第3話 聖女の役目
部屋に戻って朝食を食べた後は、自由時間だ。
うんと小さい頃はずっとアスラや他のお付きの人が一緒に部屋で遊んでくれていたけれど、焦り始めてからは今日も闇を晴らせなかったとベッドで不貞腐れているうちにお茶の時間になって、もっと祈れば闇を晴らせるんじゃないかと部屋の中で黙々と祈っているうちに夕食の時間になった。
祈っても祈っても闇は晴れなくて、もう私が聖女なのは何かの間違いじゃないかと半ばあきらめ始めてからは、なんとなくベッドの上をゴロゴロしてあれやこれやと思い悩むだけで時間はさっさと過ぎていった。
ベッドの上に寝転がる。
――私も聖女ちゃまになるーって言ってさ~
さっきの声が思い出される。
聖女様になるってどういうことだろう。
聖女は別にアスラたち神官のように仕事をしていない。
王族のように生まれながらに貴い身分というわけでもない。
どうやったらなれるのかな……やっぱり、闇を晴らしてこそ聖女なんだろうな。
じゃあ私は?
予言だけでちっとも闇を晴らすことができない私はいったい何者なんだろう。
それに私は、いつまでここで祈っているんだろう。
祈りの間で想像してしまった本物の聖女のことを思い出す。
あの時は、本物の聖女が現れたら私はどうなってしまうんだろうと不安だったけれど、このまま本物の聖女が現れなくたって地獄だ。
十一歳どころか、十五になっても、二十になっても闇を晴らすことのできないまま、ずっと毎日祈るだけの日々。
今は信じてくれている人たちだって、どんどんいなくなる。
はぁ、祈ることしかできないで、闇を晴らすこともできないで、私……何のために生まれてきたんだろう。
そんなことをベッドの上で考えていると、あっという間にお茶の時間になり、夕食の時間になり、夜の祈りの時間になった。
それでもやることは変わらない。
両の手を組んでジジ様と一緒に祈るだけだ。
いつものように。
夜もジジ様は私以上に祈っている。私はと言うと、祈りながら本当はジジ様が本物の聖女なのではというバカげた思いつきを半ば本気で考えていた。
部屋に戻ってからも、聖女って何なのか、本物の聖女はどこにいるのだろうか、私はどうなってしまうのかといろんな疑問が頭にやってきては去り、私の不安を大きくした。
そしてまた朝が来る。
カーテンの外はやはり暗く、またアスラと私は何も言わずに淡々と身支度を整える。
祈りの間にはいつもと同じくジジ様がいて、やっぱりジジ様は私よりもずっとずっと真剣に祈っている。
祈りが終わり、それぞれ部屋へ帰ろうと祈りの間の入口に向かって歩いていく。
「ねぇジジ様」
自然とジジ様に声をかけていた。
けれど、いざ本当のことを問いかけようと思うと、急に怖くなって、口をつぐむ。
「聖女様?」
ジジ様が振り返り、私を見つめる。
本当に私が予言の聖女なのか知りたい。
知らなければならない。
そんな気がする。
怖くても聞け、聞くんだ。
「ジジ様、教えてほしいことがあるの。本当は……本当は私、予言の聖女なんかじゃないんでしょ」
自分でもびっくりするくらい消え入るような声だった。
急に怖くなってジジ様から目をそらして床を見ながら言ったから、ジジ様がどんな顔をしていたのかはわからない。
一瞬間があって静かな声でジジ様が言った。
「聖女様は、確かに予言の聖女様です」
嘘だ! 私がまだ子供だからと思って騙そうとして。
そこまで考えたら、どんどんどんどん腹が立ってきた。
力ある者は六歳ごろから能力の片鱗が見え始める。なのに、私は十一歳の今も全く何の兆しもない。
それはやっぱり予言の聖女なんかじゃないからだと思う。
「ジジ様、私ももう十一歳だよ。たとえ私が偽物で、どこかに本物の聖女がいたと知っても、国を混乱させるようなことを言いふらさない。でも、私の事なんだよ。ちゃんと本当の事教えてよ!」
吐き出し始めたら止まらなかった。
最初は床を見ながらぼそぼそ話していたのに、いつの間にかジジ様の目を見て挑むように話しかけていた。
「本当ですよ。聖女様が予言の聖女様で間違いない」
そんなわけないと反論しかけた私の声を、ジジ様の怒りを押し殺したような静かな怒号がかき消した。
「間違いだったらどんなに良かったか!」
何も言えなくなって、ただただジジ様を見つめる。
「聖女様は本当に知りたいですか?」
ジジ様は私の顔をじっと見ている。
声は出なかったけれど、こくりと頷くとジジ様は大きく息を吐いた。
「いつかは聞かれると思っていました……」
そしてもう一度ジジ様は息を吐く。
「予言では聖女様とは――――です」
頭をぶち抜かれたみたいだった。
私の頭はその予想外の情報を理解したくないというように、ぐるぐると言葉だけが頭に残り、何を言われたのかわからない。
それでもゆっくりと時間は流れ、私の頭もゆっくり考えていく。
ようやくジジ様の言葉を正しく理解した時、勝手に涙があふれ出て、驚きと悲しみなのか怒りなのかわからないぐちゃぐちゃした気持ちを抱えながら、私の手を取ろうとしたジジ様の手をはねのけて走って部屋に戻った。
「はぁっはぁっ。聖女様、突然走って帰られてどうしたのです?」
祈りの間の近くに待機していたアスラが、息を切らしながら部屋に入ってくる。
「アスラ、今日は一人にして」
「え? ですがこれからご朝食が……」
「いい! いいからほっといて」
いつもとは違うつっけんどんな言い方にアスラも少しびっくりしているが、近くに来て私が泣いているのに気が付いたようだ。
アスラはすぐに持ち直し今度は笑顔で私を迎えた。
「まぁまぁ。ジジ様に怒られでもしましたか? 話を聞きましょうか」
「一人にしてってば!」
クッションを投げつけて、叫んだ。
投げ方がへたくそで、クッションはアスラに届く前に床に落ちたが、その衝撃は大きかったようでアスラが呆然としている。
そんなアスラの顔を見て、私もぐちゃぐちゃな気持ちにさらに自己嫌悪まで追加されて、もう最悪の気分だ。
間もなくアスラは出て行った。
一人、部屋の中でベッドに倒れ込む。
もう嫌だ。なんで私だけ。
こんな髪じゃなかったら良かった。
ミュンダーの民は皆黒やこげ茶色といった濃い色の髪の毛をしている。
予言では輝く金色の髪を持つ女の子が闇を晴らすとあったらしい。そう、私のような。
こんな髪の毛に生まれたくなかった。
聖女になんてなりたくなかった。
鏡の前で自分の髪を見る。
小さい頃は天使みたい、素敵、きれいなんて褒められて、嬉しく思っていたけれど、今は全く嬉しくない。
「こんな髪なければよかった。こんなの私、いらない」
一瞬髪を引きちぎりたい気持ちになったけれど、わかっている。
髪を引っ張って抜いたところで、たとえ丸坊主になるまで髪を抜ききっても、私が聖女であることに変わりはない。わかっている。
「わかっているよ……でも嫌だよ。誰か、助けて」
泣きながら、ぽつりとつぶやいた。
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