ソウル・リコンストラクション

APURO

第1話

奇想天外、摩訶不思議、いや、未知との遭遇と言えばいいのだろうか。どう形容すればいいか分からない状況に直面している。

「待てーコラ」

「待てるか。誰か助けてくれ」

 マネキンに追いかけられているのだ。女性のフォルムをしたマネキンに。

 ホラーだ。大概のものは大丈夫だけど、怖いものだけはムリ。それに俺はただ、意識を失っている同い年ぐらいの女性を背負ってるだけなのに。ただ、人助けをしているだけなのに。なんで、マネキンに追いかけられないといけないのだ。

「返して。いいから、返して」

 追いかけて来ているマネキンが言ってくる。

「返す物なんてねぇよ。俺は何も盗んでないんだから」

 走りながら振り返り、反論する。俺は盗人ではなく、探偵兼人形造形師なのだ。神に誓って、盗みなどしない。それに俺は、この意識がない女性を助けたいだけなのだ。一人の男として。

 前を向いた。進行方向の左側に路地の入り口が見えた。あそこしかない。

 俺は急いで、路地に入った。路地にはゴミ箱や不法投棄された粗大ゴミ。さらには、動物の死骸などが落ちている。その落ちているものが腐敗して悪臭を放っている。  

 マネキンが追いかけてきているかを確認する為に振り返る。やはり、マネキンは追いかけてきている。それも両手を力強く振って、走っている。壊れないのか。少し、心配になってしまう。いや、マネキンの心配をする場合ではない。なぜならば、マネキンに追いかけられているのだから。

「それよ、それ」

「それってなんだよ」

「だから、それって言ってるでしょ」

「だから、なんだよ。ちゃんと言えよ」

「その背負ってる身体よ。私の身体なの」

「何、おかしな事を言ってるんだ。お前は、マネキンじゃないか」

「アンタこそ、考えなさいよ。普通に考えて、マネキンが走ると思う」

 たしかに。普通に考えて、マネキンが走るなどおかしい。でも、実際、追いかけられているのだ。

「走ってるじゃないか」

「……たしかに、そうだけど。その身体は私の身体なの」

「うるさい。うるさい。うるさい」

「話を聞いて。お願いだから」

 マネキンの声が震えていた。いや、震えてるように聞こえた。

 ……マネキンには声帯があるのか。感情があるのか。分からない。考えれば、考えるほど頭が痛くなる。

「おい、嘘だろ」

 進行方向に大きな壁が見えた。このまま行けば、行き止まりだ。他の道もない。引き返せば、マネキンに捕まる。万事休すだ。

 俺は壁の前で立ち止まり、振り向いた。

「さぁ、早く返して」

 マネキンはゆっくりと距離を詰めてくる。

 俺は、周りを見渡す。しかし、逃げられそうな場所は見つからない。どうすればいい。どうしたら、この女性を助けられるんだ。

「……俺の身体はどうなってもいいから、この女性は見逃してあげてくれないか。頼む」

 交渉するしか方法が思いつかなかった。

 マネキンの足が止まった。

「……アンタ、かっこいい事言うね。それに……ちょっと、嬉しい」

「頼む。お願いだ」

 背負っている女性が落ちないようにしながら、マネキンに頭を下げた。人生で初めてだ。人間以外に頭を下げるのは。

「でも、そのお願いは聞き入れられない」

「……くそ。なんでだ」

「私の身体だから」

「証拠はどこにある。証拠を見せてみろ」

 投げやりに言った。

「……証拠か。分かった。見せてあげる。いや、見るって表現であってるのかなぁ」

「なんでも、いいから早くしろ。もし、嘘を吐いたら、お前を壊すからな」

 作られた物を破壊する事は嫌いだ。副業とも言えど、物を作っている身としては。はっきり言って、ポリシーに反する。

「それじゃあ、目を閉じて」

「はぁ?なんで、目を閉じないといけないんだ」

「いいから」

「よくない。どうせ、目を閉じた瞬間に俺を襲うだろう。きっと、そうだ」

「違うから、お願い。3秒でいいから」

 マネキンは、頭を下げた。この経験も初めてだ。マネキンに頭を下げられるのは。

「…………」

「お願いします。信用は出来ないと思うけど」

 ここまでお願いされて断るのは、可哀想に思えた。

「…………分かった。3秒だけだからな」

「うん。ありがとう」

 マネキンは頭を上げた。

「じゃあ、目を閉じるからな」

 俺は目を閉じた。その瞬間、ものが地面にぶつかる音がした。そして、何かが身体に入ってくる感覚に襲われた。

「ねぇ」

「き、君は」

 目の前には背負っている女性が立っていた。倒れている所を咄嗟に助けたから気づかなかったが、髪は青く美しく、品のある顔立ちをしている。

「これで信用してくれる?」

「え、どう言う事。意味分からない。ここはどこだ?」

 ちょっと待て。目を開けてないぞ。それにここはどこだ。周り一面、真っ白だ。それに、とても温かい感じがする。もしかして、ここは天国なのか。俺は死んだのか。

「混乱しないで。ちゃんと説明するから」

「俺は死んだのか?」

「死んでないよ。ここは貴方の精神世界」

「精神世界?」

「そう。人間は全員持ってる世界なの。私の一族は、他者の精神世界、いや、他者の身体の中に入る能力を持っているの」

「他人の身体に不法侵入できるって事か」

「言い方は悪いけど、そう言う事」

 女性は、腑に落ちてない表情をしている。

「……意味分からないけど、無理やり納得すればいいのか?これは」

「それが一番だと思うわ」

「でもな。でもな」

 意味不明な出来事の連続で、頭が追いついていない。だから、全てを鵜呑みにするのはどうしたものか。

「お願いします」

 女性は頭を下げた。

 俺は女性に頭を下げられたら、弱い。とても、弱いのだ。

「……分かった」

「ありがとう」

 女性は頭を上げて、微笑んだ。

 俺は女性の微笑んだ姿に心奪われそうになった。

「あぶない。あぶない」

 あと少し所で、本当に心奪われそうになった。踏ん張った。

「どうしたの?」

「何でもないよ。何でもない」

 俺は女性から目を逸らした。ちょっと、恥ずかしくなってしまったのだ。

「そっか」

「あのさ。俺はどうしたらいいんだ?」

「何もする事ないよ。強いていうなら、目を開けてくれたらいいかな」

「……わ、分かった」

「うん。お願い」

 彼女は、再び微笑んだ。

 俺は再び、心を奪われそうになった。でも、奪われては駄目だ。

「じゃあ、目を開けて」

「ちょっと待って」

「何?」

「君の名前は」

「リリア・プシュケー」

「……リリア・プシュケー」

 俺は目を開けた。目の前には、マネキンが倒れている。

「ありがとう。降ろしてくれて大丈夫」

 背後から声が聞こえる。俺は首を少し動かして、リリアを見た。

 リリアは意識を取り戻していた。いや、身体に戻ったと言えばいいのか。

「う、うん」

 俺は屈んで、リリアから手を離して、ゆっくり降ろした。

「いやー危なかった。もう一生自分の身体に戻れないと思った」

 リリアの方を向いた。リリアは背伸びをしていた。

「やっぱり、自分の身体が一番だわ。ありがとうねぇ。話を聞いてくれて」

 リリアはニコッと笑った。心が、心が奪われてしまう。どうすればいい。どうすればいい。そうだ。無になればいいんだ。

「いや、どう致しまして」

 俺は無表情で言った。こうすれば、心を奪われないで済む。

「なんで、無表情?」

「いや、生まれた頃からこんな表情だよ」

「絶対嘘だ。だって、私の為に必死になってた表情かっこよかったもん」

「……え?え、え?」

 急に恥ずかしくなった。身体全身の血流が、人生最高速度で循環しているのが分かる。熱い。そして、皮膚の表面上がどんどん赤くなっている。

「どうしたの?顔とか赤いよ。」

「べ、別になんでもない。なんでもないです」

「なんで、急に敬語なの」

「どうでもいいだろ。そんな事」

 リリアのせいで、自分の調子が狂う。どうにか早く本来の自分の調子に戻したい。いや、戻さないといけない。

「まぁ、そうなんだけど。あのさ、アンタの名前聞いてなかったんだけど聞いてもいい?」

「……ジェイム・フォークス」

「ジェイムか。よろし……あ、やばい」

 リリアは突然ふらつき出した。まるで、身体の制御が利かなくなったみたいに。

「おい、大丈夫か?」

「うーん、かなりヤバイかも。てか、もーう、ムリ」

 リリアはその場に倒れ込んでしまった。

「おい、おい」

 倒れたリリアの肩を叩いて、意識があるかを確認する。

「……返事がない」

 俺は倒れているリリアを抱き上げた。このままだったら危険だ。何が起こるか分からない。なぜなら、ここは世界一危険な街・ヴァルトヘルトだから。

 俺はリリアを抱えて、自宅に向かって走り出した。

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