第12話
「どうかお受け取り下さい。風の石は敏感なのです。特に嫌な気配には」
「分かりました。では、ありがたく受け取ります」
炎瑛の言葉に今度は詩兎が驚く番だ。
こんなことを言っても信じてもらえないことの方が多い。
竜眼石といっても所詮は石に過ぎないと。
呼吸だの、意志だの、馬鹿馬鹿しいと、詩兎は何度も笑われて、おかしい奴だと思われてきた。
「……信じて下さるのですか?」
「えぇ。あなたが言うのでしたら」
炎瑛は黄色の瞳を細め、柔らかく微笑む。
その表情に詩兎は思いがけず、釘付けになってしまった。
今までの嘘くさい笑顔ではなく、心の底にある感情が一瞬だけ顔を出したかのような笑みだった。
炎瑛は詩兎の手から耳飾りを受け取って懐に仕舞い、言う。
「それでは、私は中央地区に戻ります。十日後にまたお会いしましょう」
炎瑛は一度微笑んで見せ、踵を返す。
しかし、数歩進んだ所で詩兎の方を振り返った。
「お嬢様、くれぐれも一人でこの時間帯には出歩かないように。平々凡々な容姿であろうとも、竜眼石が使えなくとも、婚約者に捨てられたとしても、一応は妙齢のじょ「前々から思っていましたけど、馬鹿にしていますよね?」
詩兎は炎瑛の言葉を苛立ちを含む声音で掻き消した。
「いいえ。尊敬しています。ここまで不遇が折り重なってその身に押し寄せているというのに、あなたはまだへこたれていない」
炎瑛は真摯な声音でそう言うと詩兎の頬に手を伸ばした。
長い指先が詩兎の頬に触れ、浅蘇芳色の髪をさっと払う。
その色っぽい仕草に思わず息を飲んだ。
胸の奥が甘く疼くような感覚に詩兎は戸惑いを覚える。
「その神経の太さと頑丈さには感心します。繊細な心の俺には到底無理な芸当です」
お決まりの詩兎を下げる一言が詩兎をふわふわとした場所から現実に引き戻してくれた。
「やっぱり馬鹿にしてますね」
そうでなければ無神経だ。
うっかり見惚れてしまうほどの美貌があっても、この口の減らない男だけはいけない。
詩兎は自分自身に言い聞かせた。
「してませんよ。言ったでしょう? 感心していると」
炎瑛は徐に艶っぽい笑みを浮かべて詩兎に顔を近づける。
詩兎は平生を装いながらも、どきりと跳ねる心臓を押さえつけて立ち尽くすことしかできない。
「こんなに素晴らしいものを頂くのだから、お礼をしなくてはいけませんね」
まるで蜜のような甘さを含んだ声が詩兎の耳朶に触れた。
少し近くに立たれただけで、少し声が近いだけで、詩兎の心臓は壊れそうなほど高鳴り、全身が沸騰しそうなほど熱を帯びる。
「お礼なんて要りません。御贔屓にして頂ければそれで」
詩兎は動揺を悟られないようにいつもの調子で言った。
こんな時、男性に免疫がないことが悲しくなる。
免疫さえあれば、こんなにも心臓がうるさくなることもないだろうに。
「あなたは頑固な上に強がりですね」
炎瑛はクスリと小さく笑い、優雅な所作で詩兎の髪を一房手に取ると徐に口付けて言った。
「頑固で強がりなお嬢様、あなたが立ち上がることが出来ないほどの絶望を前にした時、必ず俺がお助けします」
真っすぐな視線を詩兎に向けて、炎瑛は不敵に笑む。
それだけ言い残すと、唖然と立ち尽くす詩兎に背を向けて、炎瑛は月灯りの道に消えて行った。
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