第5話
車窓から見える景色は砂漠ばかり。たまにサボテンが生えていたりするだけで殺風景だ。早く、街に着いてくれと思う。
エマは俺と違って、砂漠を見て楽しんでいる。30分程を同じ景色を見ているはずなのに。
「エマ、ちょっといいか?」
「うん?なに?」
「砂漠見てて楽しいか?」
「うん!たのしいよ。だって、このすなでどんなことができるかってかんがえてたらおもしろいもん」
エマは目を光らせて言った。
「そ、そうか。それならいいよ」
子供は大人と違って自分で楽しみ方を見出すのだと考えさせられた。もしかしたら、幼い頃の俺がこの景色を見ていたらエマのように自分で楽しみ方を見出していたのかもしれない。けれど、今の俺にはそれはできない。悲しいが。いつからだろう。こう言う楽しむ為の想像力や発想力がなくなったのは。
「あ、ジェード。まち!」
エマが窓の外を指差している。
俺はエマが指差している方を目を凝らして見た。
「ほ、本当だな。街」
まだ街との距離があるためぼんやりとしか見えないがたしかに街だ。あと10分もすれば街に着くだろう。
「まち、まち」
「キウ、キウ」
「まち、まち、タウン!」
「キウ、キウ、キッキキ!」
「まち、タウン、まち、タウン!」
「キウ、キッキキ、キウ、キッキキ!」
エマとキッキは突然奇妙な遊びを始めた。とっても、楽しいそうだ。本当に訳が分からないが。
「なんだ、それ」
「うん?わかんない。たのしいからやってるの」
「……お、おう」
始めた本人が分からないなら俺には一生分かる事はない。飽きるのを待とう。それにしても、この訳の分からない遊びに付き合っているキッキは尊敬する。凄いよ、お前は。
街の全貌が見えてきた。女性乗務員が言っていた通り、街をドーム状の透明な板が覆っている。まるで、ドーム球場だ。街の入り口には門が見える。そして、その門が開き始めている。
「まもなく到着します」
女性乗務員は言った。
電車はカーブを曲がり、街の入り口に向かっている。
「エマ、いつでも電車降りられる準備しなさい」
「はーい」
エマは床に置いていたリュックを手に取り、身体の前で抱えた。
電車はスピードを下げて、門をくぐった。後方からは門が閉まる音がする。そして、電車が一時停止した。まだ、駅には着いていないはずだが。
「冷却準備」
アナウンスが聞こえる。
窓の外を見ると、大型ロボットが上から現れた。
大型ロボットは噴射口をこちらに向けている。きっと、この噴射口から冷却スプレーが噴射され、電車の外側を冷却するのだろう。
「かっこいい。ねぇ、ジェード」
「お、おう」
エマのかっこいい基準がよくわからない。けど、分かっていかないといけない。エマがどんな事に対して感情を動かすかを。そうしなければいずれエマを傷つけてしまうだろうし。エマの精神的な成長を妨げるかもしれない。頑張らないと。頑張れ、俺。可愛い愛娘の為に。
「冷却開始」
アナウンスと同時に大型ロボットの噴射口からスプレーが噴射された。
「すーごい」
エマは大型ロボットに心奪われている。
「冷却終了しました」
冷却はものの数秒で終わり、大型ロボットは上に戻っていく。
電車は再び、動き始めた。そして、3分も経たないうちにポラルン駅に着いた。
「お客様、忘れ物がないかどうか御確かめのうえ下車お願い致します」
女性乗務員は注意を促す。同じ車両に乗っていた乗客達は座席から立ち上がり、降りていく。
俺とエマは座席から立ち上がる。
「わすれものなし。だいじょうぶだよ」
エマは座席の方を見て言った。
「そうだな。行こう」
俺はエマに手を差し出した。
「うん」
エマは頷き、俺の手を掴んだ。その後、俺達は電車から降りた。
ホームの並んでいる自販機は飲み物の自販機以外に日焼け止めなどの日焼け対策グッズの自販機もある。やはり、別界。自分達の世界にはないものがある。
改札を通り、街に出た。
女性乗務員が言っていた通り、遮光板が街を覆っている。温度を調節してくれているおかげで暑さは思った以上に感じない。
「ねぇねぇ、ジェード。たいようがみっつ」
エマは遮光サングラスで太陽を見ている。俺もボストンバックからサングラスを取り出して、かけて、太陽を見た。
太陽は本当に三つ存在している。
太陽が二つ横に並んでいて、その上に太陽がもう一つある。もし、何かの拍子で街から追い出されたら、一瞬で干からびてしまうだろう。考えるだけでぞっとする。
「本当だな」
街の建物はタイル張りの高床式の建物が多い。きっと、屋内の風通しをよくするためだろう。高床式作りではない背の高いビルなどの建物の屋根は傘のようになっている。それは少しでも影の面積を増やすための工夫だろう。
街行く人々を見ると、誰もが長袖。日焼けしないようにしているに違いない。だって、半袖で半日もいれば日焼けをしてしまいそうだからだ。
「あ、電話しないと」
「わすれんぼさん」
「うるさい。ちょっと、電話かけるから静かにしなさい」
「はーい。キッキとしずかにするー」
「キウ」
エマは両手で口を抑えた。エマの頭の上に居るキッキもエマと同じように両前足で口を抑えた。
俺はズボンのポケットから携帯を取り出し、電話帳に夜飾士(やこうし)・リゲルと登録した電話番号に電話をかけた。
呼び出し音が一回、二回と鳴る。
「もしもし、リゲルです」
リゲルさんが電話に出た。
「本日から数日間、お世話になります。記者のジェード・ドレイクです」
「あージェードさんですね。電話されたって事は街に着いたって事ですね」
「はい。そうです」
「でしたら、16時に街中央の時計台の下で集合にしましょう。ホテルのチェックインとか色々とされる事があるでしょう」
「まぁ、そうですね。それでは16時に街中央の時計台の下で。では、失礼します」
「はい。よろしくお願いします」
俺は電話を切った。エマを見ると、まだ口を抑えている。キッキも同様に。
「もう電話終わったぞ」
「ぶはぁー」
「キウー」
エマは両手を口から離した。キッキも両前足を口から離した。
「なにしてたんだ」
「ジェードの電話がおわるまでいきどめゲーム」
何を意味の分からないゲームを勝手に始めてるんだ。もし、俺の電話が長かったらどうしてたんだ。
「危ないからそんなゲーム今度からするなよ」
「へぇーい」
「へぇーい。じゃなくて、はいだろ」
「はい」
「よろしい」
「いまからどこいくの?ごはん?ごはん?おしょくじ?らんち?ひるごはん?」
エマは今にも口からよだれが垂れそうになっている。どれだけお腹が空いている
んだ。朝ごはんもいっぱい食べたはずなのに。子供の食欲は底が無いのか。
「ごはんにも行くけど、先にホテルに行くぞ」
「えーなんで。はらぺこー」
「荷物とかを先にホテルに置きに行くの。その方が動きやすいだろ。わかったな」
「……うん。わかった。そのかわり、いっぱいたのんでいい?」
「いいよ」
「やったー。じゃあ、ホテルいこう」
エマは走り出した。
ちょっと待て。ホテルの場所を知っているのか?絶対知らないだろう。
「おい、エマ」
エマは立ち止まり、振り向いた。
「なに?」
「ホテルの場所知ってるのか?」
「……しらない」
「……やっぱりな」
溜息が出た。エマは自分がしたいと思った事は何も考えずに行動する。だから、目を離した瞬間にどこかに行ってしまうこともたたある。親としてはそれが怖くて怖くて仕方がない。
「じゃあ、先に行くな。はぐれると危ないだろ」
「たしかに」
「本当にそう思ってるのか」
「うん。じゃあ、手繋ぐ」
「はいはい」
俺はエマと手を繋ぎ、ホテルに向かって歩き出した。
エマは手を思いっきり振ろうとする。これは付き合ってあげないと機嫌が悪くなるやつだ。付き合ってあげなくて散々な目に何度かあった。もう、あんな思いはしたくない。
俺はエマと同じぐらいに手を振った。
「いぇーい。ホッテル、ホーテル」
エマの機嫌は良いみたいだ。俺の手。いや、腕はホテルに着くまでもってくれるだろうか。心配だ。実に心配だ。
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