匂いに敏感な「コンパル」。その敏感な嗅覚に自らが翻弄され、辿り着いた先は茶房カフカ。その店のマスターであるヤマシロが紅茶とともに纏う香りに強く心惹かれる。
告白した彼は、複数の恋人との関係を持つポリアモリストだった。
土曜日の恋人であるコンパル、金曜日の恋人であるヨシアキ。水曜日の恋人であるトキワ。
彼女と彼らは、性別問わず人を惹きつける魅力を持つヤマシロを中心に、それぞれの感情を抱きながら関わり合っていく。
その関係は硝子細工にも似て、壊れてしまわぬように描かれた丁寧な人間模様である。複雑な心の在り方を描く作者の力量が遺憾なく発揮されている。
紅茶の香りとともに、是非堪能してほしい。
とても奥深い、そしてセンスのある素敵な
物語である事を、初めに記しておく。
金春、青磁、蘇芳、常盤、檜皮、山吹…
和の色彩の様な登場人物の名前に、茶房が
舞台である故の、黒スグリやカモミール、
シナモンや胡椒などのスパイスを効かせた
お茶や食べ物。そして森深い異国チェコの
文化をふんだんに散りばめた、見た目にも
美しく魅力的な物語だが…。
この作品の中心には、ポリアモリーという
聞き慣れない考え方が、一つの杭の様に
深く存在している。
一つの恋愛に囚われないという考え方は
我々の今までの 普通 を根底から覆して
混乱と困惑の渦に巻き込むだろう。
だがそれは、誰かと向き合う事への戸惑い
恐怖、遠慮、その他諸々の感情の、一つの
発露でもあるのかと思わされるのだ。
尤も、登場人物たちも戸惑い、混乱や
嫉妬、その他様々な感情を縺れさせ複雑な
様相を呈してゆく。
それは恰も、深い森の中に営まれる
コクマルガラスの 巣 の様に。
雨音、ピアノの演奏。深い森の木々と
茶房で提供されるクラフトティーの香り。
心の綾は深く絡まり、いつの間にか
安堵と不安とを齎して行く。
感覚が、研ぎ澄まされる。
ポリアモリー?
わたしは初めて触れる言葉でした。
現代は多様性の時代、多数派だろうが少数派だろうが、等しくありのままを受け入れることが大事な時代になりました。この物語はそんなことの重要性、当たり前であることの大切さ、そんなことを強く訴える作品だと感じました。
この物語の中心にいるのが、そのポリアモリーのヤマシロさん。落ち着いていてセンスのいい雰囲気漂う魅力的な中年男性です。
彼には曜日ごとの恋人がいて、二人は男性、一人は女性です。とくにこの女性のコンパルさんはまだ大学生なのですが、歳も離れた、また一般的な男性とはかなり趣の違うヤマシロさんに惹かれていきます。
このコンパルさんの感性がまた独特で、彼女の心情が奇妙で美しい描写で語られていきます。ヤマシロさんに惹かれる理由が、そんな文体から立ち上ってくるのが、この作品のもう一つの魅力でした。
さらにこのコンパルさんを中心に、交わることのなかった二人の恋人とも接点が生まれ、ゆっくりと平穏な生活に波風が立ちます。でもさすがはヤマシロさん、多少の動揺はあっても、これまで通りの自分であり続けるんです。
それがポリアモリーというものなのかな? と思いつつも答えが出ることはありません。出す必要もないということにゆっくりと気づかされていくような、そんな不思議で魅力的なストーリーでした。
文体や表現の独特さ、キャラクターの魅力、知らない感性に触れる魅力、そんなものをめいっぱい詰めこんだ読み応えのある力作でした!
私たちの心と頭に『ポリアモリー』という性別を超えた特別な関係について投げかけてくる、とても興味深いテーマのひとつを取り上げた希少な小説です。
恋人として一緒に過ごす曜日を限定する――付き合い始めの大切な約束を結ぶところから始まります。
しかし、物語が進むにつれ、お互いに働きかける思慮や独占欲……訪れる出会いと別れとが複雑に作用し合い、読者を飽きさせない工夫が素晴らしいです。
異なる心の在り方の中で芽吹いていく恋と愛。様々な想いと行動とが複雑に絡み合い、ほつれ、結び付きを強くしていくように縒り合っていく。この駆け引きがなんとも言えない魅力に映ることでしょう。
特筆したいのはポリアモリー同士の社会的な距離が近いことですね。これは物語の展開を設定する醍醐味の一つと言えそうです。
それらを一望に俯瞰する読者目線からは、キャストどうしの相互作用が引力とも斥力とも取れるため、緩急含めた面白さがこそばゆく感じるかもしれません。
さらには、作者様ご用達のチェコ文化の異国情緒を取り入れた興味深い思索的な融和も事欠いてはいけません。
物語をさらに深化させるための意匠が凝らされ、美しい旋律の調べと味覚の奥行きとを探求した心と舌を撫でていく楽しさもひとしおです。
最後になりますが、一人の男性に及ぼし合う複数の恋のパワーバランスが絶妙なんです。それに洗練された流麗で美しい文章と繊細な心の機微の描写は至高の領域を思わせる。
私から是非ともオススメしたい珠玉の一作です。
ポリアモリーの輪に含まれる四人の人物。
彼らはそれぞれ、未知の関係性に手探りで挑む者、許容の先に新たな連帯を持とうとする者、拒否する者、と抱える状況が異なり、様々な愛情のアプローチとして重層的に展開されます。
また、彼らを取り巻く人々には、奪われる事とその憎しみや、理解を抱く者の姿もあります。
我々の多くは、恋愛の当事者と傍観者の両側面を持ち合わせる機会があると思います。
この作品は、当事者である場合は、関係を保つために相手を尊重する距離感を、傍観者である場合は、余所事には批判も指摘もアドバイスも基本的にはいらないものだ、と教えてくれます。
愛情の形を考えさせられるお話です。ご一読ください。
当作品の大切な要素であるポリアモリー。関係者全員の同意のもとに複数のパートナーと恋愛関係を持つことに対して、あなたはどう思うだろうか? 複雑?混乱?ひょっとすると不道徳?
しかし考えて欲しい、他人ではない特別な人同士であるためには何が必要だろう? 独占や束縛、あるいは曖昧模糊に過ぎる社会的規範や法律などではないことは明らかだ。きっとそこに必要なものは「信じること」と「尊重すること」の二つだけで、それらがお互いに必要十分条件として機能していればそれで成立するのではないだろうか。
そう考えた時に、本作品の作者が提示するポリアモリーという生き方は、三人の恋人の間で多少の解釈の違い・領域のずれはあっても、極めてシンプルであることに気付く。私たちがいわゆる「普通」の恋愛と考えているもの、それはかえってシンプルさを損なっていないだろうか?
大切な人との絆について深く考察させてくれるこの作品。ぜひお読みいただいて、かけがえのないものを失わないための道標にしてほしい。
自分は、ポリアモリーという言葉を、「茶房カフカ」を通して初めて知りました。
ググってみると「複数のパートナーと合意の上で恋愛関係を築くスタイル」という説明がありました。
この作品では、ヤマシロさんを中心に、コンパル、ヨシアキ、トキワがそれぞれヤマシロさんと恋人関係を結んでいるという形で、このテーマが描かれています。
物語は、コンパル、ヨシアキ、トキワ、それぞれの視点で展開されていきます。
ヤマシロさん自身がその内面を語ることはないため、恋人たちの語りを通して、彼がどんな人となりかを読者は知ります。
自分が連想したのは、木彫り?です。
三人がそれぞれのみを手に取り、木を彫り、形を整え、ヤマシロさんという像を伝えてくる感じです。
「茶房カフカ」を読んでいると、「なるほど……」とか「そっか、そう感じるのかぁ」とボソボソ独り言を言いながら読んでいることに気が付きます。
価値観の幅を、最高にグイグイと広げてくれました!
全編を通して作者さまのチェコ愛に溢れています。
物語に出てくるチェコの音楽。幾度となく、YouTubeで同名の音楽を検索し、登場人物らと思いを共有しようとしたのはいい思い出です。
素晴らしいお話をありがとうございましたーーー!!(*´ω`*)