第49話
数日後、詩兎は華祭りの研磨師選定のための作品を作り上げ、運営に提出した。
正直、ここへ来てから色んなことがあり過ぎて作業に集中するのが大変だったが作品は問題なく仕上がった。
水の竜眼石と緑の竜眼石を使った作品が今回のお題ということで、詩兎は紫陽花の花を模した作品を作り上げた。
一つの紫陽花を作り出す複数の花弁を形にするのがとても大変だった。
青い花弁と緑の花弁が寄せ集まった大輪の紫陽花は日の光に照らされて一段と美しく輝く。
当日が雨であっても雨に濡れた紫陽花が風情を演出してくれる。
そこまで計算した詩兎の作品は当然の如く最終選考に残った。
その報告を聞き、詩兎は一先ず肩を撫で下ろした。
「問題は……」
詩兎は最終選考者に選ばれた者の名前を見て目を剥いた。
「一体、どういうことなの……?」
自分と同じく最終選考者に名を連ねていたのは華陽だった。
詩兎は自室の卓に書状を広げ、頭を抱えた。
自分が知る限り、華陽に研磨の腕は皆無だ。
到底、その年の研磨師の最高峰を狙うのは夢のまた夢。
そうなると考えられるのは盗作である。
誰かに依頼して作品を作ってもらい、自分の名前で選考を通過したという可能性が高い。
「けれど、一体誰の作品を?」
工場の誰に頼んでも素晴らしい作品が出来上がるだろうが、経験もある六孫に頼むのが一番だろう。
ただ、頑固な職にである六孫が素直に作品を作るとは思えない。
他の職人の可能性もあるが、一般的な研磨に比べて制作は更に高度な技術が求められるため、天音や他の者では少々経験が不足している。
となると、工場の職人に頼んだ可能性が消えるのだ。
「一体、誰に依頼したのかしら……」
詩兎は首を捻るが思い当たる節がない。
「失礼します」
扉の向こうから声が掛かり、返事を返すと扉が開いた。
開いた扉から陽光が差し込み、青銀色の髪がより強く輝いた。
「難しい顔をして、考え事ですか? 眉間の皺が濃いですね。取れなくなりますよ」
余計な一言を添えて露火は詩兎の顔を覗き込む。
「考えることが沢山あるんです。えぇ、本当に忙しくて」
菊陵庵の一件で露火の口から『妻になる人』と伝えられた詩兎だが、その件についてまだ言及できていない。
どうして私なのか。
それを訊ねたくて仕方がないのだが、訊ねて『気が変わりました』とでも言われたら詩兎は今度こそ本当に絶望する気がするのだ。
少し前から気付いていた。
自分がこの口の悪くて空気の読めない麗人を慕っていることに。
仕方ないじゃない。だって、私自身を何の偏見もなく見てくれて、実力を評価してくれた人なんだもの。
その上、窮地に立った自分を助けてくれたのだ。
惚れるな、という方が無理な話である。
詩兎は部屋の中央にある長椅子に露火を勧め、向かいに腰を降ろした。
しかし、立ち上がった露火が自分の隣に腰を降ろしたことに疑問を持つ。
「どうかなさいましたか?」
「いずれ夫婦になるのですから、これが自然では?」
その意外な一言に詩兎は顔を紅潮させる。
顔に熱が集中し、言葉を発するのを忘れてしまった。
「茹でたタコみたいですよ。水でしめますか?」
「人を食材のように言わないで下さい」
「美味しく頂けるかと思いまして」
いちいち、どうしてこうなのか。
詩兎の気に障るような言い方をする露火に詩兎は苛立ちを覚える。
すると真っ赤になった詩兎の頬に手が触れた。
大きな手が頬に掛かる浅蘇芳色の髪をすっと払ったと思ったら、唇に柔らかな感触が降りて来る。
「っん……⁉」
温かく、柔らかな感触が露火の唇だと気付いた時には既に唇が離れた後だった。
「い、一体何です⁉ 本当に心臓に悪いのですけど⁉」
「夫婦というのはこういうこともするのでしょう?」
まだ夫婦ではありません! と声を大にして言いたいが、色々と恥ずかし過ぎて言葉が出て来ない。
詩兎の身体が露火の体重で徐々に傾いていき、まるで続きをねだるような蠱惑的な視線に、詩兎は言葉を絡めとられてしまう。
熱くて少し湿った感触が生々しく詩兎の思考をぐずぐずに溶かしていく。
「いいでしょう? あなたはもう私のものですし」
「こ、こうことは結婚してからなのでは⁉ 特に皇族と婚姻を結ぶ女性には貞操が……」
流されまいと詩兎は言葉で抵抗を試みる。
皇家の男性と結婚する場合は誰の子も孕んでいないことを確認するために宮廷に入ってから半年は様子を見る。
女性の胎が大きくなければようやく婚姻を結ぶことができるのだ。
「あなたが他の男で貫通していないのは知っているので問題ないです。それよりも、私があなたを抱かないと政治的な問題が起こるので」
「はい?」
一体、何だ。その政治的な問題って。
こういう時ってもっと甘い言葉を囁いてくれるものだと思っていたので、色気も欠片も感じない誘い文句に詩兎は表情をなくしてしまう。
「大丈夫です。壊さないように優しくします。辛かったら言って下さい」
そう言って露火は宣言通り優しく詩兎に口付けた。
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