第8話
ファミリア・プロモーションからフギンと一緒に出て、リムジンの方へ向かう。
やり手と言えばいいのか、力技と言えばいいのか、フギンは僕のスケジュールを確保した。まぁ、うちの会社からしたらメリットしかないからいいんだけど。僕がキアラをちゃんとアイドルに育てあげた場合だけど。育てないと、メリット、デメリット云々じゃなくて、人間界自体がなくなるから。
「それでは終業式の日に迎えに来ます」
「はい。分かりました」
「では失礼します」
フギンはリムジンの助手席に座った。そして、数秒後、リムジンは発進して、どこかへ
消えて行った。
ファミリア・プロモーションに戻り、会議室のある10階に戻る。
10階に戻ると、父さんが廊下で仁王立ちしていた。
……あ、あれだ。何か言われるやつだ。面倒だな。
「仁哉、よくやった。お前は自慢の息子だ」
父さんは僕のもとへ駆け寄り、両肩を叩いた。
「うん。ありがとう」
褒められて悪い気はしない。けど、圧が凄い。
「どうやって、あの人から信頼を勝ち取ったかは知らないが、とにかくよくやった。この会社はもっと進化するぞ」
「それはよかった」
こう言うときの父さんは面倒くさい。ずっと、何かを語りそうな感じがする。
「本当に最高の一日だ。これはどう表現するべきか」
「と、父さん。母さんに報告すれば」
逃げる為の常套句だ。基本、父さんは母さんを話題に出せばどうにかなる。母さんを愛しまくっているから。高校生の僕からしたら恥ずかしい程に。
「そうだ。その通りだ。母さんに連絡してくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
父さんはスキップして、社長室に向かって行った。
……はぁ、これでどうにかなったな。
「仁ちゃん」
女性の声が後方から聞こえてくる。とても、聞き覚えのある声だ。自分が今、頭に浮かんでいる顔の人ならば逃げるのが得策だ。
声の主が後方から抱きついてきた。背中に柔らかいものが二つ当たっている。
このままだったら、倒れてしまう。仕方が無い。僕はその声の主を背負った。
「久しぶり。元気?琉歌さんだよ」
やはり、声の主は琉歌さんだった。トップアイドルの美咲琉歌さんだ。
「あのさ。琉歌さん、いきなり抱きつくの辞めてくれません」
「いいじゃん。スキンシップ、スキンシップ」
背中に当たっている二つの柔らかいものを擦りつけてくる。
「やめてください、それ」
「なになに。興奮してるの。思春期だね」
あー面倒くさい。いつも、こうやってからかってくる。
「投げますよ。背負い投げしますよ」
「酷い。昔は琉歌さんの旦那さんになりますとか言ってくれたのに」
「昔は昔です。それに琉歌さんなら男を選び放題じゃないですか」
「そうでもないんだな。これが」
「まぁ、そんな事どうでもいいんですよ。降りてください」
「なんで、嬉しくないの?」
「どう答えてもからかってくるので言いません」
「もう、可愛いんだから」
琉歌さんは僕の頭を撫でた。
「降りてくださいよ。こんな所誰かに見られたらどうするんですか」
「事務所内だからいいじゃん。週刊誌の記者とか居ないんだから」
「それでもです」
「もう変に真面目なんだから」
「普通に真面目です」
「はいはい。降ります、降ります」
琉歌さんは僕の背中から降りた。
僕は琉歌さんの方を見る。琉歌さんは薄紫のジャージ姿だった。長い黒髪は後ろにリボンで結んでいる。スタイル抜群、出ている所は出ている。みんなが尊敬するアイドルそのものだ。僕に対する接し方は全くアイドルじゃないけど。
ジャージ姿って事は今日は今度行われるコンサートのレッスンか自主練かどっちかだろう。きっと、そうに違いない。
「琉歌さん。もっとタレントの意識を持ってくださいね」
「何も聞こえない」
琉歌さんは両手を耳に当てながら言った。
それは聞こえている人が言う事なんだよ。本当にこの人は。
「聞こえてますよね」
「え、何も聞こえないですよ」
「聞こえてるじゃん」
「聞こえてません」
「聞こえてる。絶対に……うん。それって」
ふと、琉歌さんの左手首に付けている汚れているリストバンドが目に入って来た。
「あーこれ。昔、仁ちゃんにもらったやつだよ。お守りなんだ。これを付けているとどんな事でも上手くいきそうな感じがして」
「……そうですか」
ドキッとした。ちょっと、照れると言うか、嬉しいと言うか、自分ではかけない場所がかゆい感じがする。
それにそのリストバンドをあげたのは7年前ぐらいだぞ。それをずっと付けてくれているなんて。
「あれ、ちょっとドキッとした?ときめいた?私の事好きになっちゃった」
「はいはい、好きです。大好きです」
棒読みで言った。今までのときめきを返せ。本当にこの人は自分の良さを自分で悪くしている。
「うわ。棒読み。でも、好きって言った。もう告白だね」
「違います」
「マネージャとアイドルの禁断の愛。あーたまらん」
「静かにしないと、後輩のアイドルに色々と吹き込みますよ」
「そ、それはやめて。いい先輩で居たいから」
「それじゃ、静かにしてください」
「はい。します。レッスンしてきます」
「はい。頑張ってください」
「うん。じゃあね」
琉歌さんは笑顔で僕に手を振ってから、レッスンスタジオに向かう。
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