第13話

17時。

 俺達は夜飾師・スタジオに着き、リゲルさんの居る部屋に向かっていた。

 エマはメモリーストーンと専用の機械が入った箱を落とさないように大事そうに持っている。

「落とすなよ。落としたら、エマのせいだからな」

「ジェードのいじわる。きらい」

「冗談だよ。ありがとうな」

「……うん」

 俺はエマの頭を撫でた。

 俺達はリゲルさんが居る部屋の前に着いた。

 俺はドアを三回ノックした。

「はーい」

 部屋の中からリゲルさんの声が聞こえる。

「ジェードです」

「開けますね。ちょっと待ってください」

 足音が近づいてくる。きっと、リゲルさんだろう。

 足音が止まり、ドアが開いた。

 ドアを開けたのはリゲルさんだった。

「どうも。おはようございます」

 リゲルさんは言った。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「あのーお願いがあるんですがいいですか?」

「何ですか?」

「流れ星やオーロラが夜空に映る事と夜空を見た感想が欲しいのと街の人々に伝えてもらいたいんです」

 決して、このメモリーストーンの凄さを知ってもらう為ではない。日々、夜空を描いている夜飾師の人々の為にだ。結果は全て明日になったら分かるはずだ。他の世界の夜空を見て、自分達の世界の夜空の素晴らしさに気づくかどうかは。

「……はい、分かりました」

 リゲルさんは俺のお願いを受け入れてくれた。


 18時58分。

 俺達は時計台の屋上に居た。

 街の人々は夜飾師・スタジオからのアナウンスを聞き、建物から外に出て、空を見ている。

「ジェードさん。用意お願いします」

「はい。エマ、貸して」

「うん」

 俺はエマからメモリーストーンをセットされた専用の機械を受け取る。その後、投影される範囲を設定する。

「設定完了しました」

「了解です。じゃあ、夜にしますね」

「お願いします」

 リゲルさんは小型タブレットの画面をタッチした。すると、遮光板が自動で街を覆っている断熱板の一層目と二層目の間に敷き詰められ、あっという間に夜になった。

「それではジェードさん。お願いします」

「はい」

 俺はメモリーストーンをセットした専用の機械の投影ボタンを押した。

 専用の機械から夜空に向かって、映像が映し出された。

「おーすげぇ。流れ星だ」

「お願いしようぜ」

 街の人々は夜空に映し出される流星群に向かって、祈っている。

「あっち見て。オーロラよ」

「本当だ。夜空にカーテンが掛かっているみたいだ」

 街の人々はメモリーストーンが映し出す夜空を見て楽しんでいる。

 俺はふと、リゲルさんの方を見た。

 リゲルさんは寂しそうな顔をしていた。


 翌日。時刻は16時。

 俺達はホテルをチェックアウトして、夜飾師・スタジオに向かっていた。

 この後、リゲルさん達に挨拶をしたら、自分達の世界に戻る。

 マーレンナハトに来て、自分達の世界では体験できない体験をした。この経験は一生心に残るだろう。俺もエマも。

 夜飾師・スタジオに着いた。

 入り口にはリゲルさんが立っていた。

「こんにーちは」

 エマは元気よく挨拶をした。

「こんにちは」

「こんにちは」

 俺は挨拶を返した。昨夜からリゲルさんの表情は暗い。

「今日で帰られるんですよね」

「はい。だから、挨拶に来ました」

「……あのー一つお願いいいですか」

「何ですか?」

「メモリーストーンを譲ってくれませんか」

「……メモリーストーンですか?」

「はい。その方が街の人々に楽しんでもらえると思うので」

「……それは」 

「お願いします」

 リゲルさんは俺に頭を下げた。

「それは違うと思いますよ」

「……え?」

 リゲルさんは頭を上げて、不思議そうな表情で俺を見た。

「……感想見ましたか?」

「まだ見てません。けど、昨夜の街の人々の姿を見たらそれが正解だと」

「……感想見てから決めてください」

「……はい」

 俺達は夜飾師・スタジオに入り、受付に向かった。

「昨日の感想届いてますか?」

 俺は受付嬢達に訊ねた。

「はい。何通も」

「びっくりするぐらいの量ですよ」

 受付嬢は受付カウンターの上に感想が書かれた大量の紙を置いた。

「……読んでください」

 俺はリゲルさんに言った。

「……それは」

 リゲルさんは読むのを躊躇している。

「じゃあ、俺が読むので聞いてください」

 俺は感想が書かれた紙を数枚手に取った。

「昨日の流れ星やオーロラ素敵でした。けど、私が好きなのは夜飾師の人達が描いた夜空です。今日も、明日も、ずっと楽しみに夜空を見ます」

「…………」

「流れ星にいっぱいお願いしました。でも、なんだが物足りない気がしました。それがどんな理由か分かりません。だけど、一つだけ分かる事があります。それは僕が夜飾師の人達が描いた夜が大好きだって事です」

「……本当なんですか?」

 リゲルさんは震えた声で訊ねて来た。

「はい。どの感想にも夜飾師の人達が描いた夜空が好きですと書いてますよ」

「……そうですか」

 リゲルさんは今にも泣きそうになっている。

 入り口の自動ドアが開き、アルデが風呂敷袋で包まれた何かを持って、中に入って来た。

「どうも。あ、おじさん。昨日はありがとうございました。流れ星にお願いしちゃいました」

「それはよかった。どんなお願いをしたんだい?」

「……言ってごらん。無くなるものじゃないだろ」

「……えっーと。それはね」

 アルデはモジモジしながらリゲルさんを見ている。きっと、リゲルさんに関係する事なんだろう。

「それは?」

「父ちゃんみたいな夜飾師になりたいって」

「……本当か?」

 リゲルさんは呆気にとられた表情をしながら訊ねた。

「うん。他の世界の夜空を見て思ったんだ。俺が好きな夜空は父ちゃん達が描く夜空なんだって。今までわがまま言ってごめんなさい」

 アルデはリゲルに頭を下げた。

 アルデは俺との約束を守ってくれた。ちゃんと本音を言ったんだ。これで、少しずつ親子の間にあった溝は埋まっていくだろう。

「いいんだよ。子供はわがまま言って。俺こそ、ごめんな。家族の時間を取れなかったり、お前との約束を守れなかったりして」

 リゲルさんは涙を流しながらアルデを抱き締めた。

 アルデは抱き締められた瞬間涙を流した。お互い溜め込んでいたものが溢れ出してきたのだろう。

「……いいよ。父ちゃん忙しいもん。でも、わがまま一つ聞いてほしいんだ」

「おう。言ってみろ」

「夜空の描き方を教えて。分からない事があるんだ」

「教えてやるよ。この後、時間は大丈夫か?」

「うん。母ちゃんに連絡したら」

「じゃあ、OKだな。父ちゃんが母ちゃんに連絡するから」

「ありがとう。あと、これ」

 アルデは何かが入った風呂敷袋をリゲルさんに見せた。

「……弁当。また、忘れてたか」

「父ちゃん、母ちゃんに怒られるね」

「……そうだな。アルデ、弁当を俺がいつも仕事している部屋に持って行ってくれないか。ジェードさんに別れの挨拶をしないといけないんだ」

 リゲルさんはアルデから手を離した。

「うん。わかった。おじさん、ありがとうございました。エマちゃんもキッキもありがとうな」

 アルデは涙を手で拭いて、笑顔で言った。

「どういたしまして」

「うん」

「キウ」

「じゃあ、先に上がっとくね」

「おう。頼む」

「じゃあ、バイバイ」

 アルデは俺達に向かって手を振ってきた。

「元気でな」

「バイバイ」

「キウキウ」

 俺達は手を振り返した。

 アルデは階段を上り、上階に行った。

 リゲルさんは作業着の袖で涙を拭った。そして、俺に歩み寄ってきた。

「本当にありがとうございました」

 リゲルさんは握手を求めてきた。

 俺は握手に応じた。

「こちらこそありがとうございました。必ず素晴らしい記事を書きますので」

「楽しみにしてます」

「……リゲルさん。自分達の仕事に誇りを持ってくださいね。貴方がたの仕事は人を感動させる事ができる仕事なんですから」

「……はい」

 リゲルさんの表情から不安や寂しそうだと言ったマイナスの感情は消え去っていた。そして、その代わりにとても温かく明るい表情をしている。とても幸せそうだ。

「ではこれで」

「はい」

 俺とリゲルさんは握手していた手を互いに離した。

「……ありがとうございました。さようなら」

 俺はリゲルさんと受付嬢達に頭を下げた。

「バイバイ」

「キウキウ」

 エマは手を振った。

 ネックレスの姿になっているキッキは大きく横に揺れた。きっと、これは尻尾を振っているのと同じだと思う。

 俺達は夜飾師・スタジオを出て、駅に向かった。


電車に乗り、自分達の世界に戻っている。

 俺の隣で座っているエマは寝ている。疲れが溜まっていたのだろう。

 自宅に着いてから記事を書こう。この数日の間に体験した出来事を。

「……ジェード、おなかいっぱい」

 エマは寝言を言った。どれだけ食い意地があるんだ。

「……こいつは」

 エマの頭を優しく撫でた。

 俺は後何回この子の寝顔を見れるのだろう。後何回、ご飯を一緒に食べられるのだろう。後何回、この何でもない時間を共有できるのだろう。

「……何を考えているんだ。俺は」

 そんな事は誰にも分かるはずないのに。

 俺のすべき事はエマの親である事だ。それ以外何もない。それだけをずっと続ければいいんだ。たった、それだけを……


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