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APURO

第1話 

 古本の独特な懐かしい匂いが店内に漂っている。


 誰かと時間を過ごした古本達は、また誰かと時間を過ごす為に本棚に並べられている。

 お客さん達は本棚の前に立ち、本棚に並べられている本を手に取り、熱心に本を読んで

いる。


 僕はこの光景をレジカウンターから眺めるのが好きだ。


 時間も忘れて、自分の好きな世界に、まだ知らない世界に没頭する姿が。


 入り口のドアが開き、杖をついた老人が店内に入って来た。


「いらっしゃいませ」

 老人に向かって言った。そこまで大きな声で言っていないが店中に声が響く。それほど店内が静かなのだ。


「おい、真一」

 店長の小山和富さんが話かけてきた。この人は普段適当で仕事を全くしない人だが、実はやり手で、この店の他にビルを数棟、マンションを数棟所有している。いわゆる、金持ちなのだ。


「なんですか?店長」

「今月何件だ?」


「……何件?」

「あれだよ、あれ」

 小山さんは貸本コーナーにある一冊の本を指差した。


「あぁ、あれですか」

 僕が働いている泉丸書店は、古本屋であり、貸本屋でもある。


 小山さんが指差したのは「  」と言う本で貸本だ。


 この「  」と言う本は、誰かが手に取るまで、表紙も中身も何も書かれていない真っ白い本。


だが、誰かが手にすると、手にした人に合わせて、表紙と中身が浮かび上がる。その表紙と中身は手に取った人にしか見えない。中身はその人が今解決したい事、手にしたい事が書かれている。


 小山さんは、この本を海外の古本市で購入したらしい。どこの国の古本市かは覚えていない。なんと言うか、適当な人だ。本当に。


「6件です」

「6件か。ぼろ儲けだな」

「何言ってるんですか。結構辛いんですよ。お客さんごとに色々と考えないといけないん

ですから」


 泉丸書店では、「  」を使ったサービスを行っている。料金は1万円で、交通費などの

費用は依頼者負担。


「そうか。悪い悪い」

「本当に思ってます?」


「思ってるよ」

「それならいいんですけど」


「まぁ。この仕事はお前にしか頼めないしな」

「違う人でもいいんじゃないんですか?」

 なぜか、このサービスは僕だけの仕事になっている。分担すれば、もっと数を請け負う

事が出来るはずなのに。小山さんは他のアルバイトにはさせないのだ。


「ダメだ。お前にしかさせん」

「……は、はい」


 小山さんの言葉がちょっと嬉しかった。言葉は乱暴だが認められている。そんな気がした。


「でも、もう少しアルバイト雇ってくれませんかね。少なすぎますよ。僕を合わせて4人

って」


「店の前に貼ってるんだけどな。求人広告」

 たしかに店の窓に求人広告の張り紙を張っている。

「時代遅れなんですよ。あの求人広告だけで人が集まる時代は終わったんですよ」


「店長に向かって、その言い方はおかしくないか」


 小山さんは声を荒げ、顔は少し赤くなっている。

 客達は本を読むのを中断して、僕らに視線を向けている。


「事実をお伝えしてるんですよ。ブラックなんですよ。ブラック」

「……わしは70歳だからシルバーだぞ」


「店長。そう言う意味じゃないです」

「じゃあ、なんだ」

「もういいです。とにかく時代に合わせましょうよ。ネットとかあるじゃないですか」


 チャールズ・ダーウィンの言葉で有名な言葉がある。僕はその言葉が好きだ。そして、

この状況に合っている。その言葉とは、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が


生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である」だ。その通りだと思う。だから、目の前にいる頑固者に変化を訴えているのだ。労働環境の改善を。


「無理。ネットは分からん」

「僕が教えますから」


「嫌。無理なもんは無理」

 子供みたいな答えが返ってきた。


「頼みますよ」

「うるさい。検討すればいいんだろ」


「はい」

「また、今度な」


「絶対ですよ」

「わかった、わかった」

 僕はレジカウンターを離れ、本棚の本の整理を始めた。


 本棚に並んでいる本は時間が少し経つと、カバーがずれたり、全く違う場所に戻されていたりする。


だから、頻繁にレジカウンターから離れ、本を整理しないと、本がボロボロになったり、見栄えが悪くなるのだ。小山さんはしてくれないし。


「あのーすいません」

 老人が話しかけてきた。この老人は先程来店してきた人だ。身長は僕より、10cm程低く、白髪だ。


「はい。どうされましたか?」

「この本で聞きたい事が」


「大丈夫ですよ。言ってください」

 老人は手に持っている本を僕に見せた。その本は「  」だった。


「手に取るまで、表紙は白かったのに触れた瞬間、表紙が浮かび上がって、読むと私がどうしても手に入れたいものの情報が書かれていて……この本は一体何なんですか?」

 老人は興奮気味に言った。


「そう言う本なんです」

「……そう言う本?」

 老人は呆気に取られた顔をしている。


「簡単に言うと、その本は手に取った人が今解決したい事、手に入れたいものの手掛かりなどをその人だけに見せる不思議な本なんです」

「本当に?信じられん」

「試してみますか?」


「あぁ、頼む」

「じゃあ、本を貸してください」

 僕は老人から本を受け取る。そして、本を開き、老人に本を見せた。


「真っ白だ」

「でしょ。信じられないと思いますけど、そう言う本なんです」


「意味が分からない」

「意味が分からなくていいんです。僕もなぜこうなるか分かりませんから。これ、どうぞ」

 「   」を老人に渡した。


「……ありがとう」

「もし、よかったら最後のページ見てくれませんか?」

「最後のページ?」

 老人は、僕の言ったとおりに最後のページを開いた。


「これは?」

「これだけは誰でも同じように見えるものです」


 最後のページには、貸し出しカードが入った小さい封筒が貼ってあり、その下に「貴方

の願い叶えます。気になれば、レジまで」と書かれている。ちなみに小山さんの手書きで

ある。

「……貴方の願い叶えます?」


「はい。この本に書かれている事を手掛かりにお客さんが解決したいことを解決したり、手に入れたいものを探したりするサービスです」

「……手に入れたいものを」


「まぁ、このサービスは本を借りる料金とは、別に料金を頂く事になるんで、サービスを受けるかどうかはお客様次第です」

「……そうですか」


 はっきり言って、僕はこのサービスを勧めたくはない。負担が大きいからだ。けれど、小山さんの店長命令で、「  」の事を聞かれたら、勧めないといけないルールになっている。何とも言えないルールだ。


「まぁ、一度考えてみてください」

「分かりました……」


「おーい、真一。高松真一ー」

「はーい」

 小山さんが、レジカウンターから僕を呼んでいる。


 僕は小走りで、小山さんのいるレジカウンターに向かう。


「何ですか?」

「おつかい頼む」


「はぁ……またですか」

「頼むわ。お釣りはやるから」


「分かりました。行きますよ。行けばいいんですよね。それで、何処に行けばいいんですか?」

「いつものコーヒー豆屋」


「分かりました。それじゃ、お金ください」

「すまんな。財布取ってくるから」

 小山さんはそう言って、レジカウンターの後ろにある事務所に入って行った。

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