第2話
「お父様、私を絶縁して下さいませ」
家を捨てると決めた姉は、潔く貴族の身分と名字を捨て、我が家と完全に絶縁することを選んだ。
「今後、私の選択や行動により、いかなるトラブルが起きようとも、この家に迷惑はかけませんわ。そのために、どうか私を絶縁してくださいませ」
夕食後の談話室でそう勇ましく告げる姉に、両親は泣いて縋った。しかし、姉の決意は固く、とてもではないが意見を翻しそうになかった。
「メアリー、メアリー。あなたもルイーゼをとめて」
「そうは言われましても……私には、お姉様を止めることなど」
泣きながら訴える母に、私は困り顔でテーブルに視線を落とした。
私が何を言ったところで、姉の意思は変わらない。いや、両親が泣いたところで同じだろう。そんなことは分かりきっているのに、優しくて情け深い両親はなんとか引き留めようとするのだ。
「理解してくれて嬉しいわ、メアリー」
「理解、と申しますか……」
姉から笑いかけられて、私は思わず言葉を濁した。
私は、姉の気持ちや、志の尊さなどを理解したわけではなかった。
ただ、姉という人をそれなりに
だから、努力をする気になれなかったのだ。愁嘆場を演じたところで単なるセレモニーにしかならないと、分かっているのに。
けれど、だからと言って私は姉のために両親を説得したり慰めたりすることもできず、湿った空気の中でただ戸惑って座っていた。
「ふふ」
そんな私を、姉がくすりと笑う。
「あぁ、メアリー、あなたは昔から変わらないわね」
「お姉様?」
「分かっているのに分かっていない、その幼さが庇護欲をそそるのかしらねぇ」
「え?」
私を真正面から見つめる姉の、妙に柔らかい苦笑に戸惑った。
「ねぇ、メアリー」
「はい」
強い意志を秘めた呼びかけに、私は従順に「はい」と返す。
姉の瞳は何かを見極めるように、しっかりと私を見据えている。こんなにまっすぐ姉に見つめられるのは、何年ぶりだろうか。世界中を飛び回る姉と、しっかり時間を過ごしたことなど、ここ最近はなかったかもしれない。こんな時なのに、少しだけ嬉しくて、そう感じる自分と姉の関係性が切なかった。
「なんでしょうか、お姉様」
そう思いながらも、こんな妙な感傷は場違いで口に出せなかった。私は従順で物分かりのいい妹として、しっとりと姉を見返す。
「ふふ。ねぇ、甘ったれで可愛い、私のメアリー。この家くらいなら、あなたにも継げるでしょう?」
「……はい、ルイーゼお姉様」
そう冗談めかして笑う姉の言葉に、私は淑やかに頭を下げた。下げるしかなかった。
我が家で誰よりも賢く強い姉。
彼女の言うことは絶対だったのだから。
かくして、私は姉の代わりに、この伯爵家を継ぐことになった。
翌日には家族皆で王宮へ涙ながらに絶縁状を提出し、その瞬間から私は伯爵家唯一の嫡子にして歴史ある伯爵家の跡取りとなったのだ。
そして、その第一歩として私は、姉の婚約者であった人と婚約を結び直した。
「これからよろしくね、小さなレディ」
私を優しく見つめるのは、かつて熱い眼差しで姉を愛していた人。
姉の数少ない理解者であり、姉と相愛であったはずの人。
六歳下の私を、まるで実の兄のように慈しんでくれた人。
「よろしくお願いします、ロレンス様」
叶わぬ初恋で終わるはずだったのに。
今、この方は、私の婚約者だ。
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