四
ライブが終わって、出待ちをした。同じような熱心なファンは大勢いて、見回すと何人か見覚えのある顔があった。あの人たちはきっと、ずっとちゃんとファンだったんだろう。
メンバーが出てきた。警備員に囲まれながらもファンに対応する。色紙やスマホケースを差し出すファンに、慣れた感じでサインするメンバー。すっかりちゃんと芸能人になっているんだなと思った。僕はと言えば、何も準備してきていないのでぼんやり立っているだけで、周りからもなんだこいつと思われていたに違いない。
田伏の視線がすいと動いて僕に留まった。
「久しぶり。来てくれてありがとう」
そう笑って声をかけてくる。
大勢いるファンの中、彼が自分から声をかけたのは僕だけだった。それを鋭敏に察知したファンたちが、僕に対し一目置いた表情になる。
僕はぺこりと頭を下げた。
――何か言わないと。
口をひらく。
「特別なひとですか」
思わず聞いていた。誰が、とも、どういうふうに、とも言わなかった。それで通じる自信があった。
田伏はふっと微笑んだ。言葉は何も発しなかったけれど、それで十分だった。
「はーい、それでは、車に乗り込みますので、危険ですので、下がってくださいぃー」
大きい声で警備員が言って、彼らはぞろぞろと車に乗る。
あっという間に扉が閉まって、その車は出発する。
遠ざかる車を見つめる。通りの向こうを曲がっていき、車が完全に見えなくなる。
僕は気づく。これはきっと失恋だ。
そうか、僕は失恋したんだ。
ファンたちも急に熱が冷めたように大人しくなって、ぞくぞくと帰路に着く。
そして誰もいなくなった。僕だけがぼんやりと立ち尽くしている。
「あの、――お客さん?」
心配した警備員が話しかけてくる。僕は車の見えなくなった信号を見つめながら、
「大丈夫です。すみません」
それだけ返事をする。
まだ、頭の中で彼らの音楽が鳴っているようだった。彼らの躍動が焼きついているようだった。それらが完全に消えてなくなるのを待って、頭の中が静かになると、僕も駅に向かって歩き出した。
それでも、自然とメロディが鼻歌になって溢れ出した。それは多分、さっき聴いたあの曲。
僕はそれを歌いながら、夜の道を一人で歩いて行く。
それだけで世界は輝く 数田朗 @kazta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます