第17話

博物館の入り口には「本日は閉館しました」と書かれた看板が置かれている。そのせいか周りには誰も居ない。ここ数日ではあり得ない光景だ。

 腕時計を見て、時間を確認する。16時21分。お、飛ばして来たかいがある。

 俺は裏口から館内に入り、会議室へ向かう。すると、進行方向にミネルさんの姿が見えた。

 なぜ、ミネルさんが居るんだ。祭りに出資してくれているのは分かる。けど、ここが危険な場所になるかもしれないのを知っているはずだ。

 ミネルさんが俺に気づき、歩み寄ってきた。

「君はたしかテルロ君だったね」

「あ、はい。そうですけど」

「今日は頑張ってくれよ。この祭りの成功の為にはミロナが必要なんだから」

「……はぁ」

「じゃあね」

 ミネルさんは俺の肩を軽く叩いて、去って行った。掴みどころのない人だ。優しそうな顔のせいで本当は何を思っているかを読み取れない。

「テルロ。遅いじゃないの」

 ランソが駆け寄ってくる。10分間ぐらい悪口を言われそうだ。

「ごめん。遅くなった」

「今はそんな事どうでもいいわ。それより、ちょっと耳を貸しなさい」

 ランソは周りに誰も居ない事を確認してから言った。

「お、おう」

「……ミロナのソウル・エッグの破壊が決定した」

「……え、今何て言った」

「ミロナの破壊が決定したって言ってるの」

「そ、そんな。母さんは反対したんだよな」

「えぇ、おば様は破壊以外の道を何度も提案したわ。でも、他の上の連中がそれを認めなかった」

 ランソは辛そうに言う。きっと、俺と同じ気持ちなのだろう。破壊すると言う事は命を奪う事と変わりないのだから。

「……そうか。いつなんだ。破壊決行は」

「明日の午前9時よ」

「明日か。じゃあ、まだ色々と出来るな」

 まだ時間はある。やれるだけの事はしないと。可能性はまだ残っている。

「えぇ、何言ってるの。決定は絶対よ」

「浄化出来れば話は変わってくるだろ」

 ランソは溜息を吐いた。そして、

「……アンタのそう言うところは見習わないとね。私もミロナの浄化の為に色々とやってみる」

「ありがとう。ランソ」

「礼はいらないわ。でも、今はミロナの人形を守る事が第一よ」

「あぁ、そうだな」

「会議室にルソー兄弟を撃退する10通りのプランが書かれた資料が置かれているから早く頭に叩き込んで」

 5分で覚えるぞ。それにシュトラ達と段取り合わせをしないといけないしな。


 予告時間5分前になった。シュトラとアーサーはミロナの傍で待機している。俺とランソは少し離れた場所にある角で隠れている。他にもこのフロアにはH&Dコーポレーションの社員とランソの会社の社員達が大勢居る。だから、普通に考えれば進入する事も逃げ出す事も不可能。

 それにしても、あのミロナの贋作、精巧に作られているな。髪の毛の艶は全然無いけど。一般人なら本物と間違うだろう。ルソー兄弟もきっと間違えるに違いない。でも、あの贋作をミネルさんはどこで手に入れたのか。気になる。……まぁ、今は考えなくていいか。この贋作のおかげでルソー兄弟を捕まえる事だけに集中すればいいのだから。

 本物のミロナの人形はミロナの漆黒のソウル・エッグのある地下一階の金庫室に保管されている。それに金庫室の前にはムゲンとクイが立っている。完璧の布陣だ。盗まれる可能性は0に近いだろう。自分達の想像をはるかに超える存在が現れない限り。

 ――5分が経った。予告時間だ。

 何も変化なし。もしかして、予告状はいたずらだったのか。

「来ないわね」

 ランソは呟いた。

「まだ集中しとけよ」

「分かってるわよ」

 突然、電気が消え、フロア全てが真っ暗になった。ルソー兄弟のお出ましか。

「シュトラ、アーサー。慌てるなよ」

「了解です」

「承知しています」

 二人は冷静に返事をする。さすがだ。この状況でも動じていない。

「非常電源をつけます」

 H&Dコーポレーションの社員の声が聞こえる。

 次の瞬間電気が点き、フロア全体が光で照らされた。

 俺は急いで、贋作のミロナを見る。……ない。透明なケースごと盗まれている。

「あっちよ。追うわよ」

 ランソが入り口の方向を指差す。

 ルソー兄弟と思われる男二人組みがミロナの贋作を持って、入り口から外に出ようとしている。

「待ちなさい」

 ランソがルソー兄弟を追いながら言う。

 ルソー兄弟はランソの言葉に従う事無く、入り口から外に出た。

「シュトラ、アーサー、行くぞ」

 俺達はルソー兄弟を追う。こいつらを捕まえれば、あとはミロナの漆黒のソウル・エッグを浄化するだけだ。お前らに時間をこれ以上かけられないんだよ。コソ泥め。

 

 ルソー兄弟を追って、アルテヴィッヒの夜の街を駆けている。

 あいつら思った以上に逃げ足が速い。それに街の人間しか知らないような裏道を通って、

門の方へ向かっている。きっと、入念なリサーチをしていたのだろう。そうじゃないと、

追いつけないなんてありえない。

「追いかけたまま聞いてくれ。このままわざと街の外に出す」

「逃がすって事?」

 ランソが尖った声で訊ねてくる。

「違う。コアンダで、あいつらを捕獲する。その方が確率が高い」

「た、たしかに。コアンダ以上の速度の移動手段を彼らが持っているとは考えづらいです。その案賛成です」

 シュトラは軽い補足説明をしてくれた。

「私もその案に賛成です」

「アーサーがいいって言うなら私もよ」

「全員OKって事だな。それじゃ、あいつらを外に出すように追いかけてくれ」

 俺以外の三人は返事をした。

 ルソー兄弟は何も知らずに門へ向かっている。逃げろ。逃げろ。速く外に出ろ。

 門までの距離はおよそ200mになった。

「貴方達絶対に逃がさないんだから」

 ランソはルソー兄弟に言う。無言になったら、俺達の作戦が気づかれるかもしれない。上手いぞ。さすがだ。普段は嫌な奴だが、こう言う時に限っては頭が回ったりする頼りがいのある奴に変貌する。

 ルソー兄弟が街の外に出た。

 門番のポルタさんがルソー兄弟を追っている。

「ポルタさん。止まって」

 ランソは叫んだ。耳が痛くなる程の大声だ。そのおかげでポルタさんは立ち止まり、俺達の方を見た。

 口笛を吹く。すると、数秒もしない内にコアンダが俺の頭上まで来た。

「コアンダ、あの男二人組みを捕まえてくれ。人形は潰すなよ」

 コアンダは鳴いて、返事をした。そして、ルソー兄弟目掛けて、猛スピードで飛んで行く。あ、忘れていた。あいつら、怪我しないかな。まぁ、いいか。人のモノを盗む悪い奴等なんだし。

 コアンダはあしゆびでルソー兄弟を襲う。ルソー兄弟の小さい方が持っていた透明なケースに入った贋作のミロナの人形が宙を舞う。

 ポルタさんが地面に落ちる前にキャッチした。

 コアンダはルソー兄弟が逃げないようにあしゆびで押さえつけている。ルソー兄弟は逃げようと必死にもがいている。

「ポルタさん。ナイスキャッチです」

「……はぁ。落とさなくてよかった」

 ポルタさんはホッとしている。まぁ、それもそうだろう。その人形が贋作って事は知らないんだから。

「手間を取らすじゃないわよ」

 ランソは息を切らせながら、ルソー兄弟に言い放つ。

「アーサー手錠をしてくれ」 

「了解しました」

 アーサーはズボンから手錠を取り出し、ルソー兄弟の手に付けて、拘束した。これで一件落着だ。あとはミロナの漆黒のソウル・エッグだけだ。

「……テルロ……くん。至急……博物館に……戻ってくれ……」

 無線から博物館に居るH&Dコーポレーションの人の今にも死にそうな声が聞こえる。

 ……なんだ。もしかして、博物館で何か起こっているのか。

「どうしたんですか?」

 状況把握の為に質問する。

「黒い……羽の……」

 連絡が途絶えた。

「黒い羽?一体なんなんだ?」

 何かがひっかかる。どこかでその言葉を聞いた事がある気がする。

「どうしたの?説明しなさいよ」

「博物館で何かが起こっている」

「博物館で?こいつらは捕まえたわよ」

 ランソはルソー兄弟を指差しながら言った。

「他の何者かだ。ポルタさん。そいつらをお願いしていいですか」

「えぇ、任せてください」

「みんな、行くぞ」

 俺達は博物館に向かう。みんな無事で居てくれ。

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