第28話
※
「西浦……西浦……!」
(そう焦るなよ、碧。ほら、あいつだ)
同時に円形扉を抜けた黒木がそう言った。足元は砂礫で歩きにくいが、今はそれどころではない。
視界がクリアであるためか、周囲の状況がどうなっているのか、僕たちは否応なしに五感で感じさせられることとなった。
黒木が指さした方を見ると、五、六体のゴーレムが円陣を組んでいた。どれが西浦なのかはさておき、全体を俯瞰して僕は慌ててしゃがみ込んだ。流れ弾を恐れたのだ。
そのくらい戦闘が激化している。規模と周囲の傷痕から見て、ここに留まっていては蜂の巣だ。
僕は慌てて粗い地面の上に腹這いになった。樹凛もそれに続く。
すると、魔弾が飛び交う中でこちらに振り返り、どしどしと駆け寄ってくるゴーレムの姿があった。間違いない、西浦だ。
ゆっくりと長い腕を伸ばし、掌を上に向ける。僕たちを載せてくれる、ということだろうか。しかし、その手はすぐに引っ込んでしまった。
直後、ゴーレムは腕を交差させる。すると、バチッ、という紫電が走った。
ゴーレムが耐えてくれたお陰で、僕と樹凛は救われた。代わりに、西浦は片腕を吹っ飛ばされてしまった。
「こんなところでどうするのよ、碧くん!?」
「まずは脱出だ。ゴーレムの背後に回るんだ。そのまま一旦距離を取ろう」
『生きたまま地上界へ戻ること』は、これで達せられる。第一段階だ。
ふっと息をついた僕は、あたりを見回し、聞き、匂いを嗅ぎ、空気を感じ、その空気を口を通して飲み込んでみた。五感を通じ、状況把握に努める。
視覚を刺激したのは、色とりどりの魔弾だった。エルフごとに微妙に色が違うようだが、とにかく合わせれば虹色だ。相対する警護の兵士たちは、自動小銃で応戦している。
しかし、ゴーレムの頑強さとエルフの展開したシールドを前に、弾丸は遠く及ばず、であった。エルフの展開した結界を破るほどの弾丸は、まだ装備されていないのか。
今度はエルフたちが攻勢に出た。狙いは精確だし、変化球のような軌道で、兵士たちの意識を刈り取っていく。
飽くまでも意識だけだ。殺しはしていない。……と思う。
かと思えば、謎の薬品臭さが鼻を突いた。
経験がないから言いづらい。だが、もし地獄というものがあったとしたら、こんな臭いがするのでは? と思ってしまうような腐臭だ。それでいて化学薬品のような。
色とりどりの魔弾に援護され、ゴーレムは『ある建物』へ向けて殺到した。
背が低く、角の多い建物だ。もしかして、あれが防衛省の秘密研究所なのだろうか?
ヒュンッ、と空を斬る音が続き、その隙間をゴーレムがずどん、ずどんと駆けていく。
足で蹴り飛ばされたり、腕を掴んで放り投げられたりした兵士が、悲鳴を上げながら砂礫の上に放り出される。
ああ、確かにあれなら死にはしないだろう。その点だけ、僕は安心した。
しかし、ゴーレムの一挙手一投足はよく観察されていた。腕を下げたゴーレムの胸部に、ロケット砲が着弾。堪らずに転倒するゴーレム。
六体のうち、最初に倒れたのはこのゴーレムだった。
「おい、大丈夫か!」
俺はそいつに駆け寄った。頭部のモノアイの赤い光が微かに点滅して、ヒュン、といって静まった。
「お前、もう動けないのか……」
ゴーレムへの憐憫の情の上から塩を塗り込まれるような、諦めきれない痛みが走る。
そこで僅かに、人間側の銃撃が弱まった。察するに、奇襲は成功だったかもしれないが、継続的に戦っていく力に難があった、ということだろうか。
※
だが、このゴーレムはただやられてしまったわけではなかった。
微かに左腕の指先が動いている。何かを書き残しているのか? 違うな。このアスファルトの下にある何かを、彫り出そうとしているのだ。
樹凛にしゃがんでいるようにとハンドサインを送り、僕はゴーレムが停止するのを待った。ぼろぼろと崩れていくアスファルト。その下にあったのは、一見ただのマンホールだった。
普通のマンホールと違うのは、やたらと光を反射しまくっているところ。僕は把手のようなものを掴み、引き開ける。そうすると、冷風がふわっと湧き上がってきた。
ゴーレムのやつ、ここに入れと言いたいのだろうか。
ここで躊躇しているわけにもいくまい。僕はマンホールを完全に外し、この配管が斜めに回転するように、つまりらせん状になっていることを確かめた。
胸の鼓動が、不吉なほど大きく肋骨の内側で鳴り響いている。
「よし!」
僕は爆炎が迸る地上を放棄し、このらせん状の配管を滑り落ちてみることにした。
※
もし悲鳴を上げてしまっていたら、相当恥ずかしいのだが……。
ひとまず僕は、配管の最深部に到達した。水平方向に向きを調整された配管は、尻餅をついた僕を緩やかに運び、やがて光が見えるところまでやって来た。といっても、光までの距離はまだ少し遠いようだが。
僕は腰を折った姿勢でゆっくりと進んでいく。途中で悲鳴が聞こえたが、樹凛はやはりついて来たようだ。
見たことも聞いたこともない薬品の精製に指示を出しながら、誰かが配管出口に近づいて来る。って、まさか。
「おーーーい、大丈夫かい? たまたま落ちたのかな? 今は時間がないんだ、話は後から聞かせてもらおう」
その声を聞いて、僕は確信した。
「父さん……?」
確信したのに疑問形で問いかけるのも妙な話だが、僕にはそれしかできなかった。
きっと、それだけ『家族』というものに憧れを抱いていた、ということか。
「葉桜博士、何か?」
「ああいや、向こうの土管から誰かやってきたようなのでね。すまないが、見てきてもらえるかね?」
「了解しました」
すると、たちまち土管の中は暗くなってしまった。誰かが慎重に、こちらを覗き込んでいる。自動小銃か何かを手にしていたが、すぐに警戒を解いて背負い直した。
「なんだ、子供じゃないか。怪我はないか?」
僕と樹凛は並んで体育座りをしながら、刻々と頷いた。相手は赤外線スコープでも装着しているのか、この暗い中でも視野の確保はでいているようだ。
「おーい、聞こえるか? ここは本来、立ち入り禁止なんだ。作戦が終わったら地上に届けてやるから、今はそこで大人しくしていてくれ」
と、言われはしたものの、ここで退いたのでは作戦の二つ目が成り立たなくなる。
彼らに、対天使用兵器の停止、ひいては中止の注視を促さなければならない。
「父さん! 僕だ、葉桜碧だ! 話を聞いてくれ!」
「お、おい坊主、突然何を……?」
「ん、すまない、代わってくれ」
土管の先にいる人物は、武装をしていなかった。眩い白光が僕と樹凛を照らし出す。車のハイパワーライトのような、真っ直ぐに刺さってくるような光だ。
「おお、碧じゃないか! 久しぶりだな! そちらは菱川樹凛さんだね? いつも碧が世話になっているね、かたじけない」
声を聞いて、ようやく僕は実感が湧いて来た。
父さんだ。この先にいるのは、行方不明としか知らされていなかった僕の父親、葉桜浩一だ。しかし。
「父さん、何をやってるんだ? どうしてエルフと戦争を……?」
「おおう、戦争、ときたか。確かにそう見えるかもしれんが……。我々は、地上界の人間の安全を守るべく、エルフを駆逐しているんだ。今回は随分上手く集まってくれた」
飛んで火にいる夏の虫、だな――。父さんはそう言って、さも面白くないように肩を竦めた。
「そんなところにいるのも窮屈だろう? 出てきてくれ。こちらに殺傷に意図はない」
樹凛が不安そうに僕を見つめてくる。信用してもいいのかと。
「……分かった。撃たないでほしい」
「当然だ!」
土管の向こうで誰かがごそごそと動いている。父は場所を空けてくれたらしい。
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