姉妹会議

「お姉ちゃん」

「はい」

「…………」

 

 例の女が来て、その翌日。

 散らかされたわたしの部屋でお姉ちゃんと向かい合っていた。

 あの女――かえではその後、うちで晩ご飯を食べてからお母さんに送られて帰っていったらしい。

 かく言うわたしはあれ以降部屋から出ていない。

 送迎から帰ってきたお母さんに扉越しにやんわりと咎められたことを思い出した。ムカつく。

 目の前で静かに座るお姉ちゃんの様子は落ち着いている……ように見えた。


「昨日の話の続きをしよう」

「……うん」


 なかなか口を開かないお姉ちゃんにしびれを切らし、わたしの方から話を切り出す。とは言え何を話そうか。

 あの女のこと……だろうか。

 怒り、気まずさ、イライラ……なんだろう。

 いろいろな感情が混ざり合って、一周回って冷静になってくる。

 その頭で今一度、考えよう――とは思いつつも思考が横へと滑っていく。

 ここまで来てなんだけれど、めんどくさいなあ、なんて怠惰な感情のわたしが顔を出していた。

 だってわたし、巻き込まれただけで関係ないし。

 

 だがしかし、あの場面で「あとで話があります」なんて言ってしまった以上、お姉ちゃんと何も話さないまま、というのも気まずかった。


 一つ言い訳をするとすれば、あれを言った当時のわたしの心境としては、このカオスな状況から脱却したかった、というものが大きかったのだ。

 わたしはただ何も変わらない平穏な日常を求めているだけで、それを乱されたからやや気が立っていて、動揺していて、らしくない感情で、らしくないことをした。それだけだ。

 一日寝ればさすがのわたしも落ち着いたりは……する、するよ。するけど。

 フラッシュバックする記憶に嫌なものを覚えるのも確かなのだ。

 不快な感情、それ故にしつこく頭に残っている。

 ……とか、そういうのもあるけれど、きっとそれとはまた違うものなのだ。言葉にはしがたい感情に、わたしの知らない感情を覚えているわたし自身にわたしが乱されている。何を言っているのかわからないとは思うけれど、わたしだってわからない。

 頭がぐちゃぐちゃと雑多な思考が渦巻いているのだ。考えることを先延ばしにしては、いざ直面した時に……ああ、もう。


 意外と落ち着いてるよな、わたし、とか思った矢先のこれである。

 それもかれもあの女のせいだ、と1度は消えた火が再燃するのを感じる。


 嵐のような女だった。部屋も荒らされたし。……そう言えばくだらないダジャレをあの女も言っていたっけか。思い出してしまってなんだかイライラしてしまう。別にわたしはダジャレが言いたくて言った訳ではなくて……いや正確に言えば口には出ていないから言ってはいないのだけれど。

 ああもうむしゃくしゃする。連想してしまった、それだけ。


「は、はる?」

「あ、うん」


 熟考中に不意に声をかけられたものだから生返事をしてしまう。なんでお姉ちゃんがこの部屋に……と一度惚けたくらいだ。

 そういえばわたしが呼んだのだった。


「それでお話があるとはなんでしょうか……」


 いつにもまして改まったお姉ちゃんは散らかった部屋の――あの女が散らかした部屋のかろうじて座れそうなスペースに正座して座っている。これじゃあまるでわたしがお姉ちゃんを叱りつけているみたいじゃないか。


「あの女は、何」

「な、何って言い方はないよ、はる」

「……ごめんなさい」


 全くはるは言葉遣いが荒いんだから、とお姉ちゃんが腕を組んだ。

 いや今はそういう話じゃないだろう。


「いや違くって!」

「おっきい声は近所迷惑だよはる」

「急にいつも通りに振る舞うな!」

「なんかはるがわたしより深刻そうな顔してたから、お姉ちゃん落ち着いちゃった」


 自分より怒ってる人を見ると怒りが引いて落ち着くって言うよね、とお姉ちゃんがわたしの隣へ腰かける。先日とは違って打って変わった落ち着いた態度だった。


「あ、かえでが――あの、女の子がね、いつかお詫びに来るって」

「…………いらないし」

「部屋散らかしちゃったの片付け手伝おっかなーって言ってたよ」

「ほんとにいらないし……」


 あの人片付けなんてできないのに、とお姉ちゃんが静かに笑う。先日の事といい仲良さげな雰囲気ではある。ここだけ見たら。


 疑惑点は二つある。

 一つはお姉ちゃんの部屋でのワンシーン。

 まあ、あれは説明してもらった……か。

 納得はしていない。

 そうはならないだろ、普通に。と、お姉ちゃんにいえばそうはなったんだって、と困ったように笑う。


 二つ目の方が肝心で、それはと言うと、あのお姉ちゃんの挙動と慌てようであった。

 ただの誤解程度で……それが何かセンシティブに見られるような場面を目撃されたぐらいであれだけ慌てるだろうか。……慌てるか。

 なんだかわたしまで穏やかなお姉ちゃんに絆されているのか、思考がマイルドになりつつあった。

 まあ、そうかもなあ……って、万が一にはあるのかも、なんて。そう思いつつある。


「いやおかしいでしょ!」

「大きい声はダメ」

「…………」


 全く、とお姉ちゃんが髪を指の間で梳くように、丁寧にわたしの頭を撫でる。はあ……、と脱力してお姉ちゃんの肩に頭を預けた。

 わたしもあの時は動転していたのかもしれない。

 姉の変な場面を目撃して、変な女に翻弄される姉を目の当たりにして少々取り乱していた説が確かにある。あれから二日。考える時間はあるにはあったけれど。……いや、ほとんど寝ていた気もする。


「はる、なんかくさいよ」

「なんで……」

「お風呂入ってないでしょう。夏なんだから頑張って入ろうよ」

「…………めんどくさいし」

「だーめ。中学生にまでなってお姉ちゃんに無理やりお風呂に入れられたいのかー?」


 わーっ、とむしゃむしゃ頭をもみくちゃにされ、くすぐったくて笑ってしまう。

 臭いならあんまり触んない方がいいよ、なんてお姉ちゃんに言っても、この少しぬけてるお姉ちゃんは手を離してくれないのだろう。

 いつもの優しくて穏やかなお姉ちゃん。

 いや、いやいや……やっぱりおかしいって。

 二人でじゃれ合いつつも、心の奥の冷静な部分がやはり何かがおかしいぞ、と直感に訴えてくる。

 絆されてはならん、と気を取り直すことに専念し、姉の温かい手から逃げるように物理的にも、精神的にも距離をとる。


「ねえお姉ちゃん」

「なあに」

「あの子はお姉ちゃんのなんなの」

「……急に本題に戻るね」

「お姉ちゃん話逸らすんだもん」

「バレちゃったか」

「……そんな器用なこと出来ないでしょ」

「これもバレちゃった。言ってみただけ」


 はっはっは、とお姉ちゃんが笑い飛ばす。

 姉らしくない笑い方だ。それで、と言葉を促すと、そうだなあ、と熟考の姿勢を見せる姉の顔はいつにもまして真剣に見えた。

 うーん、と静かに唸り何かを考えている。

 これって何か考える必要があることをわたしは聞いたのだろうか。後ろめたいものがあるからじゃないの、なんて言葉にしそうになって、飲み込んだ。

 

「なんなんだろうね。なんだと思う?」

「な、なんでわたしに聞くの」

「はるはわたしより賢い子だからね。わかるかなーって」


 お姉ちゃんは困ったように笑って首を傾げた。

 わたしはその姉の様子に確信めいたなにかを覚えてしまって。いやでもその可能性をとても容認はしがたくて。生唾を飲み込んで、恐る恐る問いかける。

 確信には迫らないように、遠回りに。


「友達でしょ」

「うーん……」


 友達とは違うかも、とお姉ちゃんは眉を下げる。


「……友達じゃなければ、……なに」

「なんだろなあ。お姉ちゃんもわかんない」

「わ、わかんないってそんな無責任なっ」

「そんなこと言われてもね」

「じゃ、じゃあ嫌なやつなんじゃないの!?」

「違う!」


 大きな声を上げたお姉ちゃんに怯んで、体が固まる。

 ご、ごめんなさい、と震えた謝罪の言葉が口をついた。


「はるには――っ」


 お姉ちゃんが言葉を飲み込んだのに、飲み込んだ言葉に気づいてしまって、やはりわたしの直感は間違っていなかったのだと気づいてしまう。


「関係なくは、ないよ……。わたしのお姉ちゃんだもん」

「……はるはかわいいなあ」


 お姉ちゃん照れちゃう、とお姉ちゃんがわたしの頭に手を伸ばすのを振り払う。

 驚いた顔をしつつお姉ちゃんはいじけないでよ、と苦笑した。

 いじけてるわけじゃ……ないし。

 困ったな、とは言ってくれないのが悔しかった。

 姉はきっとあの女に――。


「まさか恋でもしてるのかな」


 ――憧れがちょっと行き過ぎてるのかも。姉がその後、言い訳がましく呟いた言葉はますますわたしの確信を増長させて。

 なんちゃって、とおちゃらけた姉に、いったいわたしはどんな表情をしていたのだろう。


―あとがき―

おひさしぶりです、待雪です。

時間が出来たタイミングで読み直しをしますので、恐らくどこかの文章が変わったりしているかもしれません。大変おまたせしました。

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