第35話
風菜は何も言わなかった。だから、私もそれ以上何も言わずに、彼女の服の裾から手を入れていく。ぴくりと体が反応して、彼女の瞳が揺れる。しっとりした肌の感触が、心地よかった。
私はそのままお腹を辿って、胸へと指を進ませていく。指が動く度に風菜は反応を示す。その様子が、なんだかちょっとおかしかった。
くすくす笑いながら、下着の端っこに触れる。こういうことをするのは初めてだから、胸が騒いで仕方がなかった。きっと顔は真っ赤になっているだろうって思うけど、風菜も恥ずかしそうだからおあいこだ。
リボンと私の顔、どっちが赤いですか?
なんて、そんな馬鹿みたいなこと聞かないけど。
「風菜」
「なまえ、呼ばないで」
「なんでですか? ……風菜」
「変になる、から」
私のは平気で触ってきていたのに、自分が触られると駄目なんだ。私はそのまま、下着の中に手を差し込んだ。
びくりと、彼女の体が大きく跳ねる。
私はその感触に、少し驚いた。こうして触るのが何年振りになるかはわからないけれど、大きくなったなぁ。昔はぺらぺらって感じだったのに。今はこう、ぎっしりって感じだ。……擬音、間違ってるかもだけど。
「可愛いですよ、風菜」
「……りんねの、ばか」
「はい。私はばかです。ばかだから……止められません」
私は彼女に触れながら、そっとキスをした。
掌から、指先から、唇から。ありとあらゆるところから彼女を感じられて、幸せな心地になる。そういうことがしたいってわけではないけれど、もっと彼女を感じて、もっともっとお互い幸せになれるのなら、してもいいのかなって思う。
どうなんだろう。私は風菜を独り占めしたいけれど、キスより先のことをしたいって思っているのかな。なんてのは、胸に触りながら思うことじゃないだろうけど。探るように、辿るように彼女に触れていると、彼女の体は面白いように反応を示す。
言葉にせよ、行動にせよ、自分がしたことで相手が反応するというのは案外楽しいものなのかもしれない。私はその潤んだ瞳を追って、何度もキスをした。角度を変えて、たまに舌先で触れて、また唇で触れるだけに戻って。
そうか、と思う。
変になっているのは風菜だけじゃなくて、私もなのだ。
きっとこれはもう、止めることができない。
「ねえ、風菜」
「……なに」
何度も名前を囁き続けたせいか、ちょっと涙ぐんでいる気がする。
私はにこりと笑った。
「私と付き合ってください」
「……は」
「今なら雰囲気、ありますよね?」
「おっぱい触りながら言われても、雰囲気ないよ。ばか、変態」
「おっぱいて。……で、どうなんですか?」
時々風菜はひどく子供っぽくなることがある。だけどそういうところも、好きだ。私が笑っていると、彼女は眉を顰めた。
そして、素早い動きで私に顔を近づけてくる。
八つ当たりみたいなキスだと思った。唇をくっつけて、舌を縦横無尽に動き回らせて。感情を伝えるとか、好きって気持ちを確認するとか。そういうのじゃない、なんとも言えないキス。
……それでも心地いいって思ってしまう私は、ちょっとやばいかもだけど。
「好き。好きなの、りんね」
「はい。私もです」
「りんねのカノジョになりたい。……ずっと昔から、そうだった」
「彼女にしたいタイプじゃないって、前に言ってませんでしたっけ?」
「意地悪。そんなの冗談じゃん」
「あはは、ごめんなさい。可愛くてつい」
「ふうな、そういうの嫌い」
「反省してます」
「ほんとに? なら、ちゃんと……もっとちゃんと、好きって言って」
彼女はゆっくりと上体を起こして言う。自然と私は彼女の服から手を抜くことになる。その温もりは、あっという間に遠ざかってしまう。少し寂しかったけど、変わらず彼女は隣にいるのだ。だから、大丈夫。
私も体を起こして、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「好きです、風菜」
感情を伝えるのは難しい。
言葉は相手のフィルターを通ってその心に届くことになるし、行動で伝えたってその行動の受け取り方は千差万別だ。だから私たちはいつだって、この胸の内にある100%の気持ちを、どうすれば相手にちゃんと伝えればいいのか頭を悩ませてしまう。
誤解されるのは怖くて、ちゃんと伝わらないと嫌で。
でもわからないこと、伝えられないこと、齟齬だらけでも、ちょっとずつ本当の心には近づけるはずだって最近は思う。だって、こうして彼女の全身から伝わってくる好きって気持ちは、嘘じゃないのだから。
私の感情だって。
胸の内をそっくりそのまま伝えられなくたって、彼女にはちゃんと「好き」って伝わっているはずだ。……ううん。絶対伝わっているって思う。
「好き。好き、好き、すきっ……。りんねのこと、すき……」
体温とはまた違ったものが、肩に落ちてくるのを感じる。
それは彼女の純粋な感情なのかもしれない。
「はい。私も、大好きです」
「ずっとこうしてほしかった。ぎゅってして、好きって言ってほしかった」
「……うん」
「ちゃんと好きって言えなくてごめんね。からかったりして、ごめん。……ずっと、ほんとのふうなを隠して一緒にいて、ごめん」
「私も、ごめん。めんどくさいこと言ったり、変に怒ったりして。本当は、ただ風菜とこうして一緒にいたかっただけなんだ。……風菜のこと、独り占めしたかっただけ」
風菜は少し体を離して、私のことを見つめてくる。
少し充血した目に、頬に残った涙の後。
私は微笑んだ。
「あーあー、泣いちゃって。可愛い顔がくしゃくしゃになってます」
「ずるい」
「……え?」
「いつもはりんねの方が泣き虫なのに、今日はふうなばっかり泣かされててずるい! りんねももっとえんえん泣いて!」
「嫌ですよ、恥ずかしい」
「あー! 恥ずかしいって言った! それ泣いてるふうなは恥ずかしいってこと!?」
「ちょ……そ、そうじゃないですよ! もー! 子供みたいなこと言わないでください!」
せっかくいい雰囲気だったのに、ぶち壊しである。
彼女は不満そうな顔をしているけれど、私の方がよっぽどそういう顔をしたい気分なのですが。
私はため息をついてから、思わずぷっと笑った。
私たちには、これくらいがちょうどいいのかもしれない。まだまだ未熟で、伝えられないことも多くて、わからないところも多いから。これから少しずつお互いのことをちゃんと伝えて、知って、大人になっていければいい。
風菜が隣にいてくれれば、私は——。
「風菜って、ほんと。子供っぽいですよね」
「りんねには言われたくない」
「え、なんでですか」
「泣き虫だしわがままだし嫉妬深いし、言うことやること子供っぽいじゃん」
「自己紹介ですか?」
「そういうとこ!」
わかっている。私がどうしようもなく子供だってことは、私が一番よくわかっているとも。
「でも、風菜はそんな私のことが好きですよね? 私も子供っぽい風菜のことが好きです」
「そう、だけど。そうだけど! りんねのそういうとこ、やだ!」
「えー……」
お互いの胸に触り合ったり、ハグしたり、じゃれ合ったり。なんだか今日は忙しいなぁ、と思う。
私がくすくす笑うと、彼女は私の頬を引っ張ってきた。
お返しにお腹を突くと、風菜はもっと不機嫌そうな顔になる。
「触んないでよ、変態」
「ひどいです。彼女なのに」
風菜は私をじっと見つめてくる。
「……ほんとにふうながカノジョで、いいの? めんどくさいし、わがままだよ?」
今更すぎる問いである。
私は、笑った。
「わかってます。それでも風菜がいいです。ずっと、私の彼女でいてください」
「ずっとは無理かなー」
「えっ」
「ほら、十年後にはカノジョじゃなくてお嫁さんになってるかもだし!」
「はぁ……」
「何その反応! もっと喜んでよー!」
風菜との未来は、良くも悪くも想像できない。一年後私たちがどんな関係になっていて、どんなことをしているのか。それは全くの未知数だけど、きっと時間が経っても私たちはこうして笑い合っているんだろうな、と思う。
私はふっと笑って、彼女の頬を突いた。
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