第2話
アルテヴィッヒの門が見えてきた。あと数分もすれば街に着く。それにしても、頭がクラクラする。足もおぼつかない。身体が悲鳴を上げている。鳳凰を浄化するまではこんな辛さはなかった。
「テルロ、大丈夫ですか?」
シュトラが心配そうに訊ねてくる。
「う、うん。大丈夫だと思う」
大丈夫ではない。全てはシュトラのせいだ。シュトラの殺人ハグで、一時間程気を失ってしまった。まぁ、悪気があるわけではない。それが分かっているから責めはしない。
「それならいいんですが」
「おう。まだ仕事は終わってないしな」
「お母様に報告ですね」
「そうそう」
社長で雇い主である母さんに連絡しないと仕事終了にはならない。あーめんどくさい。早くご飯を食べたい。風呂にも入りたい。そして、ベットで寝たい。
――アルテヴィッヒの門の前に着いた。何度見ても、この門も街を囲う壁も巨大だ。外敵から街を守る為らしいがここまで大きくしなくてもいいと思う。
「お帰りなさいませ。テルロ様、シュトラ様」
門番のポルタ・トーアさんが近づいてきた。門番歴20年のベテラン。そして、何よりも優しい。妻のケイトさんは母さんのママ友。
「ただいまです。でも、様付けはやめてくださいよ」
「仕事中だから許してくれ。仕事じゃない時は君付けだよ」
「まぁ、仕事なら仕方ないですね」
「あぁ。それにしても、どうした?ふらついているじゃないか」
「え?そんな事ないですよ。はい」
無理をして、身体に力を入れ、姿勢を正す。シュトラにハグされて気絶したなんて言えない。
「そうかい。シュトラ様は今日も美人ですね」
「当たり前です。スキンケアには気をつけていますから」
シュトラは自信満々で言った。謙遜はしないのか。まぁ、それがシュトラのいい所であり悪い所でもある。
「素晴らしい。では門を開けますね」
ポルタさんは門に近づき、外壁に取り付けられている機械の蓋を開ける。機械には鍵穴が二つある。
ポルタさんは胸ポケットから鍵を二つ取り出す。そして、機械の二つの鍵穴両方に鍵を差す。すると、門がゆっくり動き始めた。
「お二人共どうぞ、街の中へ」
「ありがとうございます」
「ポルタ様、ありがとうございます」
俺とシュトラは街の中に入って行く。
街の中に入ると、後方から門が閉まる音が聞こえる。
俺とシュトラは母さんが経営している会社・H&Dコーポレーションへ向かう。
それにしても、この街の建物は芸術的。同じ形をした建物はない。世界中の建築デザイナー達が建物をデザインしているから似ないのは当たり前なのかもしれない。
道の両脇に並んでいる店は食料を扱っている店ばかりではなく、骨董品や芸術品を取り扱っている店もある。この街の産業が芸術産業である事を象徴しているかのようだ。
――ある程度歩くと、街のちょうど真ん中に位置する噴水広場に着いた。
「おーい、テルロ。元気?」
ピンク色のツインテールの可愛らしい女性が手を振りながら、こちらへ向かって来る。
「あ、シレナ」
「どうも。久しぶり」
シレナは俺の肩を叩いた。
「久しぶり。今日は仕事休みなの?」
「違うよ。今夜、ライブハウスでコンサート」
シレナは人魚の銅像の前に現れた虹色のソウル・エッグから生まれた人間。見た目は18歳ぐらい。シュトラと同じでこれ以上老けない。歌手をしていて、美しい声で観客達を虜にしている。
「そうなんだ。頑張ってね」
「ありがとう。あ、シュトラもどうも」
「お久しぶりですね。シレナ」
「言葉が硬いな。もしかして、私にだけかな」
シレナは腕を組んできて、顔を俺の肩に置いた。
……嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。
「……離れなさい。テルロから離れなさい」
シュトラは禍々しいオーラを身体から発している。この状態のシュトラは何をするか分からない。
「え?聞こえない」
シレナはシュトラを煽る口調で言った。
この状況はかなり危険だ。街が崩壊する危険性がある。それだけは避けなければ。
「蜂の巣にしてやんよ」
普段とは全く違う口調。これが確実にキレている。キレてらっしゃる。
シュトラはスナイパーライフルが入っているケースのチャックを開ける。そして、ケースの中からスナイパーライフルを取り出し、シレナに向けた。
「やだぁ、怖い」
シレナは猫立た声で言う。
「シレナ、頼む。煽るのを止めてくれ」
「お願い聞いてくれたら煽るの止めてあ・げ・る」
「わ、わかった。お願い聞くよ」
「……今度、私とお忍びデートして。どう?」
シレナは耳元で囁いた。そして、息を耳に吹きかけてきた。あーくすぐったい。シレナの悪い所だ。
「約束する。だから、煽るのはやめてくれ」
「OK。テルロの為にやめる」
シレナは組んでいた腕を解いて、俺から離れた。
「じゃあね。テルロ、そして、シュトラ。バイバイ」
と言って、シレナは去って行った。
「待ちなさい。私の機嫌は治っていない」
「シュトラ、落ち着け」
「嫌です。落ちつけません」
シュトラは頬を膨らませている。ご機嫌斜めってやつだ。
「うーん、どうしたら機嫌治してくれるんだ」
「聞かないで下さい。自分で考えてください」
シュトラはそっぽを向いた。
……この状態のシュトラの機嫌を取り戻す魔法の言葉が一つある。でも、それは自殺行為だ。気を失う可能性が高い。しかし、この状態のシュトラはこの場から動いてくれないだろう。身を削るしかないのか。
「あとでハグしていいから」
言った。俺は言ったぞ。魔法の言葉を。自分に対しては死の言葉を。
「ほ、本当ですか?」
シュトラの不機嫌だった表情は一瞬にして、上機嫌な表情に変わった。
「ほ、本当。だから、機嫌を治してくれ」
「はい。喜んで」
シュトラは太陽のような明るい笑顔で言った。
これでよかったのだ。これで街の平和が保たれた。そして、俺の寿命が減る事が決定した。
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