10

「どーん、ばーん」

「ちゃんとやらないと駄目だよ、隅っこに投げたって結局掃除しなければならないんだからね」


 そんなことはわかっている、だけど一気に広げすぎたせいで時間が経過する度に駄目になっていくのだ。

 それこそ東風に言うならこんなことをしている場合ではないと思う。

 とはいえ、このまま放置して盛り上がれるような精神ではないのも確かなことだ。

 なにより、ベッドの上もごちゃごちゃしているからこれでは寝ることすらできやしない。


「それならさ、せめてスマホをぽちぽちするのやめてくれない? 誰とそんなにやり取りをしているのさ」

「これは東だよ、暇だけど家から出たくないんだって」


 まーた東か、そんなに大好きなら二人が付き合ってしまえばいいのに。


「連れてきてよ、三人でやればこんな量もあっという間に終わるよ」

「会うとしても僕が向こうに行くだけかな、るのは自分のために片付けを頑張らないとね」


 な、なんて非情な奴だ……。

 それなら今日は呼んだわけでもないのに何故こんなところにいるのかという話だ。

 でも、いくらそんな正論を吐こうと向こうはそれ以上に強力な正論で叩き潰してこようとするから駄目だった。

 仕方がない、口より手を動かそう。

 全然使っていない物はどんどん捨てて、やる前よりも快適な空間にしてやるのだ。

 終わった後はお昼ご飯を作るのも面倒くさいからなにか買って食べる、頑張った後にはご褒美がなければ駄目なのだ。


「ふぃーこれぐらいでいいかなー」


 これなら床でだって寝られる。

 エアコンなんかはないけど布団を掛けていれば十分暖かいから困ることはない。

 さて、あとは目の前にいる男の子をどうするのか、だ。


「お疲れ様」

「自分のだから別にいいけど本当になにも手伝わないとはね」

「はは、意地悪がしたかったわけじゃないことはわかってもらいたいかな」

「じゃあなんでここにいるの?」

「そんなのるのといたいからだよ」


 言うと思った。


「いやあのさ、手伝えばそのるのとの時間が増えたわけなんだけど」

「甘やかさないでってよく言われているからね」

「はいはい、娘よりも母ですよね」

「そう拗ねないでよ。とりあえずなにか食べにいこう、今日は僕が払うよ」

「じゃあ焼肉」

「や、焼肉はなしで」


 お肉を食べて日々溜まっている不満を処理しようとしたのに駄目みたいだった、なんてね。

 こういうのは六十円ぐらいのアイスを買ってもらったりして終わらせるのがいい。


「本当にアイスでよかったの? しかも三百円のとかじゃなくて物凄く安いやつだし」

「気にしないで」


 軽くでもなにか食べてそのまま時間が経過すれば食欲も消えるからありがたい。

 あとはいつものようにどちらかの家でゆっくりしておけばよかった――のを邪魔してくれたのが彼だ。

 せっかく出てきたんだから~とかいいお店とかもいっぱいあるから~などと言っている。


「ここ、覚えているかな?」

「まあ、ずっとあるしね」


 小汚いわけでもないけど小奇麗というわけでもない古い本屋さんだ。

 最近よく感じることはよく潰れないなということ、まあ余計なお世話でしかないのはそうだ。


「ここで初めてるのに本を買ったよね、あのときはお小遣いも少なかったから心どころかわかりやすく泣いたよ」

「読書好き少女というわけじゃなかったのになんで本だったんだっけ」

「え、それはるのが『買え、買わないと怒る』って言っていたからだけど」

「いやいやっ、そんな横暴なキャラじゃないからっ」


 その後何年も読書感想文用の本として役立ってくれたものの、そのときはそのために買ってもらったわけではないはずだ、あと買えなんて命令するような子でもないから勘違いしないでもらいたい。


「でも、るのはそのかわりに車のおもちゃを買ってくれたから嬉しかったな」

「ああ、ちっちゃいやつだったけどね」


 数百円の玩具のうえにその数百円をなんとか処理しないと駄目な状況だったから彼を巻き込ませてもらっただけなのだ。

 ま、まあ? 知らない方が幸せだったこともあるということで満足してくれているのならそれでいいと思う。


「それでもだよ、僕にとって大切な物だよ」

「大切ねえ」

「で、でも、それ以上にるのが大切……だよ」


 急な切り替えには付いていけないからもう少しゆっくりやってもらいたいものだった。


「え、なに? 外なのにスイッチが入っちゃったの?」

「それよりもこの曖昧な状態をなんとかしたかったんだ、だからさっきまでまた東に話を聞いてもらっていたんだよ」

「だったらいまみたいに直接ぶつけてくればよくない? 本人に対して頑張らないとなにも変わらないでしょ」


 いや……これも私が悪いのか。

 勇気を出そうとしていたところに私が掃除を始めてもやもやしていたに違いない。


「ここじゃ微妙だから学人の家に移動しよう」


 私は馬鹿だった、どうせ変わらないのだから乗っかればいいのに時間を経過させてしまった。

 止めておきながら相手待ちでいることはできない、だけどどう切り出したらいいのかもわからない。

 別に男の子から告白をしてほしい! なんて乙女的な考えはもうない。

 でも……なにもかも未経験だから私に期待をすること自体が、うん。


「えっと、つまり関係を変えたいってことだよね?」

「そうだよ」

「じゃ、じゃあこれで関係が変わったってことでいいんじゃない? わ、私達は両想い状態みたいなものでしょ」


 ここらへんのことは緩いぐらいが丁度いいはずなのだ。

 それにお互いにどういう気持ちなのかはわかっている状態なのだからいまから頑張る必要も、彼に頑張らせる必要もない。


「え、こんなのでいいの……?」

「ちゃ、ちゃんとやるのってそんなに大事かなっ? べ、別にやらなくてもいいと思うけど!」

「いや、ちゃんとやりたい」


 まあ、引っかかって当然だよねえ……。

 なんでこうなるのか、自分自身が面倒くさくて少し嫌になる。


「るの、僕はきみのことが好きだ、付き合ってほしい」

「ふぅ、真っすぐだね」

「うん、それでどうかな?」

「もうさっきので答えたようなものだけど、うん、私も学人のことが好きだよ」


 終わってしまえばこんなものか。


「正直、わかりやすく東と差を作っていたから恥ずかしいね」

「そんなことを言ったら僕だって東と毬ちゃん相手にそうしていたわけだから恥ずかしいよ」

「ま、だったら手に入れられてよかったんじゃない?」

「そ、そんな物じゃないんだから」


 あ、戻ってしまった。

 彼も終わってしまったら云々と冷静になってすんとなっていたりはしていなかったみたいだ。

 いま確かめてみたら心拍数がやばくなっていたり……するのかな?


「なんだ、結局いつもの学人じゃん」

「それはそうだよ、僕はどこまでいってもこのままだよ」

「まあいいや。東達には直接言う?」

「そうだね」

「じゃ、今日のところはこのまま休もう」


 掃除も頑張ったのもあっていまなら気持ちよく寝られそうだ。

 そういえばあのお泊まりのときは結局一緒に寝なかったから今度こそベッドで二人で~なんてのもありかもしれない。

 狙い通り、空腹感なんかはなかったからいちいち誘ったりはせずに部屋まで連れていってベッドに落とした。


「ごろーん」

「常に奇麗にしておいてよかった」

「あれれー? もしかして私とこうしたくて奇麗にしていたのかなー?」

「ほとんどは汚いと嫌だったからだけどそういうのは実際にあったよ。るのって無防備だったからさ、その気でもあるのかなんて勘違いしそうになることが多かったんだ。だから結構そういう想像をすることも多くて……」


 うーん、いまこういうことをやっても正直なところを吐かれるだけか。

 なんでこういうところでは慌てないのか、逆に慌てるところとの違いはなんなのか。

 関係も変わったことだし、ちゃんと理解できるように時間を使った方がいいのかもしれない。

 やっておいてあれだけど、彼氏をからかって慌てさせて疲れさせたいなんて願望はないから。

 いや本当にね、慌てるのを期待して行動した私が強く言えるようなことでもないよねという話だった。


「私はよく次はなにを作ろうかなって想像していたよ」

「僕と違って健全だね」

「まあ、男の子なんだからいいんじゃない? なにか他にないの?」


 思いきり抱き締めたいとか、キスしたいとか、いまの内に出しておくといい。

 悪い方の彼になるといつまで経ってもそういうのがなくて終わってしまう可能性が高い。


「ぎゅー」


 これでどうだ!


「るのはやっぱり温かいね」

「これは外れか、じゃあキス?」

「そういうのはまだいいよ、って、僕らはもう抱きしめてしまっているから矛盾してしまっているけどね」

「え、なに? 私がいればいいってやつ?」

「そうだね、いまのこの状態なんて安心できすぎて眠気がやってきたぐらいだよ」


 えぇ、好きな異性から抱きしめられてそういう気持ちよりも寝ようとするとは……。


「あのさ、本当に後悔しない? いまからでも毬ちゃんに変えない? 私だから関係が変わってもなにも出ないのかもしれないよ?」


 まだキスはしていないからセーフ。

 本当のところを吐かせれば実は……となる可能性はまだゼロではない。


「そんなこと言わないでよ」

「まあ……」

「いまは一緒に寝よう、いまのこの幸せな状態で寝られたら最高だよ」


 当然、こちらは眠気なんかはやってこないから彼がすやすやしている間は複雑だった。

 時間はできたから母にはメッセージ機能を使って教えようとしてやめた、かわりに大して興味もないけどネットサーフィンなんかをして過ごしていた。

 ただ、こんなのは普段はしないことで、限界というのはすぐにくるというもので。


「どーんっ、どかーん!」

「うわあ!?」


 あ、ただ学人の上にダイブしただけだ。

 意外とクッション性があって特にこっちは痛くなかった。

 彼も「危ないよ……」と微妙そうな顔で言っているだけでどこか痛んでいる感じはない。


「ふふ、起きてくれてよかった」

「うん、物凄くいい笑みだけど攻撃をしてくれなければもっとよかったかな」


 そう無茶を言わないでほしい。

 ただ、休もう云々を言い出したのはこちらでもあるから彼が全て悪いわけでもなかった。




「るのちゃんおめでとう!」

「毬ちゃんありがとう」


 こんなに可愛い子から取ってしまっていいのかと考える私はまだいるけど表にはなんとか出さないようにしている。

 あれから露骨に表情で揺さぶってくるようになったから気を付けなければならないのだ。

 今日のところは実家に用があるとかなんとかでいないからそこまでではないとしてもだ。


「あーお兄ちゃんもあそこにいるにはいるんだけど……」

「なんか元気がなかったり?」

「ううん、最近は寒いのが本当に駄目になってきたみたいでぷるぷる震えているの」

「よし、二人で温めよう」


 流石に電子レンジには突っ込めないから人間レンジに突っ込むことにした。

 というのも、鍵を預かっているから学人の家に自由に入ることができるからそこと布団を利用させてもらおうとしていた。

 ほら、彼は学人大好き君でもあるから学人の布団を利用できたら嬉しいはずだから。


「はい、東は包めたからここに毬ちゃんが寝転んで?」

「どーんっ」

「よし、これですぐに温まると思うよ」


 何故か彼の二つの瞳はずっとこちらを捉えていた。

 学人を取ったうえに毬ちゃんも取っているように見えて気になるのだろうか。


「るの、おめでとう」

「うん。だけどなにか言いたいことがあるなら言っておきなよ」


 いまだからこそ言えることもあると思う。

 強メンタルというわけではないものの、これ以上我慢をさせ続けるのも違うからなにかあるならぶつけてくればいい。

 中心部分に真っすぐに刺さりそうなやつなら二人と別れた後に彼氏ーに甘えればいい。


「それなら言うけど、なんでここの鍵を持っているんだ?」


 そうかっ、やっぱりいつでも学人のことが一番か。

 それはそうとこの鍵については謎だった、彼女だからと合鍵を求めたわけでもない。

 朝にあんまりしゃっきりしていないままぼうっとしていたら「これ、持っておいてよ、あと自由に出入りしていいからね」と渡してきたのだ。


「それはなんか知らないけど出かける前に学人が鍵を渡してきたんだよ」

「現実的ではないから言っていないだけで本当はここに住んでほしいのかもな」

「んー多分そこまで一緒にいたら流石に嫌な部分が見えてきてしまうんじゃないかな」

「それだったら俺らは生まれた頃から一緒にいると言っても過言ではないんだからもうわかっているはずだろ、そういうところも含めてよかったから学人は求めたんだと思うぞ」


 悪いところが多すぎるのにすごい話だ。

 で、彼が積極的に学人のことを出してくるからそのことで盛り上がっていると「ただいま」と家主が帰ってきた。


「るのとの関係が変わったこともちゃんと話してきたよ」

「なんて言っていたの?」

「おめでとうだって。あと一回ぐらいは一人暮らしをしておいた方がいいという理由でここを契約してくれたわけだけど、それが丁度いいねって言っていたかな」

「ま、実家だとやりづらいこともあるもんなー」


 実家だとやりづらいことか――あ、思い切り歌を歌うとかは難しいかな。

 とはいえ、ここでもそこまで自由にはできないから河原にでもいくのが一番だ。


「え、家族がいない時間にやればよくない? そもそもるのちゃんって全く気にしないだろうし、なんならお母さんがいるところでだってできてしまいそうだし」

「おいおい、いつ帰ってくるかもわからない状態だと落ち着いてやれないだろ? その点、ここなら二人以外は来ないんだから安心してできるだろ。あと、るのみたいなタイプこそ色々と気にしてできないものなんだよ」


 それ、東はよくわかっているなあ。


「実際、るのちゃんって学人さんと二人きりのときはどうなの?」

「僕と二人きりのときも毬ちゃん達がいるときと同じだよ」


 そうそう、なんたって寝ることを優先してしまう男の子だからね。

 これから先もこちらがその気になったところでスルーされるところが容易に想像できる。

 まあ、不健全な関係になりたくないのは確かで……。


「えーじゃあ二人きりなのをいいことに思い切り甘えるようなるのちゃんはいないということっ?」

「あ……そ、そうだね」

「あーっ、いまのは怪しい!」


 流れでぎゅーとはしてみたけどあれは甘えていると言えるのだろうか。

 関係が変わったばかりなのになにもないのはどうなのかと心配になったからしただけでしかない、物凄く彼のことが大好きでいますぐにでもくっつきたかったとかでも……。


「そううざ絡みをしてやるな、なんでもかんでも言えるわけがないだろ?」

「私は全部言ってきたけどね、だからいまからも最新の大きい情報を教えます」


 きたー! はいいけどこの湧き上がってきた気持ちをどうすればいいのか。

 あと、何故いまの私はそこはかとなく不安になってきてしまっているのか。

 恋とはいいことばかりではないのだとわかった。


「私は学人さんとお兄ちゃんという男の子とずっといましたが、その中ならるのちゃんが一番でした!」


 やばい、今度は別の意味で不安になってきた。

 私はもうこの三人を洗脳してしまっている気がする。

 そりゃコントロールされているのだからいいように捉えて当たり前だ。


「ほー真剣にアピールしていたら学人には勝てたかもな」

「でも、お兄ちゃんは完全に学人さん派だったからね」

「いやいや、ちゃんと教えてくれていたら俺だって兄として応援していたよ」

「一応言っておくと僕は素直に応援できなかったかなあ」

「学人さんはそれでいいんだよ!」


 ほ、毬ちゃんに対しては比較的マシなようだった。


「あ、この後お兄ちゃんといくところがあるから」

「そういうことだ。学人、おめでとう、るののことを頼んだぞ」

「うん、東ありがとう」


 これは空気を読まれたわけではないことがわかる。

 何故なら毬ちゃんの目がガチだったから、たまにはお兄ちゃんに甘えてなにか狙っている物があるのかもしれない。


「いっちゃったね」

「うん、くっついていい?」

「いいよ――あれ、今日のるのは冷たい」

「さっきまで不安になっていたからね、だけどこれで」

「お、温かくなった」


 悪いことばかりではなくて恋にはこうしていいところもある。


「あの二人に言えてよかったね」

「うん、また今度お礼を言わなきゃ」

「なら私もかな、そのときは一緒に言おう」

「はは、そうだね」


 二人一緒のときではなくて片方ずつにちゃんとお礼を言おう。

 そうすれば洗脳も解けるだろうから――はともかくとして、気持ちもちゃんと伝わるだろうからだ。

 あとはまだ吐かせ足りていない気がするから色々なことをぶっちゃけてほしかったのだった。

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