第039匙 レジェンド界隈:ボルツ(竹橋)

 今回の〈スタンプラリー二〇二四〉において、〈空間〉面を重視している書き手は、〈一筆書き〉、すなわち、同じ道の同じ側を二度通らないように注意しながら、カレー提供店を巡っている。それ故に、同じエリアに属している店を連続で訪れる事になるのだが、ここで改めて気付かされたのは、東京メトロの東西線の「竹橋駅」から徒歩圏内の竹橋エリアには、創業半世紀の、こう言ってよければ、〈レジェンド〉級のお店が集まっている事であった。


 九月初旬に書き手が訪れた、地上十二階の「カレーステーション リラ」が在る「KKRホテル」が入っている『竹橋合同ビル』は、昭和五十四(一九七九)年竣工の建物である。

 また、近いうちに訪れる予定の「カフェ&パブ マーキュリー」が入っている『如水会館』に関しては、その元の建物の建設は大正八年、西暦に置き直すと〈一九一九〉年、なんと一世紀以上の歴史を誇っているのだ。もっとも〈旧〉如水会館は老朽化を理由に昭和五十四年に閉館し、その後、新装改築された。それが、昭和五十七(一九八二)年の事で、つまり、〈新〉如水会館の竣工はKKRホテルの竹橋合同ビルとほぼ同じ時期なのである。


 そして、九月十九日、この日の昼に書き手が訪れた、竹橋駅から約四〇〇メートルの神田錦町の路地裏に位置している「喫茶プぺ」さんは、昭和四十五年創業、二〇二四年現在で創業五十四年を迎えている。


 さらに、竹橋駅から約三〇〇メートル、「プペ」さんからも約三〇〇メートルの所に在る、同じ日の夕方に書き手が訪れた「ボルツ」さんの開業は、昭和五十六年、一九八一年十一月、つまり、この店もまた、半世紀近い歴史を誇るカレー専門店なのである。


 そもそも、『ボルツ』と言えば、一九七四年に創業したカレー・チェーン店で、昭和末期、一九八〇年代の、いわゆる〈第一次激辛ブーム〉を牽引したカレー・チェーン店である。甘口・中辛・辛口・大辛といった辛さの分類が一般的であった昭和末当時に、辛さを数値化した点がボルツの特徴で、だからこそ、竹橋の「ボルツ」さんにおいては今なお、「辛さの元祖はボルツです」が店のキャッチ・コピーになっており、相も変わらず、辛さレヴェルは〈数〉で表わされている。辛さは、〈三〉以上は課金せねばならないのだが、その上限は〈三〇〉倍である。ちなみに、この日の書き手は、スタンプラリー〈三〉度目のチャレンジなので、五十円課金して、辛さ三倍を選んだ。


 さて、『ボルツ』さんは、激辛カレーのフランチャイズだったのだが、激辛ブーム去りし後、次々に閉店してゆき、母体である『ボルツ』創業からちょうど半世紀を経た二〇二四年現在において、関東県内において存続しているのは、宇都宮の「カレーハウス ミニ・ボルツ」と、竹橋の、この「ボルツ」さんの二店のみである。実は、三年半前までは関東に『ボルツ』は三軒残っていたのだが、千葉の「ボルツ 京成大久保店」は、残念ながら、二〇二一年の四月に閉店してしまった。


 昭和末、関東で辛いカレーと言えば、『ボルツ』で、カレー・チェーン店なので、かつては都内の何処かで〈辛さ倍々カレー〉を食べる事ができた。

 しかし、今では都内に在る『ボルツ』は竹橋の一店のみなのだ。


 他の支店が閉店し、都内に一店になった今なお店の看板を守り続けている竹橋のボルツさんは、今や唯一無二の存在であるが故に、激辛カレーのレジェンドと呼ぶに相応しい店なのではなかろうか。


〈訪問データ〉

 ボルツ:竹橋駅

 二〇二四年九月十九日(水)十八時

 アサリとベーコンのカレー(八五〇)辛さ3(五〇):九〇〇円(現金) 

 カード39「マンモスマン」


〈参考資料〉

『公式ガイドブック』、四十二ページ。

 〈WEB〉二〇二四年十月十五日閲覧

 「竹橋合同ビル」、『千代田遺産』

 「如水会館について」、『如水会館』

 「喫茶プペ」、『SUOCCA』

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