからは僕の推測になるのだけど、きみら鉄打ちが「ローシェ」の名を屋号として伏せていたように、もしかしたら他にも同じように隠しながらロクリエの名を継いでいる者がいるかもしれない。僕らもそれを秘密裏に探してるとはいえ隠されたものを探すのは当然ラクじゃないからね。
いま言えるのはゴマかしながらオモテに出しているきみや、その血筋を継承していると思われているハユくんが格好の標的だと自覚してほしいってこと。
きみに付き纏う「なぜ」は、きみ自身が解かなければ誰も答えてはくれないんだよ。」
謎が謎のまま背中を狙い続けるこの現状を、キペももうなんとかしたいと思い始めていたところだ。
「・・・僕が・・・知っている、か。」
かちゃ。
「ニポ、回線接続ガ終わっタぞ。」
そこへ急ぎ足でコリノが入ってくる。
無愛想な男ながらどこか笑みのようなものを浮かべているようだ。
「よっさ、成功したってかい? 試運転は?」
どう動くにしてもヒマやヤシャの修理が済まなければ移動に時間が食われてしまう。心が強く走り出したい衝動に駆られている今、ニポの晴れた表情は大事な一歩の確証だった。
「人為伝導でハとりあエず稼動したガ、本番ハおぺれった次第ダ。さスガに使い慣れテるだケあってオまエの言ったトオり理論の拡張ハ適応可能らしイな。・・・中ニ着やスく仕立て直シタ遮音服は置いテオいた。急ぐンだロ?」
むきっ、とキペを振り見るニポ。
答えの要らない一同は立ち上がり、そして赤目に顔を向ける。
「世話んなったな、赤目。もっといろいろ聞きたいことがあるっちゃあるがキペの弟の一大事なんでな、行かせてもらうわ。」
ひとつ笑い、アヒオはリドミコを小脇に抱える。
「まったくだ。そこまで慌てずともよいものを・・・またもし会うことがあればゆるりと茶の一杯でも交わしたいものだな、村の長。」
ぷらんぷらんしながら偉そうに口角を上げるリドミコ。
感情を持たない第八人種も、ヒトという大地に根付くとずいぶん表情豊かになるのかもしれない。
「やいチペ、洗濯モンは取り込んでいけよ、外に干してあるからなっ!
なあ赤目、ウィヨカ、コリノ、あんたらがあたいらと違う道を行くのはそれでいい。利用したけりゃそれでもいい。んでも、あたいらはあたいらの歩き方で行かせてもらうよ。」
つい先ほどまで恐怖に怯えていたとは思えないほど決然と、ニポは腕を組んでそう言ってのける。
「うん。そうしてくれていい。それにきっと、キペ、きみは歩き通すだろう。
・・・ふふ、お似合いだと思うよ。」
そう言って赤目も立ち上がり、キペの肩に手を置く。
「僕では赤目さんたちの目的や要望に応えられないかもしれません。だけど、このよくわからない大きなうねりの中であなたたちに出会い、いろいろを知りました。
たぶん、だから僕が流れていくことが一つの答えになると思うんです。待ち望んだものにしろ、揉み消したくなるものにしろ。
・・・行ってきます。行って、歩いてきます。・・・それでは。
さ、行こう。リドミコたちの目的地へ。
そしてパシェが待ってるといいなと思う浮島シオンへっ!」
ばし、っと恰好よくやるキペ。
ほら、洗濯モンはどうした、とニポに引き摺り出されるキペ。
赤目とウィヨカは拍手で送ってくれているぞ、がんばれキペ。
「・・・なア赤目、期待できルのカ?・・・あレデ?
・・・・・・おイ赤目っ! なゼ目ヲ合わサナいっ?」
そんなこんなでニポはアヒオに手伝ってもらってモコモコじゃない遮音服を着、生乾きの衣類や装衛具をキペとリドミコが畳んでヒマ号に押し込み、ダイハンエイが満ち満ちた力を咆哮に変えて白い夜へと啼き上げると準備は整った。
「さー掴まってな野郎どもっ! キペ、そこの横っちょの「れば」をこっちに引き込めっ!」
相変わらずこくぴと内に大人三人と子ども一人は息苦しかったが、ニポが元気になったのでキペはニコニコしながらそれに応える。
「これかな、っと。はい、オカシラっ!」
声が比較的聞きやすくなって目の覆いもなくなったニポは、手渡されたみゅよーんと伸びる「れば」を素手で握ってぐいと捻る。
「見てな三下(キペ)・新入り(アヒオとリドミコ)っ!
鋭角推進ウラオト発動っ!
くっくっくっく、これでイけるぜ。今までホントしんどかったからやらなかったろぼ‐おぺれった共鳴うんたらこんたらっ・・・
「十式誘伝」っ!
ぬぉりゃあああああああああああああああああああああああっ!」
あーなんか説明が長いなぁと思う間もなく、むごー、とヒマ号がニポと調子を合わせて唸り出し、動き始めたダイハンエイはあっという間に速度を上げる。
「ぬおっとー、なんだ、上の三角帽子が火ぃ噴かなくても速えーじゃねーの。やるなぁニポ。な、マガイモノ。」
上機嫌だがやはり第八人種が大嫌いなアヒオ。
笑顔の毒に顔を背けるキペはそのままニポの頭をひとつ撫でてやる。
「でも無理はダメだよニポ。・・・・・・待っててね、ハユ。」
ばきばきばきばき、とまた遠慮なく野山の木々をなぎ倒すダイハンエイは一路、目的の地「浮島シオン」へひた走る。
やがて轟く怪音は陽が昇りきるより早く、遠くその島を見下ろせる丘へと辿り着いた。
水面に映るその島の端に赤い炎が垣間見えるのは、しかし今すこし先となるだろう。
ものがたり 3 山井 @crosscord
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