第10章:もし、まだそこにいるなら

朝の陽光がカーテンの縁からにじむように差し込んでいた。柔らかく、あたたかかったが、それが遠くに感じられた。遥か彼方に。手の届かない場所に。


夢は、長い間じっと横たわっていた。


四肢は痛んでいた――いつものような、使いすぎた後の鈍い痛みではない。もっと奥深いところだった。関節が腫れぼったく感じられ、胸は重く、前の晩から呼吸のリズムが微妙に乱れていた。今はソファにたどり着いているが、まだ皮膚に床の冷たさが残っているようだった。


起き上がることは、何かから無理やり自分を引きはがすような感覚だった。眠りのぬくもりは、静かな麻痺を与えてくれていた。それが終わると、現実の動作が痛みとともに戻ってきた。


ゆっくりと身体を起こすと、視界の端が暗くなった。血流が重力に追いつくまで、耳の中に低いうなりが響いた。めまいが落ち着くまで、ソファのクッションに手を添えて支えた。


休んでいる時間はなかった。今日は特に。


なんとか朝の支度を終え、前の晩に用意しておいた衣装に手を伸ばした。きちんと掛ける力はなかったが、幸いにもほとんどシワにはなっていなかった。比較的新しい衣装で、ビンテージ風の柔らかな色合い――淡いクリーム色とくすんだ青の重ねフリルに、スカートとボディスの縁を飾るチェック柄のアクセント。前面には小さなサテンのリボンが点在し、ウエストには広いサッシュが巻かれていた。その明るさは、彼女にまとわりつく鈍い疲れの中では、あまりにも眩しすぎるように思えた。


彼女はしばらくそれを見つめた。


そして、一枚一枚、慎重に着ていった。生地はいつもより重く感じられた。マイクの小道具は、手の中で冷たかった。


事務所の車は、きっちり時間通りに迎えに来た。


その間、夢はずっと笑顔を保っていた。


スタジオに到着する頃には、すでに消耗しきっていた。一歩一歩が、存在するかどうかも怪しいエネルギーの貯蔵庫から引き出されるような感覚だった。


それでも笑った。それでもスタッフに丁寧に手を振った。


すでにカメラが待っている、柔らかい光の当たる小さなセットに座った。


インタビュアーは温かく迎えてくれた。夢も同じように返した――声は穏やかで上品で、動きはすべて正確だった。


「夢ちゃん、アイドル三周年おめでとうございます!すごい節目ですね。」


夢は微笑んだ。「ありがとうございます。本当に、まだデビューしたばかりのような気がします。最初のステージでは緊張しすぎて、振り付けを半分忘れてしまったのを覚えています。」


カメラの向こうから小さな笑い声が聞こえた。インタビュアーも笑った。「今じゃインタビューも余裕ですね。」


夢の声は明るかった。「精一杯頑張っています。長い道のりでしたけど、いろいろ学びました。最初はアイドルって歌って踊ることだけだと思ってたけど、もっとずっと深いんです。気持ちがついていかない日でも、人と繋がることが大切なんだって。」


「パフォーマンスの中で、一番好きな瞬間は?」


「お客さんの反応を見るときです。ステージに立っていると、他のすべてが消えていくんです。自由になれる感じ。」


「最近の活動では、ファンの間で『大人っぽくなった』って声が多いですよ。何か変化があったと思いますか?」


夢は一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇した。


「ただ、残したいものについてよく考えるようになりました。小さな瞬間がどれだけ大事かとか、時間がどれだけ儚いかとか。」


一拍置いて、インタビュアーが首を少しかしげた。


「素敵な表現ですね。何かプライベートでそう思わせるような出来事があったんですか?」


胸の奥がねじれるような感覚。


「いいえ」と夢はやわらかく笑いながら嘘をついた。「成長しながら学んでるだけです。」


「話題を変えましょうか」とインタビュアーがメモをめくる。「最近のステージ、感情がこもっていてすごく“親密”だったと評判でしたよ。あれはどこから来たものなんですか?」


夢は少し戸惑った。質問に不意を突かれた。膝の上で指がかすかに丸まった。


「最近、大事なことに…つながってる感じがするんです」と、ゆっくり、慎重に言った。


インタビュアーが少し前のめりになる。「特定の誰かにインスピレーションを受けたんですか?」


夢は口を開いた――止める前に。


「うん、わた…」


息が詰まった。もう少しで出てしまうところだった――美優。その名前が唇の先にひっかかり、痛いほど近かった。


でも、代わりに彼女は笑った――少し早すぎるタイミングで。


「――ファンのみんなです」そう締めくくった。「ずっと一緒に成長してきたから。ここまで一緒に来られた感じがするんです。」


インタビュアーは間にあった沈黙には気づかなかったようだったが、夢の声はその端々でかすかに震えていた。


「最近、支えになってくれてる存在がいます」と彼女は言葉を選びながら続けた。「公にしてる人ではないんです。ただ…キラキラの下にいる“人間の私”を思い出させてくれるような存在。」


インタビュアーはやさしく笑った。「いい表現ですね。」


夢は、いつもの笑顔を浮かべた。でもその胸の奥は、痛みでいっぱいだった。


彼女は思い出した――水族館のガラスに反響する美優のやわらかな笑い声を。まるで世界で一番大切なもののようにその箱を抱きしめていた姿を。中に入っていた指輪――まだ壊れていない。


夢は膝の上を見つめた。


あなたの名前を、たった一度だけでも言えたら…


拍手は消え、ライトは落ち、笑顔も消えていた。


更衣室の鏡の前に立つ夢は、ドレッサーの縁を掴む手の指先が白くなるほど力を込めていた。呼吸は浅く、不規則で――さっきと同じ。でも今度は、もっとひどかった。


鏡に映る自分を見つめる。唇は青白く、目には光がない。


「あと5分です」とスタッフの声が優しくドア越しに聞こえた。


「ん…」夢はそれだけ返した。返事として聞こえることを願っていた。それ以上の力は、もうなかった。


膝が崩れた。


再びドレッサーにしがみついて、震える体を支える。今度こそ、身体に負けたくなかった。まだアイドル衣装のままだ。淡い青とクリーム色のフリルが重なり、リボンもちゃんと結ばれている――けれどその衣装の内側で、身体はもうほころびかけていた。


ゆっくりと座り込み、肋骨を押さえる。締めつけがひどくなっていく。心臓はリズムを外して脈打ち、部屋が揺れて見えた。


ここじゃだめ。今じゃない。お願い――


スマホを手繰り寄せて、どうにか呼吸を整えようとする。画面には、美優と一緒に写った写真。あの、静かな記憶の一瞬が映っていた。


「…まだ、そこにいるよね?」夢はささやいた。唇から、かろうじて言葉が漏れた。


でも、身体は返事をくれなかった。代わりに、痛みだけが答えた。


世界が傾いた。そして、今度は支えきれなかった。


美優は、眠った記憶がなかった。


ゆっくり眠りに落ちる感覚もなければ、安心感のある温もりに包まれることもなかった。ただ、泣きながらベッドで膝を抱えていた瞬間が最後で――次には、カーテンから差す柔らかな光の中で目を覚ましていた。


もう目は乾いていた。でもそれは、泣き止んだからではなかった。涙を流し尽くしたからだった。


彼女はしばらくそのまま動かずにいた。胸に抱えた小さな箱を包むように腕を回しながら――夢からもらった箱。握りしめる力は夜の間に少し緩んでいたが、それでも彼女がその箱に体を丸めている姿は、まるで嵐の中でぬいぐるみを抱く子どものようだった。


部屋の静けさは、耐え難いほど深かった。それは落ち着いた静寂ではなく――ただの空虚だった。


やがて、ゆっくりと身体を起こした。慎重に。動きは水中のように鈍く、重かった。箱をそっとベッドの上に置き、指先で表面をなぞってから、布団をめくった。


前日の服のままだった。


朝の支度は機械的だった。したいからではなく、朝とはそういうものだから。歯を磨く。顔を洗う。髪を結ぶ。服を着替える。すべてが現実味を持たなかった。


唯一、生きていると感じられたのは、喉を通る痛みと、目の奥の鈍い痛みだけだった。身体は脆く、心はもっと壊れやすかった。


両親の声は一度も聞こえなかった。ノックも、挨拶もなかった。別の部屋の床板のきしみや、遠くの台所で皿が動く音だけ――遠い。避けられているような感覚。


玄関では、手をドアノブの上に浮かせたまま、必要以上に長く立ち尽くしていた。なぜかはわからなかった。外に出るということは、また世界に向き合わなければならないということかもしれない。あるいは、ベッドの上に残された箱――夢の気配を残したその小さな存在――を置いていくのが嫌だったのかもしれない。


でも、ついには家を出た。


学校までの道のりは静かだった。


美優はうつむき、バッグの肩紐を握りしめていた。足音はアスファルトに静かに響き、いつもの街の音は背景に消えていた。心は日常のリズムに乗っていなかった。ただ足だけが、習慣で前に進んでいた。


校門にたどり着いたとき、またあの感覚がよみがえった。視線の重さ。ささやき声。背中に貼りつくような、息苦しい気配。それに思わず肩がこわばる。


息を吸って、校内へ足を踏み入れた。


教室はいつも通り、騒がしかった。ところどころで笑い声。椅子が引かれる音。重なる声。


鞄を置く間もなく、それは始まった。


「ねえ、美優!」茜の声が教室に響いた。甘くて鋭い声。


美優はびくっとした――ほんの少しだけ。でも顔は上げなかった。


茜は机に身を乗り出し、あの作り笑顔を浮かべていた。「まだあのアイドルに夢中? それとも、妄想彼氏はもう中学卒業した?」


茜の取り巻きの二人が笑う。


一人が顔を寄せた。「きっとラブレター書いてるんじゃない? あのキラキラ姫にさ。」


茜が大げさに息をのんだ。「あっ、恥ずかしがってる? 彼氏に怒られちゃう前にやめた方がいいかもね~」


また笑い声。工夫もなく、ただ大きくて、残酷。


美優は身体をこわばらせた。指が机の縁にかすかに力を込めた。叫ばなかった。泣かなかった。でも、呼吸が乱れた。


目にじんとした痛みを感じたが、それでも彼女は目を見開き、涙をこらえた。


前とは違った。逃げなかった。教室を飛び出すこともなかった。


ただ、そこに座っていた――静かに、動けず、小さく。


喉を詰まらせながら、ぐっと飲み込んだ。


それ以降の声は、背景の雑音になった。茜が飽きて離れていっても、美優は動かなかった。心臓は激しく打っていたが、彼女はじっと座り続けていた。なんとか自分を保っていた。かろうじて。


昼休みが来ても、食欲は戻らなかった。同じパンをずっと弁当箱の中で突くだけで、チャイムが鳴った。


授業も、そのあとの時間も、学校への道のりと同じように――無感覚で、存在感がなくて、静かに過ぎていった。


でも、ときどき、彼女の指先はバッグのファスナーにぶら下がる小さなチャームに触れていた――明るくてカラフルな、小さな星。


思い出の印だった。


※作者より:更新が遅れてすみません。以前の下書きに納得がいかず、何度か書き直しました。納得のいく形になるまで待つことにしました。

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