第21話

王女が居室に戻ると、頭に角が生えたようにオカンムリのユ尚宮が待ち構えていた。


「王女様!一体どちらにおいでになられていたのですか!?」


少しのあいだ傍を離れた隙に、黙っていなくなったため探し回ったという。


「ごめんなさい。用があって水剌間に行っていたのよ」


「す、水剌間ですと!?王女様に、その様な場にどういった用が?」


「それは……秘密よ」


王女は笑顔を見せると、薬菓の入った袋をさりげなく後ろに隠した。


もし薬菓がユ尚宮に見つかったなら、きっとあれこれと詮索されるに違いないからだ。


そして王女は、ユ尚宮にタンを呼んでくるように頼んだ。


さらにそのまま、やや時間を要する用事もついでに命じて……。


程なくして、タンが王女のもとにやってきた。


「いかがなさいましたか、王女様?」


なぜ王女に呼ばれたか分からずにいるタン。


「あなたに、食べて欲しいものがあるの」


いまいち状況が掴めないタンを、王女は自身の文机の前に招く。


「こちらへいらっしゃい」


「は、はい」


わけが分からない様子のタンは、促されるまま王女と対面で座した。


タンが腰を落ち着けたのと同時に、王女は文机の上に袋を出した。


「これは何ですか?」


「開けてみて」


王女が促すと、訝しみながらもタンは袋に手を伸ばす。


手に取った袋の中身を知ると、タンは意外そうな顔をした。


「これは、薬菓ではありませんか」


「そうよ。私が作ったの」


「え?王女様が?」


王女が菓子作りをすると思っていないタンは、意表を突かれたらしい。


「えぇ。水剌間に行ってきたのよ。そこの尚宮に教えてもらったのだけれど」


それを聞いたタンは、顔を僅かに赤くする。


「わ、私のためですか?」


「そうよ。あなたのために作ったの」


王女としても、誰かのために何かをすることは初めてだった。


それはとても幸せなことだと、王女は実感していた。


タンは袋から薬菓を一つ摘み上げると、しげしげと見つめる。


出来が悪かっただろうかと、心配になる王女。


しかしその心配は、すぐに吹き飛ぶことになった。


「よくできております」


そう言って穏やかな笑顔を浮かべるタンに、王女は安堵した。


しかし、味は口に合うか分からない。


王女も事前に食してはいるが、彼が食べるまでは安心出来ないだろう。


「いただいて、よろしいでしょうか」


一々尋ねてくるのがタンらしくて、愛おしさが増す。


「どうぞ、召し上がって」


王女に促されると、タンは手にしていた菓子を口に運んだ。


咀嚼するタンを見つめながら、王女は彼の反応に緊張感を走らせた。


『もし不味いと言われたらどうしよう。そうなったら、立ち直れなさそうだ』


そんなことを考える王女に、タンは優しい笑みを寄越した。


この笑顔の意味は何だろう。


「美味しいです、王女様」


タンの発した言葉に、王女は聞き間違いかと思った。


「え?本当に?」


「はい、本当です。これまでに食べた薬菓の中で、一番美味しいです」


タンに言われて、王女も顔を赤くさせる。


彼のために、わざわざ水剌間まで出向いた甲斐があったと思う。


「そう言ってもらえて、私も嬉しいわ」


「私の方こそ、お時間と手間をかけていただき、恐縮です。これは、全て私がいただいてよろしいのでしょうか?」


そう問われて、王女は首を縦に振った。


「もちろんよ」


彼のためだけに作ったのだから……。


王女の言葉に、タンは嬉しそうな顔を見せて頬を赤らめた。


「大事にいただきます」


タンが言うと、王女は心が温く感じられた。


しかし、彼がとても照れていることには気付いていなかったのである。

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