第5話

精神をアクティメントに転送して、日本に戻る為にフランスエリアを歩いていた。

 現実ではあんな事が起こったのにここでは何もなかった様に普通に時間が流れている。それがちょっと怖くもあり、安心感もある。変な感じだ。

「なんだか、びっくりしたね」

「だよな。ちょっと頭の整理できないな」

「……うん」

 日本へ行く為のゲートに着いた。

 俺達はゲートでアカウント審査をして、ゲートを通る。

 気がつくと、通路に辿り着いた。

「絽充」

 朱里が突然、俺に抱き付いてきた。声は震えている。怖がってるのか。

「どうした?」

「か、壁に穴が」

「壁に穴?」

 俺は進行方向を見た。すると、右側の壁に大きな穴が出来ていた。

「……噓だろ、おい」

 ヤバイ。かなりやばいぞ。この状況は。

 イリーガルエリアに吸い込まれるかもしれない。もし、吸い込まれたら自分達ではどうにも出来ない。

「どうしよう?」

「俺から離れるなよ」

「う、うん」

 朱里の俺を掴む力が強くなった。

「一旦、フランスエリアに戻るぞ」

「そうだね。それが一番いいと思う」 

 俺は朱里を抱きしめながら、振り向いた。

「……ない。なんでないんだ」

 あるはずのフランスエリアに行くゲートがない。意味が分からない。そんな事は絶対にないはずだ。でも、目の前にはゲートが存在しない。

「なんで、どうするの?」

「考えるからちょっと待って」

 どうする。どうすればいい。このまま、一か八かで走って、日本エリアに向かう。でも、

この状況だったら、無事に日本エリアに着くか分からない。あーどうすればいいんだ。くそ。

「絽充……誰かに引っ張られてる」

「はぁ?誰も居ねぇよ」

 俺は周りを見て、言った。人影はない。

「噓。じゃあ、なのこの感覚は?」

「……分からねぇよ。でも、俺も引っ張られてる感じがする」

 身体がもの凄い力で引っ張られている。対抗できない程の力だ。

「どこへ向かっているの」

 身体が大きな穴の方に進んでいる。もしかして、俺達はこの穴に吸い込まれるようとしているのか。

「あの穴だ」

「本当に?それって無茶苦茶やばいじゃん」

 朱里は慌てふためている。

「無茶苦茶やべぇよ」

 大きな穴に近づくにつれて、吸い込まれる力はどんどん強くなっていく。このまま、イリガールエリアに行ってしまうのか。

「……絽充」

 朱里は涙目になっている。きっと、不安なのだろう。俺も不安だ。でも、どうやって、朱里は落ち着かせばいいんだ。……分からない。だって、俺自身も落ち着いて、物事を判断できる状態じゃない。

「大丈夫、大丈夫」

 俺は朱里を抱き締めた。こうすればイリガールエリアに飛ばされては離れ離れにならないだろう。それにハグをすれば、ストレスが軽減されるってのをどこかで見た気がする。

「……うん」

 朱里は頷いた。その瞬間だった。大きな穴の吸い込む力が今までとは比べ物にならない程強くなった。

 俺達は大きな穴に吸い込まれた。


「絽充、絽充」

 かすかだが朱里の声が聞こえる。身体を揺らされている。

「絽充。絽充ってば、起きて」

「……うーん。朱里か」

 意識が戻った。目の前には朱里が居る。

「よかった。意識が戻って」

「ここどこだ?」

 周りを見渡した。何処を見てもゴミしかない。大規模なゴミ捨て場のようだ。人が居る気配がしない。空は赤い。ただ、安全な場所ではないのだけは理解出来る。

「……きっと、イリガールエリアだと思う」

「イリガールエリア……そっか、俺達あの穴に吸い込まれたんだったな」

「……どうする?」

「普通のエリアに戻れる場所があるか調べてみるか」

「そうだね。こんなとこにずっと居たくないし」

 朱里が手を差し伸べてきた。

「ありがとう」

 俺は朱里の手を掴んで、立ち上がった。

「どういたしまして」

 俺達は歩き出した。

 ……ゴミしかない。いや、ネットだからこのゴミはバグや要らなくなったデータなのだろう。それにしても、この量は凄い。異臭がしないだけましだと思うしかない。

「見当たらないね」

 朱里がボソッと呟いた。普段の朱里を100にしたら今の朱里は2ぐらいだ。かなりテンションが低い。知らない場所、危険な場所に居るんだから仕方が無いか。

「きっと、見つかるさ。なぁ」

 俺は笑って言った。

「……そうだね」

 朱里は俺の顔を見て、一瞬驚いた。その後、何か気持ちが変わったのか微笑んだ。

「きゃあー」

 女性の悲鳴が聞こえた。誰か居るのか。

「今、声したよね」

「した。行ってみようぜ」

「うん。怖いけど、行かないよりはいいもんね」

 俺達は悲鳴が聞こえた方に向かう。危険だとしても人が居るなら行かないと。もしかしたら、外に出れる方法を知っているかもしれない。

 悲鳴がした方に近づくにつれて、なんだか怖くなってきた。それは本能が行くなと行っているのかもしれない。でも、このままずっとイリガールエリアに居る方が危険なはず。

二つの相反する感情が俺を不安にする。

「あれじゃない」

 朱里が進行方向を指す。

 俺は目を凝らして、進行方向を見る。

 女性が膝を着いている。その前に誰が立っている。後ろ姿からして男だと思う。その男は手に拳銃を持っている。

「隠れるぞ」

 俺は咄嗟に朱里の口を押さえて、近くのゴミで出来た物陰に隠れた。

 物陰に隠れた後、朱里の口から手を離した。

「……どうしたの?いきなり」

 朱里は小声で言った。

「女性じゃない方が銃を持ってた」

「……え?銃」

「あぁ、銃だ」

 俺達は物陰に隠れながら女性達を見た。

「もう一回、お願いします」

 女性は男に向かって言った。

 男は女性に銃口を向けた。そして、引き金を引いた。弾丸か当たった女性はその場で倒れ込んだ。そして、数秒後、女性は起き上がった。

「……あれって、JRPじゃない」

「きっと、そうだ。JRPだ」

 JRP。正式名称ジャック・ザ・リッパー。ネット内で他者に自分を殺してもらい、快感を得る行為。れっきとした違法行為だ。

 ネットでは銃で撃たれても、ナイフで刺されても死なない。いや、撃たれた箇所や刺された箇所が修復されるから結果死なないのだ。でも、一定の回数を超えると、データ化した精神が破損して、廃人になる可能性がある。そして、脳死してしまう可能性もある。

「もう一回、もう一回」

 女性の明らかに正気じゃない。このまま、何度もすれば精神データが破損するはず。

「……逃げよう」

「そうだな」

 俺達はばれないように逃げようとした。しかし、朱里が近くに転がっていた空き缶のデータを蹴ってしまった。

「誰だ」

 男は振り向いた。男は般若の仮面を被っていた。

「どうしよう?」

「逃げるぞ」

 俺達は走り出した。捕まれば何をされるか分からない。最悪の場合JRPをされた脳死させられるかもしれない。それだけは避けないと。いや、絶対に避けなければ。

「お前はそこで居ろ」

 背後から男の声が聞こえる。

 俺は走りながら、振り向いた。

 ……追いかけて来ている。ヤバイ。あいつ、結構足が速い。

 俺は前を向いた。道が二手に分かれている。

「どっちに行く?」

「こっちだ」

 俺達は左側の道を選択した。……根拠はない。直感ってやつだ。この状況で悩んでいる暇などない。

 走っていると、スーツ姿の男が倒れていた。

「人が倒れてるぞ」

「ほ、本当だ」

 俺達はスーツ姿の男に駆け寄った。

「おい……噓だろ」

 男の顔はしわくちゃになっていた。

「何か言ってるよ」

「え、本当か」

 俺は男の口元に耳を近づけた。

「もう一回お願いします。もう一回お願いします。もう一回してもらえば、普通のエリアに戻りますから」

「戻り方を知っているみたいだ」

「え、本当に?」

 般若の仮面を着けた男の姿が見えてきた。

「どうする?来てるよ?」

「もう一回してやる。だから、戻る方法を教えろ」

「もう一回してくれるんですね。戻る方法は簡単です。この緊急脱出装置を使用するだけです」

 男は手を震えさせながら、腕に付けている緊急脱出装置を見せた。使用回数は三回と書かれている。

「ありがとうよ。おっさん。これを使うぞ」

「……う、うん」

 朱里は頷いた。

 般若の仮面を付けた男は、俺たちに向かって銃口を向けた。

「えっと、使用人数3人。緊急脱出」

 俺は緊急脱出装置を起動させた。

「緊急脱出装置起動します」

 突然、緊急脱出装置から光が溢れ出した。その光は俺達三人を包み込む。

 般若のお面を被った男が引き金を引いた。

 その瞬間、俺の視界は暗くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る