ライブが終わって、出待ちをした。同じような熱心なファンは大勢いて、見回すと何人か見覚えのある顔があった。あの人たちはきっと、ずっとちゃんとファンだったんだろう。

 メンバーが出てきた。警備員に囲まれながらもファンに対応する。色紙やスマホケースを差し出すファンに、慣れた感じでサインするメンバー。すっかりちゃんと芸能人になっているんだなと思った。僕はと言えば、何も準備してきていないのでぼんやり立っているだけで、周りからもなんだこいつと思われていたに違いない。

 田伏の視線がすいと動いて僕に留まった。

「久しぶり。来てくれてありがとう」

 そう笑って声をかけてくる。

 大勢いるファンの中、彼が自分から声をかけたのは僕だけだった。それを鋭敏に察知したファンたちが、僕に対し一目置いた表情になる。

 僕はぺこりと頭を下げた。

 ――何か言わないと。

 口をひらく。

「特別なひとですか」

 思わず聞いていた。誰が、とも、どういうふうに、とも言わなかった。それで通じる自信があった。

 田伏はふっと微笑んだ。言葉は何も発しなかったけれど、それで十分だった。

「はーい、それでは、車に乗り込みますので、危険ですので、下がってくださいぃー」

 大きい声で警備員が言って、彼らはぞろぞろと車に乗る。

 あっという間に扉が閉まって、その車は出発する。

 遠ざかる車を見つめる。通りの向こうを曲がっていき、車が完全に見えなくなる。

 僕は気づく。これはきっと失恋だ。

 そうか、僕は失恋したんだ。

 ファンたちも急に熱が冷めたように大人しくなって、ぞくぞくと帰路に着く。

 そして誰もいなくなった。僕だけがぼんやりと立ち尽くしている。

「あの、――お客さん?」

 心配した警備員が話しかけてくる。僕は車の見えなくなった信号を見つめながら、

「大丈夫です。すみません」

 それだけ返事をする。

 まだ、頭の中で彼らの音楽が鳴っているようだった。彼らの躍動が焼きついているようだった。それらが完全に消えてなくなるのを待って、頭の中が静かになると、僕も駅に向かって歩き出した。

 それでも、自然とメロディが鼻歌になって溢れ出した。それは多分、さっき聴いたあの曲。

 僕はそれを歌いながら、夜の道を一人で歩いて行く。

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それだけで世界は輝く 数田朗 @kazta

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