突撃、遠めのあきんち

「お邪魔します……」

 

 中々変な感覚だった。

 普段はあきが私の家へとやってくる一方だったし、私も小学生の頃は人とよく遊んでいたものだが、その頃から家へ人を呼ぶことの方が多かった。

 他人の家、と言うと、実際おばあちゃんの家ぐらいにしか入ったことがない。

 確かに目の前の家には『伊藤』の表札が下げてあり、ああ来たんだなあ、なんて思う。

 あきはこの家で、育ってきたのか。

 

 時刻は既に十九時だけれど、さすがの夏、空はまだピンク模様で夕暮れだ。

 鈴虫の鳴き声に包まれながら、玄関の扉を開けた。


「いらっしゃーい」

 

 中からではなく、後ろから迎え入れてくれるのはあきのお母さん。さっきまで車の運転もしてくれていて、わたしとあきをここまで送ってくれた。

 道中は大体十分程度、歩いていけば一時間程度はかかりそうだ。


 人当たりがよさそうな笑顔を下げた、髪を後ろで一つに結んでいる人で、あきとは……似ているような、似ていないような。

 実物と比べた方が早いだろう、隣のあきと見比べてみる。


「かえで?」

「あ、うん。実際似てるのかなあって思って」

「ふふ、わたしとあき似てるかしら」

 

 あきのお母さんがあきを隣に誘導し、二人横に並ぶ。微笑ましい光景で、心がキュウ、っと嫌な音を上げる。頭が締め付けられるような感覚を覚えるが、その事実から目をそらして、目の前に集中した。


「ちょ、ちょっとお母さん」


 あきは少し恥ずかしいのかちょっとモジモジしている。

 誰もが享受――良くない考え方になってきている。これが家族なのか。


「目元が似てるかも」

「あんまりお客さんに迷惑をかけちゃいけないよ。君がかえでさんか。いらっしゃい」


 並んでいる二人の後ろから身長が高い男の人がやってくる。メガネをかけて黒い髪を短髪にまとめてサッパリしている。

 あきのお母さんと同様、人当たりがよさそうな柔和な笑顔を下げている。笑うとえくぼが出来る位置が、あきと一緒だ。

 喋り方、何となく可愛いな。


「お、お邪魔します」

「遠慮しないでゆっくりしてってね。ほら、二人とも。あんまりお客さんを外で立たせてちゃいけないよ」


 その穏やかで柔らかい雰囲気とは裏腹に、結構ガタイがいい人だ。

 筋肉質、とまでは行かないけれど、立ち姿が何となくシュッとしている。

 その体格と喋り方のギャップが凄まじい。


 二人ははーい、と全く同じ返事をして、中へ先に入っていく。中からあきが「上がって」と恥ずかしそうに私に声をかけてくれた。


「失礼します……」


 扉をくぐり、玄関へ。

 第一印象はゆったりとした落ち着きのある雰囲気の家、だろうか。

 玄関には丁寧に揃えられた靴にあきのお母さんとお父さんのツーショット写真。

 ウェディングドレスを着ているから多分結婚式の時の写真なのだろう。

 ……うちにはそんなのないな。


「と、とりあえずおいでよかえで」

「はいはい」


 あきのお父さんとお母さんに頭を下げてから、あきに連れられて階段をのぼる。

 あきの部屋は二階にあるらしい、どこの家も子供部屋は二階にあるものなのだろうか?

 チラッと後ろを振り返ると、あきのお父さんとお母さんは見つめあってニコニコとしている。

 絵に書いたような、理想的な家族。

 温かくて、優しい匂いがした。


「お姉ちゃん、ちょっと――」

「あ、お邪魔してます」


 階段を登り切ると、向かいの部屋から女の子がひょっこりと扉から顔を出した。

 前髪は目元までかかっていて、顔がよく目えない。身長は私より少し高そうだ。

 あきに妹がいる、なんて話今まで聞いたことがあっただろうか。

 上から下をさりげなく一瞥する。

 上はTシャツに恐らく学校指定の短パン。足や腕は真っ白で、日焼けの影は全く感じられない。

 かつての私を思い起こさせる風貌だった。


「――ッ!」

「はる!」


 あいさつをすると『はる』と呼ばれた妹ちゃんはすぐ部屋へと引っ込んでしまった。

 そのまま扉の向こうから声が聞こえてくる。

 なかなかシャイな性格らしい、あきとは仲が良さそうな感じが既にしていて、こればっかりは素直に微笑ましい。


「お客さん来てるなら言ってよ!」

「ごめんねはる、またね」


 かえでこっち、と手振りだけで誘導される。

 妹さん、いずれ会話できるといいけれど。

 何となく似ている気がするのだ。

 去年までの私と似ている、そんな感じ。

 同じ匂いがする、とでも言おうか。

 同族嫌悪でもしない限り、下手したらあきよりも相性がいいかもしれない、なんてあきに言ったらどんな反応をしてくれるだろう。

 

 そのままあきは奥にあるもう一つの部屋へと、私の手を引いて進んでいく。

 ふと視線を感じて後ろを振り向いてみると、妹ちゃんがドアの隙間からジローっとこっちを見つめていた。恐る恐る手を振ってみる。

 すると妹ちゃんは音を出さずにドアをジーっと閉めてしまった。

 やっぱり親近感を覚える反応だった。


「ごめんね、騒がしくて」

「んーん。なんだか新鮮」


 ぼんやり呟くと、あきは少し複雑な表情をする。

 そんな顔するなよ。


「その……かえでんちってどんな感じ……だった?」

「ん……まあ、いろいろ」


 まさか触れてくるとは思わなかった。

 正面から尋ねられると、中々戸惑う。逃げ道を探して、迷い、結局適当にぼやかすことしか出来なかった。

 色々複雑すぎて簡単には説明できないし、その時は今じゃない。

 その時があきに来るかはわからないけど。


「ほー……これがあきのお部屋か」


 意識的に話題を変えて、複雑な内心を表情に出さないように努める。私も意識を私の家族の事から逸らしたくて、目で見た新しい情報で心を上書きしていく。


「やっぱり女の子なんだなあ」


 ちょっと大きめのベッド、本が沢山入っている本棚。本棚にあるのは主に漫画みたいで、有名なバレー漫画が目に入った。

 そういえば、あきは元々バレー部だったか。

 他には自己啓発本の類が入っている。

 勉強机の上には小物や化粧品が点在しているものの、散らかっているわけではない。


 こういうのって例えば、入る前に片付けるから待っててー、みたいなのが定番だと思っていたけれど、あきに限ってはそんなもの必要ないか。

 それにあきなら事前に済ませているだろうし。


「あ、あんまり見ないで」

「こういうのってベッドの下に何かあったりするよねー……っと」


 ふざけるつもりで床に伏せてベッドの下に手を入れてみる。


「ちょ、ちょっとかえで!」


 それに対してあきは結構強めに私を引っ張ってくる。


「え、何かあるの?」

「ま、待って!」

「ジョーダンだっ――」


 冗談だって、っと力を抜いた瞬間あきの元へと一気に引っ張られた。

 結構本気で引っ張ってたのか、私が非力なのか。

 あるいはどちらもなのかもしれない。

 あきの元へ大きく引っ張られ、あきの上へと覆い被さる形になる。

 いつかの時と逆だな、なんて冷静に思う。

 あの時はベットの上で、私が押し倒されていたんだったか。

 今は床で、私があきを押し倒している。あきの顔が良く見える。

 

「大丈夫?」


 あきはあっあっ、と言葉を喉で詰まらせている。

 せめて息はしてほしい。あきは瞳を揺らして、私の顔を直視しない。パニックになったのか、目を閉じて何かを受け入れる体制をとる。

 いやいや、といい加減体を起こそうとした、その時。

 

「お姉ちゃん、お母さんがお客さんにお菓子……って――」


 その刹那部屋の扉が開き、考えうる限り最悪なタイミングで妹ちゃんが登場してしまう。

 着替えたのかさっきのラフな格好とは違い、パーカーにジーパン姿だ。

 妹ちゃんはドアノブに手をかけたまま固まって、私と今度はしっかり目が合う。


 あきの方に視線を戻すと、依然目を閉じていて、――顔はいつも通りしっかり赤く染まっている。

 さっきは赤くなかったじゃん……!

 完全に事案だ。修羅場、の三文字が頭によぎる。

 お菓子をぼとっ、とその場に落とし、真っ赤になったあとドアを勢いよく閉めていった。

 ドタドタ、と廊下を派手に走る音がして、もう一度ドアが勢いよく開く音がする。

 部屋に戻っていったらしい。

 そういえば今の紅くなり方、あきと似てるなあ、なんて現実逃避。


「……」


 扉が閉まってから数秒して、とりあえず体を起こそうと、下のあきへと声をかけようと視線を向ける。今度のあきは顔面蒼白だ。


「ど、どうしよう……」


 ようやく目を開けたあきは涙目で、実際少し潤んでいる。

 どうしたものだろう、と二人で頭を抱えていた。

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