第16話

「誰かしら……?」


窓ガラスに顔を近づけ、華陽はその人物をまじまじと見つめた。


そして華陽ははっと息を飲んだ。


その人物は庭に咲く鮮やかで美しい花々よりも尚美しく輝いてきた。その存在は周りの花すらも霞ませるほどの神々しい輝きと存在感を放っている。


 男性なのに、なんて美しいの……。


編まれた美しい青銀色の長い髪、色白で整った顔立ちは中性的でこの世のものとは思えぬほどに麗しく、堂々とした立ち姿からは威厳が放たれ、長身で白色の長袍を着こなしている。



「あの方は一体……?」


今までの人生で感じたことのない胸の高鳴りを感じた華陽は自分の胸をそっと押さえる。


「どこの家門の方なのかしら……」


華陽は胸を押さえながら恍惚とした表情で呟く。


俯き加減な視線の先は整えられた椿の木に遮られており、何があるのかは分からない。


何をしているのかしら?


花を愛でているのか、椿の花に憂いを溶かしているのか、それとも誰かを待っているのか…………。


今すぐこの部屋を飛び出て行きたい衝動に駆られるが、それが出来ない。

ふわりと春の風がたなびき、青銀の髪が揺れる様の麗しさ、たったそれだけで華陽は何も考えられなくなってしまう。


 

 食い入るように青年を見つめていると、青年の視線がこちらに向けられた。

 

「………っ!」


 視線と視線が交わり、華陽は驚いて言葉にならない悲鳴を上げる。

 青年はすぐに視線を逸らし、建物の中へ入ってしまった。


「目が、目が合ったわ……!」


 華陽は歓喜の声を上げ、祈るように手を胸の前で組んだ。

 

 どうしましょう、私は国母にならなきゃならないのに……。

 

「どうすればいいの? きっと、私に気付いてしまったはずよ」


 帝に見初められる可能性が高い以上、他の男性と関係を持つことは許されない。

 男に許される自由が女にはないこの国では既婚女性が情夫を持つことは許されていないのだ。


 だけど、あの人に熱烈に求められたら……私はどうすればいいのかしら?


「華陽!」


 華陽が考え込んでいると控えの間の扉が勢いよく開き、嬉々とした表情の父の陶辰が飛び込んできた。


 「どうなさったの?」


 興奮気味の父に華陽訊ねる。

 父はつかつかと華陽に歩み寄り、両肩に手を置いた。


「すぐに行くぞ! 帝はすぐにでも竜眼石が見たいと仰っているそうだ!」


 華陽は陶辰の言葉に先ほどとは別の胸の高揚を覚える。

 

「まぁ、そうですの? ではすぐに参りましょう」


 華陽は先ほどの男性の存在は一旦、胸の中に仕舞い込む。

 これから会うのはこの国で最も地位の高い男だ。


 皇帝と皇后の間には子供がいない。


 幼い皇后を慮り、子供を作れないのかしら……?


 だとしたら好都合だ。


 帝が私を見初めれば私は国母になれる!


 そうなれば、下位貴族として私を下に見ていた連中の鼻を明かすことができる。

 今まで見下していた連中を今度は私が見下す番よ。


 華陽はほくそ笑む。

 

「では、行くぞ」


 陶辰に続いて控えの間を出て、案内に従って謁見の間に移動した。

 扉を守る二人の武官が控えめな態度で両開きの扉を開けると、そこに広がる空間に華陽は興奮した。


 高い天井、広々とした室内を入り口から真っすぐ進んだ場所に、玉座があった。

 数段高くなったその場所に座った者はこちらを見下ろすことができる。


「手前の方まで進み、お待ち下さい」


 案内の者は玉座の近くに置かれた卓に竜眼石を置き、それだけ言うと退室する。


 これから帝がいらっしゃるのよね。


 今までの人生の中で最も皇帝に近い場所に自分はいる。

 同じ年頃の娘でもそう簡単にこの場所には来ることはできない。


 家門の力と、自分の価値、合わせてやっとこの場所に立つことができるのだから。


「行くぞ、華陽。そう緊張するな。我が桜家は皇家の遠戚。美しく、聡明で竜眼石の扱いに長けたお前はきっと皇帝の目にも留まるだろう」


「はい、お父様」


 自信に満ちた父の言葉に華陽は笑みを浮かべて答える。

 玉座の手前まで進み、作法に習って膝を着き、顔を伏せて帝を待つ。


 すると、入って来た扉の方からコツコツと踵を鳴らしてこちらに向かって歩く音がした。

 

 いらしたわ!


 胸がどきどきと音を立て、緊張が走る。 


 大丈夫よ、華陽。

 私は美しいもの。ここへ来る最中だって殿方はみんな私に見惚れていたもの。

 お姉様の婚約者だって、邸の下男だって皇帝だって、男はみんな同じ男。


 美しく愛らしい、そして色っぽい女を好むもの。

 容姿に加えてこの国で重要視されるのが竜眼石を扱えるかどうか。


 華陽の脳裏に浮かぶのは姉の姿だ。


 服も、装飾品も、綺麗な小物も婚約者だって奪ったも同然。

 竜眼石だって扱えず、父親からの愛情だって、周りの者の関心だって全て自分に向けられている。


 それなのに……。


 華陽は奥歯でギリっと歯ぎしりをする。


 そんなこと気に留めた風もなく平然としていて、真っすぐな目と真っすぐな姿勢を崩さない姉が華陽は気に入らなかった。


 祖父が与えた物だってほとんど全て奪って、何も残っていないはずなのに、心の拠り所なんてとうの昔になくなっているはずなのに、姉は絶対に折れない。


 悔しがることも、泣きわめくこともしない。


 あの姉の生意気な態度、本当に気に入らない。

 


 だけど、私が皇帝の妃になったらどうかしら?


 女として最高の幸せを手に入れ、人々からも敬われる存在となり、絶対的な格の違いを見せつければあのすました顔も歪まずにいられないはずだ。


 姉も、自分を下位貴族として見下した奴らも全部まとめて私が見下してあげる。 


 顔を伏せながら華陽は歪んだ笑みを浮かべる。

 そうしている間に足音は華陽達を通り過ぎ、短い階段を上がってドスっと椅子に腰を掛けた。


「顔を上げよ」


その声に華陽はゆっくり顔を上げる。

そしてそこに座っていた人物に目を丸くした。


 

 



 


 

 

 

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