幕間 夢日記①


 六月半ばくらいのお話。


 どこだったかは忘れたけど、夕飯の時に見ていたテレビで世界遺産の特集をやっていて、その中の一つにとても心惹かれた。

 そこは確か教会か宮殿だった。画面越しでも香りが伝わってきそうな美しい花園も素敵だったが、何より釘付けにされたのは、学校の体育館がまるまる入ってしまいそうな程に広いその部屋。何の部屋なのかは知らないけれど、パーティーをするのに適していそうな場所だった。金の彫刻や天使の絵画、僕の部屋よりも面積のありそうなステンドグラスの施された大窓。非常に豪華で、しかし、卑しさや傲慢さなんてものは微塵も感じられない、落ち着いた雰囲気を纏っていているそこは大変にジェントルメーンであった。もちろん、最後は適当に言った。ろうそくの光を虹色に屈折させるシャンデリアに照らされた煌めく室内、彼女はどんな反応をしてくれるかな。


 抱えられるだけの期待を携えて、僕は意識を底よりもさらに奥へ沈めた。


 ☆


 ステンドグラスの奥に月が見えた、何故か二つ。どうやら時間設定は夜のようだ。寸分の狂いもなく思い描いたものを、とはいかないが、このゆったりとした豪華絢爛さは僕が彼女と見たいそれそのものだった。

 少し見て回ろうと一歩目を踏み出したところで、左手にちょっとした違和感を覚える。僕はファンタグレープを持っていた。そういえば、昼間に飲んだな。もう少しこの場に合うものがよかったけど、今日はティーカップに入った紅茶を飲んでいないし、グラスに注がれたワインの味を僕は知らない。なるほど、学生相応といったところか。折角だからと、ペットボトルに口をつけながら大窓の間に飾られている絵画を鑑賞しに行く。

 その絵は二体の天使が手を繋いで雲の上を飛んでいる絵で、そのうち一体はクラスの女子の、もう一体は今朝のニュースのお天気お姉さんの顔をしていた。その構図にも何となく既視感を感じて、なんかの漫画かな、なんて考えていたらその声が聞こえてきた。


 「素敵な場所ね」


 今回の彼女は中世風なドレスを身に纏い、髪を縦にロールした王女様のような姿をしていた。辺りを見回す彼女は目を輝かせていて、それはその場にあった何よりも眩しかったように思う。


 気に入ってくれたかな


 僕の言葉はまだ届かない。口が開いた頃にはもうその世界は、ガラスが割れる音と共に彼女を連れて夜闇へと消えていった。


 ☆


 「はるかぁー、借りてた漫画返すわ」

 「昨日の今日じゃん、もう読んだの?」

 「いやー、一旦アニメでやってたとこまでにしとこうと思ったんだけど、やっぱ面白くて夜通し読んじゃった。今日は俺もお前と同じ居眠り組だな」

 「うるせ。んで、どこが一番面白かったのか聞かせろよ」

 「んー、六巻の文化祭の劇も好きなんだけど、一番は最終巻の告白んとこかな」

 「あー分かるわー」

 「なー」

 「なー……ん?」

 「お、どうした?」

 「や、別に何でもないけど」

 「そうか?まあいいや、次はカイジ貸してよ」

 「お前漫画のストライクゾーン広いな」

「あ、チャイム鳴った。んじゃ」

「おう」

 大輔が返してきた漫画は、最終巻の表紙が一番上になった状態で紙袋に入っていた。なるほど、絵画の既視感はこれか。忘れていた疑問でも、いざ解消されるとスッキリするものだな。……さて、現国だし寝よ。物語に出てきた少女達に感化されて僕も愛しの彼女に会いたくなってしまった。今度はそうだな、海なんかがいい。



 いつか僕も彼女に好きだと伝えられるだろうか。ポエムな問には回答者が不在なのが、時にはよくって、今は悪い。せいぜい、そう遠い未来にならないことを祈っておこう。今はそれくらいで十分だ。

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