#2

「『出来たーーッ!!』って、何が出来たんだよぉ」


 ベッドフォンをつけてリビングのソファでオンラインゲームに耽っていた昴は、驚いた様子で部屋に飛び込んでくる。


「あぁ、ゴメン……やっと文化祭の曲ができたからつい……」

「マジで?!見せろよ!」


 半ば強引に僕から譜面を奪い取った昴は神妙な面持ちで紙束と睨めっこすると、大きく息を吸い込んだ。


「スッゲーーーッ!!この曲最高!」


 子供の様に目を輝かせてはしゃぐ昴に褒められた僕は、ほっと胸を撫で下ろしたのと同時に照れくさくなる。


「そ、そうかな?」

「うんうん、良いじゃんコレ!やっぱ螢はスゲーよ」


 まるで自分のことの様に昴はクルクルと回って喜ぶと、急に動きを止めて「俺さ……」と、目を譜面に落としたままで口を開く。


「俺、いつかこうやって螢と一緒に何かを作れるの、ずっと楽しみにしてたんだよね」

「えっ?」

「いやほら……螢って、いつも俺から逃げてたじゃん?何を言っても『僕は無理』とかししか言わないし」

「……まぁ」


 どこか遠くを懐かしむ様な昴はバツの悪そうに頭を掻いて僕を見据えると、へへっと悪戯っぽく笑う。


「だから、超嬉しい」


 同じ髪色の、同じ瞳。

 いつも同じ景色を見ていた筈なのに、一体何が違うの言うのだろう?


 ──いや、何も違わなかったんだ。


 僕らは、いつも背中合わせに同じ景色を見ていたんだ──。


「うん、僕も」


 昴の言葉が嬉しくて、僕はぼやける視界のままで一緒に笑った。


「うわっ泣くなよ!お前、ホント昔から泣き虫だよなぁ」

「なっ……泣いてないってば!ただ、目が痒かっただけ」

「はいはい」


 顔を綻ばせながらハンカチを差し出す昴が満足げに僕を眺めていたので、僕は少しばかり苛つく。それでもその苛つきは少し前までのギスギスした感情ではなく、どこか温かさを帯びたむず痒いものだった。


「あとさ……なんでこのタイトル、『雅』なの?」


 僕の心情を知ってか知らずか、昴は口を尖らせながらぼやくように考え込んで譜面を僕に返す。


「それは……雅楽だから」

「雅楽?」

「……実はさ、昴にまだ言ってないことがあるんだよね」

「いつも言ってないじゃん」

「そーじゃなくって……僕が曲を書きたい理由」


 まるで漫才みたいなやり取りを繰り返した僕らはひとしきり笑うと、昴は人差し指で鼻を擦って偉そうに「話してみたまえ」なんて戯ける。


 僕は盛大に吹き出したあと、小さく咳払いをして深呼吸をした。


「実は、この前たまたま迷い込んだ杜で狐神に会ってさ……」


 そう言葉を溢した途端に、何故か心に刺さっていた棘が抜ける様な感覚がした。

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