私の知らないあき
「そう言えば、はるちゃんなんだね」
「そんな呑気なこと話してる場合かな……」
あきは床にぺたんと座り込んで不安げに肩を揺らしている。一方の私はベッドを背にして三角座り、挙動不審なあきを眺めつつ思案していた。
「急がば回れ的なね」
「よ、余裕がありすぎない?」
はっはっは、と笑い飛ばして、さあ考える。
やや事案で修羅場で色々アウトな絵面を妹ちゃんに見られてしまった訳だが、どうしたものか。
「普通に何もしてないし……誤解で済むよね誤解で」
「ナンモシテナイ」
うん、してない。
カタコトであきが繰り返す。
納得がいっていないのか、ぼそぼそと繰り返しながら床を地面でつついている。
「事案にしようとするのやめてね、なーんもしてないでしょ」
というか、と未だ不安げなあきを視界に収めつつ話を続ける。やや過剰反応気味なあきを思い出し、ふと尋ねてみる。
「ベッドの下、なんか本当にまずいものでもあるの……? えっあきにそういうイメージ無いんだけど。キャー」
わざとらしく顔を手で多い、指の隙間からチラチラあきの様子を見る。本筋から外れつつ、あきの平静を取り戻そうと、少しのアイスブレイク。
あきは変な誤解はしないでよ、とやや青ざめた顔で力無く呟いた。
「否定はしないんだ……?」
「ちがっ! 違くて……。く、黒歴史が……」
「黒歴史……?」
「もうその話はいいじゃん!」
にしたってベッドの下に隠しておくとは在り来りすぎやしないだろうか。あきは生活力があるから、当然自分の部屋の掃除は自分でしているのだろうが、仮にあきのお母さんが掃除をしてくれて見つけてしまう、みたいな事はないのか。
「それ、隠せてなくない……?」
「見られたくないことは伝わるもん……!」
「素敵なご家族」
やや語尾が幼ないあきは新鮮だ。余程動揺しているように見える。普段妹ちゃんとはどのような関係を築いているのだろう。
今思えば、私と居ない時のあきをあまり知らないな、と思う。
一緒にいるようになったのは私の短くはない人生を追ってみると、極めて最近の話であり、そこまで長い時間ではない。
当然、あきが私と親しくなる前にも、あきには関係を築いてきた人たちがいて。
当たり前だけど家族だってそうだ。
私にはない感覚だ。家族にあたるものが私にはないから。
そういった人々と関わるとき、あきはどのように振舞っているのか、私はあまりにも無知だ。
どうなんだろう、と関心を抱くことすらない。
普段からあんなにしどろもどろな感じではないはずなのだ。仲良くなればなるほど、態度は軟化して、素の部分が見えてくるものだと私は思う。
私だって、あきとそれなりに親しくなった気ではいて、段々と素の部分を見せることが出来ている。
でなければ家に頻繁に通したりなんてしないし、あんな格好で出迎えたりしない。
……格好に関してはだらしないだけかもしれないが。
なら、一体どうしてあきは私の前ではああなってしまうのか。
顎に手を当てて思案する。
親しくなればなるほど、あきからは友情以外の感情を感じる機会が増えている。
落ち着いている機会も増えているのだが、それ以上に取り乱している姿を私は見ている。
やっぱりそれは何かしらの特別な感情を感じざるを得ない。なんて、私の考えすぎならいいのだが、こう考えてしまうと辻褄が合う、というか。
あきの不審さ全てに説明がついてしまうのだ。
「はる……ちゃんはどんな子なの? 仲良いの?」
「仲は……いいと思う。うん、仲、いいよ」
縋るような呟きだった。妹に変な場面を見られてしまったことに余程動揺しているらしい。
兄弟も家族もいない私にはわからない感覚だ。
「だったらまあ、大丈夫だよ。話せばわかってくれる」
第一さ、とあきの肩を軽く叩いてなだめる。
「そもそも女の子同士なんだよわたし達。まあ……押し倒してるのは――いや押し倒してるのか……」
妹ちゃんの視点で考えてみれば、姉の部屋で姉が押し倒されていた。それも顔を真っ赤にして。
……女の子同士の戯れ、で果たして説得できるだろうか。そもそも性別がどうこう、と言ったご時世でもないのだが、姉が異性に押し倒されてる光景よりはマイルドに見えたはずなのだ。
「私、妹ちゃんと話してみようかなと」
「は、はると? それはちょっと……難しい、と思うけど」
「難しい」
その難しいに、一体どれだけの意味をあきは含んだのだろう。
パッと見ではあるが、伊藤家にはなんの問題もないように私は見えている。暖かくて、ごく自然な普通の家庭。嗅いだことのない、穏やかな匂いがする、そんな家。
そんな中、妹ちゃんだけは絶賛思春期――あきも絶賛思春期か。あきと妹ちゃんの似ているのかもしれないところを見つけて一つ微笑む。
話を戻す。
妹ちゃんはあまり、こう……なんだろう。言ってしまえばあまり、明るい匂いを感じない。
教室でのあきは兎も角として、全体的に伊藤家の皆は明るい雰囲気がある中、妹ちゃんだけは鬱屈な雰囲気をまとっている。
それがかつての私を思い起こさせているのか。
放っておけない、なんて無責任な事は言えないけれど、話してみたい、そうは思った。
良くも悪くも、誤解を解きに行く、と言うのであれば、話してみるのにもいい機会だとすら感じる。
「まー……話してみようかなと」
「へ、部屋に入れてくれないと思うけど……」
「レッツトライ」
「な、なんか……」
口を噤みつつあきが言う。
指先で忙しなく足を撫でていた。
「今日のかえで……乗り気だね」
「の、乗り気とは……」
「楽しそう……って訳では無いけど。なんか、積極的だなって」
「私は君に関しては意外と積極的だよ。寝ることの次ぐらいには」
「そ、そうなの……か」
顔をほのかに赤らめて、あきが手をぐっと握って呟いた。寝ることの次ってそんなに嬉しい評価だろうか。
「わ、わたしはどうしよ……」
「ま、一旦待機じゃない?」
「りょ、了解です。お姉ちゃんはるの顔見れないよ……」
一人称がお姉ちゃんになっているあきは一段と情けなく見える。姉と言うよりは妹感の方が強い。
末っ子、もしくは次女っぽい雰囲気だ。
長女らしさは家事くらいだろうか。
でも、確かに頼りになる時のあきは実に長女らしいかもしれない。
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