姉を喰らわば妹まで 後編

「……なんでわたしまで押し倒したんですか」


 普段から割と散らかっている部屋が、ちょっとした乱闘を経た結果更に散らかっていた。

 座るスペースがあるにはあるのだが、三人分はなく、わたしと……何故か来訪者がベッドに座り、お姉ちゃんが床に正座をして座っている。

 滅多に親も入れないこの部屋に、この来訪者――かえでと呼ばれている女は、我が物顔で上がり込んでいた。

 お姉ちゃんの部屋での出来事に加え、先程のこともあり、どんな面の皮をしているんだ、と呆れを通り越して興味すら抱いている自分がいる。


「まあまあまあまあ」

「さっきから適当に言えば誤魔化せると思ってるでしょ」

「バレちゃった」


 てへ、とわざとらしく隣の女が首を傾げて舌を出す。正座をしているお姉ちゃんが何故か顔を赤くして、更に顔を下げてしまう。……色々頭がもう限界なのだけれど。

 ここ数年、滅多に動かすことのなかった頭を全開で稼働させて考える。が、いい加減脳が思考を拒否し始めている。


 わたしの知るお姉ちゃんはこんなんじゃない……と、情けない様子の姉を見て思う。

 声に漏れてしまっていたらしく、隣の女がぷっ、と吹き出した。

 幸いお姉ちゃんには聞こえていなかったみたいだったが、隣の女にはバッチリ聞こえてしまっていたらしい。


「やっぱりこんなんじゃ普段生活出来てるわけないもんねえ」


 肩を叩かれて、ドンマイドンマイ、とサムズアップをし、何を考えているのかわからない笑顔をわたしに見せる。

 なんなんだこいつ。


「あなた……なにか弁明はないんですか」

「懸命に弁明を考えてるよ。あ、今韻踏んだかも」

「こいつ……!」


 わたしの反応を見てお腹を抱えてケラケラ笑い出す。完全におちょくられている。

 普段からこの調子で、お姉ちゃんが弄ばれているのだとしたら、間違いなくお姉ちゃんは友達選びを失敗している。

 ……そもそも中学校の時のお姉ちゃんから友達の話なんて聞いたことは無かったけれど。

 

「はるちゃん」

「……何か言い訳でも思いつきましたか?」

「良い訳が思いついたよ」

「……?」


 何を言っているのか意味がわからなく、首を傾げる。先程まで沈黙したお姉ちゃんが、ここぞとばかりに口を挟んだ。


「あ、今のは、言い訳の、言いの漢字を良好の良、にして良い訳……。これでダジャレにしたんだと――」

「そんな解説求めてないよ!」


 隣の女は「わかってきたじゃんあきー」嬉しげだ。

 そんな女を見て、お姉ちゃんはまた赤面しつつ今度は顔を下げずに微かに微笑む。


 ……あまりいい気分ではなかった。


 わたしの知らないお姉ちゃんを、見せつけられている。

 頼り甲斐があって、優しくて、運動神経の良いお姉ちゃん。

 料理や家事も同い年の子たちとは比較にならないぐらいできて、……成績はあんまり良くないけれど、そんな出来のいいお姉ちゃん。

 そんなお姉ちゃんの化けの皮が、この女にあっさりと剥がされている。

 ……心做しかこの女を見ている時のお姉ちゃんの顔は恍惚とさえしているような気がして。

 まるで恋をしているようなメスの顔を……お姉ちゃんが、……あのお姉ちゃんが。

 ――わたしのお姉ちゃんが。


「はるちゃん?」

「………なんですか」


 尖った口調になってしまったかもしれない。

 もはやそんなことを気にしている場合では無いのかもしれないが。


「まあだから……うーん。誤解なんだよね誤解」


 このままだとあきが誤解されたままで可哀想だ、と経緯を隣の女が語り出す。

 ベッドの下が気になって、覗くふりをしたところ、お姉ちゃんに引っ張られて。

 冗談冗談、と体を抜いて振り向いたところ、あの結果に、と。


「そ、そういうことなのっ、はる」

「そういうことなんです」

「どういう事ですか……」


 この二人は気づいていないようだったが、もはや話の論点はそこでは無い。

 どういう経緯でああいうことになったのか、それは百歩譲って納得したとしても。

 さっきからのお姉ちゃんの態度を見ていれば、お姉ちゃんがこの女――かえでに抱いている感情なんて一目瞭然で。それこそ学校に行っていなくて、部屋に閉じこもってしまっているわたしにもわかってしまうぐらいに、姉の態度はわかりやすくて。

 

 何かの間違いじゃないのか、とわたしの勘違いである可能性をさっきから必死に探し続けている。

 どうやら隣の女は、こんな情けない様子のお姉ちゃんには慣れているらしく、特別何かリアクションを取ることはない。

 つまり、この女といる時、普段からこの調子、ということを暗に………というか露骨に! 露骨すぎる!

 露骨に示されて、胸中は複雑どころか肋骨がバラバラに砕けそうなぐらいには、おかしくなりそうだった。

 そもそもお姉ちゃんが押し倒される、なんて事が既におかしいのだ。どちらかと言えば押し倒す側だろう。体格差を考えても、隣の女の体は大きくはなく、むしろわたしより小さいぐらいで、お姉ちゃんが押し倒す側じゃないとおかし――。


「――ッ!」


 今すぐにでも発狂してしまいそうだった。

 なんでなんだ。

 どうして、どうして。どうして、この女なんだ。

 適当で、軽薄で、お姉ちゃんに真剣に向き合っているようには見えない、こんな女に。どうしてお姉ちゃんはそんな視線を向けている。

 女の子なのはこの際いい。百歩譲って、もういい。

 お姉ちゃんのことを考えてくれる人ならば、わたしは誰だっていいから。

 でもこの女は違うだろう。

 違う、絶対に、違う!


「お姉ちゃん」

「は、はい」

「後で大事なお話があります」

「えっえっえ」

「返事はッ!」

「は、はいっ!」

 

 もういいから一回出てって! と二人を部屋から追い出した。

 力んでいた体から力が抜けて、背中からベッドに倒れて、顔を手で覆う。

 ――お姉ちゃんはどうにかなってしまっている。

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