第56話 ゴールデンスランバー

 とぷり。


 彼の足が海面に浮かぶ。

 まるで逆立ちをしてるみたいだなって思った瞬間、サキシマさんが海の中に滑りこんだ。



「えっ」


 私は思わず、また海面に顔をつける。


 海が、見える。

 煌めくブルーの世界で、彼の水色の髪がゆらゆらと揺れる。


 みるみるうちに深く、深く、海の中に潜っていく彼。


『キュイ』


 ピンク色の海の賢者が、彼を追っていく。


 海の中、深く、深く。

 青の世界で、彼が身体をくねらせくるり、1回転。

 海の賢者もそれに合わせて1回転。


 彼が手を大きく震わせる、海の賢者もひれを動かす。


 まるで、踊っているみたい。


『キュイ!』

『きゅいきゅい』


 ぼこり、ぼこここ。

 水の音が響くその世界、彼らの可愛いなき声が遠く反響する。

 珊瑚のアーチの中を潜って泳ぐ彼らとサキシマさん。


 海の中、私達人類の住む世界ではないその場所で、彼らはとても自由だった。



 私はそこに届かない。

 どうやったらそこに届くのか。どうやったらそこに行けるのか。


 何故か、昔の事を思い出す。

 実家の分厚い扉、壁、窓の向こう。


 私に与えられた部屋からは、市民区を見下ろす事が出来た。

 そう、ちょうど広場が見えたっけ。

 賢人会議で設立を決めた、子供達が安心して遊ぶための大きな広場。


 そこでは私と同じ歳くらいの子供達が、嬉しそうに走り回ったり、飛び跳ねたりしてるのが見えた。


 友達と屋台に行って遊ぶ子、枝をもって走り回る子、お花の頭飾りを友達同士で交換し合ってる子。


 皆、凄く楽しそうだった。

 皆の前には、友達や遊び場があった。

 私の前には、机と魔導書の山があった。


 ――クリム、我々の責務は他者の権利の守護にあります。


 そんな光景を、きっと羨ましそうに見つめていた私に、姉はこう言った。

 我々、貴族が、アレに混じる事はない。

 アレらは守るものであり、自分が楽しむものではない。


 完成されていた。

 姉はきっと生まれた時から貴族で、私はそうじゃなかった。

 

 ――尊いと感じるのも良い、美しいと感じるのも良い、しかし、貴女にはあれらを守る責務と、その為の才能がある。


 ――役割を、果たしなさい。


 姉とも、遊んだ事はなかった。

 私と姉は、魔導書を互いに開きながら修練や勉学だけが互いの繋がりだった。



 そうだ、事実、姉は正しかった。

 幼いころの私が、もしも、あの時、家族や姉の言う事に従わず、魔術を修めずに、あの子供達のように遊んでいたら?



 ――あははははははは~

 ――ふふふふふ~あら~まだ生きてるおサルさんがいるのですね~

 ――あはは~お猿さんのくせに魔杖を持ってます~

 ――どうして、人を殺すのかって~? う~ん……

 ――楽しいからで~す

 ――そこにいたからで~す

 ――親を殺した時の子の泣き声、子を殺した時の親の叫び

 ――最高で~す



 あの化け物達を退ける事は出来なかった。

 そうなれば、幼いころの私が憧れた景色は全てふみにじられていた。


 そう、正しかったんだ。

 姉は正しくて、実家も正しい。

 私はその為の機構。

 私が生まれた意味は、人を守る為に敵を焼き付くす事だ。



 帰らないと、いけないんじゃないかな。

 仕事をしなくちゃいけないんじゃないかな。

 だって、まだあの耳長の化け物をまだ殺せていない。


 奴らはまたきっと人を騙す、人を脅かす。



 ――私、こんな所で遊んでる暇なんて……。そうだ、私は仕事、仕事しなきゃ仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。




 ……ああ。



                 死にたい





『クリム君』


 海の中から彼の声が聞こえた。


 海の賢者――彼がイルカさんと呼ぶソレに囲まれた彼が、私を見ていた。



 あ……。

 彼がこっちを手招きしている。

 何故か、私はその時、あの勉強部屋から眺めていた広場を思い出す。


 私も、そっちに行きたい。

 でも、踏み出せない。

 私の背中には、多くの人の暮らしや命や、家族が――。



『ゆっくり、顔を上げて』


 私は、一度、顔を上げる。

 キラキラ輝く陽光の下、大きく深呼吸。

 再度、海の世界を覗く。


 彼が、いつの間にか、海面近くまで来ていた。


『良い、力を抜いて、リラックスだ』


 彼の声は、海の中でもはっきり聞こえる。

 さすが、水竜の使い。



 彼が、私の手を取る。

 そのまま、ゆっくりと身体が沈む。

 ……昔読んだ小説、海に人を引きずり込む魔物の話。

 その魔物は歌で人を魅了する。


 きっと引きずり込まれた人々は怖さも何も感じない。

 だって、こんなにも、海の世界は綺麗だ。


『クリム君、問題はない』


 彼の声が聞こえる。水の音に交じるその声が心地いい。


『大いなる役割と大いなる義務を持つ人間ほど、必要なんだ』


 彼が、何を言っているかわからない。



『君は休んでいい、いや、休む必要がある』


 でも、私がいないと――。


『そうだろう、それは正しい、君を必要としている人々は大勢いる』


 なら、私は戻らないと。


『それを踏まえた上で言おう。毎日を誰かのために生きている人間ほど、これは必要だ。私はここに来るまで気付かなかった、だから最後に放り投げてしまった』


 私は、気づけば、彼と一緒に海の深くまで来ていた。

 途中感じていた耳の違和感も、気付けば消えている。

 息苦しさも、ない。


『大いなる義務と責任を果たす者には、大いなるなつやすみが必要なのだ』



 ……水の音。

 それにまじって、声が聞こえる。

 子供たちの声、街の声。


 お姉ちゃん、貴女はきっと正しい。私が間違ってるんだと思う。

 けどね、私は――。私は、あの時ね――。



『御覧、クリム君』


 お姉ちゃんと、遊んでみたかったんだよ。


 珊瑚の海を、イルカ達がくるくると踊りまわる。

 きっと、ここでしか見れない風景。

 私が無意識に、ソレに手を伸ばす。

 幼いころに、窓から伸ばした手は誰にも届かなかった。

 でも、今は――。



『キュイ』



 ぷにっとした感触。

 イルカの鼻先は柔らかくて、気持ちいい。



 私は、今あの広場に。

 私はようやく、たどり着いた。

 私が本当にいたかった場所、私が戦い、焼き尽くして守りたかった場所。


 私は、ずっと。ずっと、一度でいいから。


『かわいいだろう?』

『キュイ!』

 

 こうやって、誰かと遊びたかったんだ。

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転生水竜の異世界リゾート島くらし~自分だけのリゾート島を開拓しながら逃亡貴族の魔術師や、無邪気な島エルフ達に寿司、水着、マリンスポーツを布教したり道具をクラフトしてのんびりスローライフする話〜 しば犬部隊 @kurosiba

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