1.そうゆう日もある

俺、小樽謙介は今年の春から高校三年生である。


季節は春。


やる気に満ちている生徒はこのぐらいから受験に向けて勉強を始める頃だろう。


部活動に勤しんでいる生徒は最後の大会に向けてより一層練習に励む頃だろう。


そして俺みたいに特に勉強に対してやる気はなく、かと言って部活動に所属して


いるわけでもない堕落している者は毎日を無駄に浪費している。


浪費と言ってもそれは僕を見る周りの意見だ。

俺は今の日常に不満はないし、むしろ結構満足している。

高校生なんだからとか、人生一度きりしかない青春だとか言う輩がいるが、俺は人生でダラダラ生活できる貴重なこの期間を十二分に謳歌している。


決してこれは高校デビューを果たせず、そのせいで友達ができず、青春を謳歌しているリア充を親の仇のように思っている哀れな受験生の言い訳ではない。

こんな弁解をしなきゃいけないくらい悲しい高校生活を過ごしてきた自分を慰めながら日々を生きている高校生の。

今日は久々に唯一の幼馴染の彰宏を捕まえ、教室でリア充に対する愚痴を吐いていたところだ。


そしたらまさかだ。


『この後、カ・ノ・ジョとデートの約束があんだよ』


裏切り者だったとは。

彰宏は俺とは違ってハイスペイケメンだ。

彼女の一人や二人いてもおかしくないのはわかるが、なんか癪だ。

特にできたのなら教えてくれてもいいだろうに。

そしたらリア充の愚痴なんか言わなかっただろう。

多分。


キンコーン、カンコーン


部活動の開始の時刻を知らせるチャイムの音が鳴った。

気づいたら時刻はもう16時。

放課後の誰もいない教室。

部活が始まる時間ということもあって、教室に残っているのは

俺くらいである。


机の横に掛けてあるカバンを肩にかけ、教室のドアを開ける。


ドアの向こう、廊下には一人の女子生徒がいた。

見たところ同じ学年の生徒だろう。

授業で何度か見たことがある。


その女子生徒と目が合った。

身長は小さめで、髪は後ろで結んでいて、透き通るような綺麗な髪だった。

目が悪いのか眼鏡をしていた。


彼女は、目が合った途端、こちらへズンズンと向かって来て僕の前に立った。

彼女は僕の目の前に紙を差し出してきた。

部活動入部届と書かれている紙を。


「はい?」


思わず声に出てしまった。

彼女は何も言わずその紙をグイグイ近づけてくる。

部活動の勧誘か何かだとは思うが、普通は新入生にするはずだ。

しかも勧誘している彼女も高校三年生なのだから尚更不思議である。

部長なのか?

部長直々に勧誘をする部長が優しいタイプの部活なのか?


「お願い……入って…」


とかすかに彼女の方から聞こえた。

やはり勧誘だったようだ。

何部なのだろうか。

運動部は大体6、7月が引退する時期だ。

長くても文化部で9月の文化祭辺りだろう。

人を見た目で判断するのはよくないが、文化部と言われるとしっくりする雰囲気をしている。


「もしかして、教室間違えちゃった?ここ3年の教室なんだけど」


と念のため間違いの可能性を確かめてみるが彼女は首を小さく縦に振った。


「部活の勧誘は新入生を誘う方がいいんじゃないかな…?ほら、この時間って新入生の部活動見学の時間だしさ」


と提案をしてみた。

4月いっぱいは確か放課後の時間は部活動見学の時間になっていたはずだ。

先週から新入生の勧誘もやっていいことになっている。

ここでもしかしたら疑問に思った人がいるかもしれない。


『こいつ、高校デビュー失敗して友達いない隠キャなんだろ?なんでそんな普通に女子と話せてるんだ?隠キャって女子と話せないんだろ笑?』

と。

しかしこれらは思い込みである。

隠キャは別に女子と話せないのではない。

女子から避けられているゆえ、話せないのである(自論)。

少しの沈黙の後、


「誰も……来てくれなかった…」


と震えた声で言葉を絞り出した。

彼女の顔を見ると、目から涙が流れていた。

とりあえず訳ありな雰囲気だったので話を聞いてみることにした。





とりあえず部室とやらに案内された。

部室と言っても明らかに、学校の備品などが置いてある倉庫なのだが。


「……で、ほ、本題ななんだけど…」


と彼女から切り出した。

「…せんs、先週いっぱい…か、勧誘してみたんだけど…」

「けど?」

「ヒ、一人も来て、くれなくて…」

あれま。

それはかわいそうに。

運動部とかは比較的人気な部活だから、見学に来てくれないってことは彼女はやはり文化部なのだろうか。


「ちなみに、えっと名前聞いてもいいかな?」

「……朝宮日向」

と彼女は答えた。

女子の名前なんて自分から聞くのは生まれて初めてだ。


「日向さん、は何部の人なのかな?」

「……映像部」

映像部。

確かそんなような部活もあった気がする。

なるほど、失礼だが文化部の中でもマイナーな部活だろうから新入生も中々こないわけだ。


「…新入生は、き、来てくれそうにないし、二年生は接点がないから、勧誘しにくいし…」

「なるほどね、それで三年生ってことね」

彼女はコクコクと頷いた。


「悪いんだけれど、俺は受験勉強で忙しくてね、他を当たってくれるかな」

とまあ嘘だが、断ってみた。

彼女は困った表情でこちらをみて

「でも…あなたくらいしか日々を無駄に浪費している暇そうな人いなくて…」

とトゲトゲしい言葉を放った。

しかもトゲトゲしい言葉を吐く時は全然言葉がつっかかっていない。

なんでだ?

どうやら嘘はお見通しのようだ。


「ちなみに部員ってどのくらいいるの?」

みた感じこの部室(倉庫?)には僕ら以外はいないみたいだ。

「……人」

「うん?」

「……一人…」

マジか。

さすがに予想外だ。

部活動の成立条件は確か部員数四名以上のはず。

つまり映像部は4月中に部員を俺を除いて少なくとも二人は確保しなければ廃部だ。

「それってマジ…?」

「……マジ……」

それを聞くと入ってあげたくなるが、俺が入ったところで後二人入らなければ映像部はどっちにしろ廃部である。

彼女は必死そうだが、話を聞いた感じ俺の他にもう二人勧誘するのは難しいだろう。

自分だったら諦めているだろう。

何が彼女をそうさせるのか。

必死な彼女を見てそう思った。

何か成し遂げたいことでもあるのだろうか。

「映像部が何をする部活なのかはよくわかんないんだけど、日向さんは映像部でやりたいこととかあるの?」

と聞いてみた。

すると彼女の目に急に光が灯ったような気がした。

「私、映画を撮りたい。とびきり面白い作品、先輩たちと約束した。」

とさっきまでとは別人のようにハキハキと大きな声で言った。

あまりの気迫に少し押された気がした。

正直いつもの僕なら、『そっか、がんばれ』みたいに軽く応援して断っていたところだろう。

でもさっきの彼女の目に一瞬で魅せられてしまって、言葉が出なかった。

彼女は何かを変えてくれる。

瞳をみてそう直感した。

「わかった、入るよ」

そう言って入部届を受け取った。

強い風が廊下の窓から吹き抜け、外の桜の花びらを届ける。


花びらは彼女の周りを舞う。



春が魅せる彼女の姿はとても美しいと思った。








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