E/N’07:“Heavenly Heralds”

——「まもなく、終点しゅうてん、ナラヒア・マヒラです。おわすもののないよう、お支度したくください」

 セイエイは、昼寝ひるねゆめから目覚めざめて数十分すうじっぷんたぬうち放送ほうそういた。昼行便ちゅうこうびんであるから、おはよう放送ほうそうなどはかったが、かわりに船員せんいんだろうか、肉声にくせい乗船じょうせんねぎら放送ほうそうをしている。風呂敷型ふろしきがた充電器じゅうでんきほどき、中身なかみ携帯電話けいたいでんわして、れたつきで充電器じゅうでんきたゝむ。携帯電話けいたいでんわ画面がめんひらくと、さき日付ひづけ時計とけいとがうつされる。十干じっかん十二支じゅうにし六曜ろくようしたに、地名ちめい一緒いっしょ四桁よんけた時分じふんいくつか表示ひょうじされている。しま緯度いどあたまっている。南中なんちゅうぎ、夕日迄ゆうひまであとのこいち二時間にじかん程度ていどとなる時刻じこくしめ地名ちめいは——。

 ナラヒア諸島しょとうマヒラとう。アクモリス遺跡いせきから約半日やくはんにちの、太平洋たいへいようかぶ場処ばしょが、今晩こんばん目的地もくてきちである。寺内情栄てらうちせいえい元津もとづ右衛門うえもんとは、乗客じょうきゃくれつならんですゝみ、船外せんがいた。視野しやひろゆえに、ありとあらゆるものが写真しゃしんでよりおゝきくかんぜられた。そして、自分じぶん記憶きおく経験けいけん以上いじょうちいさいとも。

 昼寝ひるねえてさわやかなかおのウエモンは、確固かっこたる大地だいちめる。今日きょう航路こうろ全体的ぜんたいてきいでいたからうみわされずにんだ。いま此処こゝしまいたからには、もう船酔ふなよいの心配しんぱいらぬのだとわんばかりのかおである。

 船客せんきゃくむかえた埠頭ふとうには、おゝきく出迎でむかえのまくかざられて、しまを「Magira」だとか「Maxjïrra」だとか「マヒラ」とかとしるしているのが見えた。使用例しようれいおゝさを見るに、Machiraとくのが一般的いっぱんてきらしい。布製ぬのせいまくしたには、送迎そうげい乗合自動車オムニバス列車れっしゃけぶりいてきゃくを待っている。だが、二人ふたり其方そちらへのれつからはずれ、まくかゝげる建物たてものへとく。食堂しょくどうである。行程こうてい都合上つごうじょう夕食ゆうしょく旅館りょかんではなく食堂しょくどうことにしていた。

 二人ふたりように、食堂しょくどう目指めざひと少数しょうすうであるものの様子ようすである。しかし、ウエモンには計画上けいかくじょう仕方しかたなく食堂しょくどう目指めざしているのはすくななかろうとおもえる。の、みなと程近ほどちかく、たか建物たてもの眺望ちょうぼうのよさを文句もんくにしていた記憶きおくがある。右馬埜うまのとウエモンとの二人ふたりはパトロン同士どうし立場たちばもっ今回こんかいの「彗星すいせい観測かんそく旅路たびぢめるさいそのサイトをおとずれたのだったか。ナラヒア諸島しょとう標高ひょうこうひくく、とく星空ほしぞらりにしているわけでもなかったから行来いきゝ宿やど予約よやくやすく、此処こゝが「彗星すいせい観測かんそく一地点いちゝてんえらばれた理由りゆうでもある。

 う、「彗星すいせい」——正式名称せいしきめいしょうをユゴスと恒星間天体こうせいかんてんたいは、いまうなっているのか。ウエモンは建物たてものへのみちあゆみつゝ、回顧かいこから現実げんじつもどされた。よこにはセイエイ。まえには自動扉じどうとびらがあり、二人ふたり感知かんちしてとびらけたところだった。

 食堂しょくどうは、日本にほんでも何処どこかで見たことがあるような、すこふるびつつもいま使つかわれている建物たてもの雰圍気ふんいきがあった。高速道路こうそくどうろ大規模だいきぼなサービスエリアであるとか、って二十年にじゅうねんほど観光施設かんこうしせつにも見える内装ないそうをしている。外見がいけんおもこすと、何処どこにでもありそうな建物たてものだった。しかし、いざなかまどをやると、景色けしき一変いっぺんした。

うみだね」

「あゝ……ほかしまえない窓景そうけい流石さすがおれはじめてだ」

れで、なにたのむの、ウエモン。ぼく饂飩うどんにしたい」

 セイエイはみせ商品しょうひん受取口うけとりぐちうえかゝげられたものをした。

此処こゝまで饂飩うどんか……。まあいゝだろう。れがおまえ選択せんたくならば、な。おれは……えっと、玉蜀黍とうもろこしやつにしようかな。プロスアクモリスではべられなかったでな」

かった。ぢゃあ——」

 立上たちあがったセイエイをめる。

「セイエイ、おれく。うだな……『彗星すいせい』の観測機かんそくきがそろ〳〵成果せいかはじめたんぢゃないか。調しらべるといいかもな」

「うん、わかった。れ、饂飩うどんのおだいね」

 ウエモンに注文ちゅうもんまかせ、セイエイは計算機コムピュウタ起動きどうし、公的宇宙機関こうてきうちゅうきかん御知おしらせの一覧いちらんながし見ていく。「彗星すいせい探査機たんさきげから一年いちねんっていないはずなのに、にげの映像えいぞう中継ちゅうけいで見たのが随分ずいぶんまえかんぜられる。NNNAの略称りゃくしょうられる行政企業体ぎょうせいきぎょうたいである日本の機関きかんと、欧・北米ローラシア諸国しょこくなど其他そのた機関きかんとが総力そうりょくげて取組とりくむ、現代げんだい象徴しょうちょうするよう計画けいかくだ。公開こうかいされている情報じょうほうでは、すで探査機たんさきを「彗星すいせい」の分析ぶんせき出来できほどちかづけたようだった。すでに、簡易かんい解析結果ぶんせきけっかていた。

龜裂きれつ……だよな……」

 亀裂きれつなど、れを形容けいようする言葉ことばいくらでもあるはずなのに、「龜裂きれつ」と二文字ふたもじでしか表現ひょうげんできないなにかがかんぜられる。セイエイには、心持こゝろもち動揺どうようがよくからなかった。理解りかいとぼしい。まるで、あえいでいるからあえつゞけてしまうような、禅問答ぜんもんどうなかがしてくる。

注文ちゅうもんわったぞ。あとつだけだ」

あゝ難有ありがとう」

 には、呼出鈴よびだしりん領収書りょうしゅうしょとがあった。一対いっついをセイエイに手渡てわたして、ウエモンはかいのせきすわった。げるわん海面うみづら外海げかいなみ区切くぎ防波堤ぼうはていとがひとみうつった。しか一瞬いっしゅん、セイエイは、ウエモンのひとみおくからなにかがのぞかえしているがした。周囲しゅういるのは、セイエイとウエモンとの二人ふたりと、距離きょりいてある見ず知らずの観光客かんこうきゃく従業員じゅうぎょういんとである。距離きょりからたして面識めんしきのない人間にんげんひとみのぞひとるか。かんがえても、出来できるのはセイエイだけだった。「なにかがぼくかさなっていて、れで、ぼくひとみかいして見つめていたのではないか」などとのおもいが脳裡のうりをよぎったが、セイエイにとって、れはまことであるとおもえないほど滑稽こっけいだった。

「……あ、ウエモン、一つ気になってるんだけど」

 思案しあんは、いだいていたべつ疑念ぎねん言葉ことばにする時間じかんもたら手助てだすけをしたらしかった。

「日本の国際的こくさいてき略称りゃくしょうってNNエヌ・エヌだよね」

「ン。Nipponニッポン the Newbornニュウボアヌ新生しんせい日本国にっぽんこく』の略称りゃくしょうだ。『さき大戦たいせん以後いご、ずっとれだ。……うした、旅券りょけんにもいてあろう」ウエモンがかお此方こちらけた。「れぬたびつかれとるんぢゃねぁか」

「……うだかね。また、……見たんだ」

まえは、人工じんこう智能ちのう出会であった言ってたな」セイエイは無言むごんうなづく。しばしの波音なみおとだけのて、ウエモンはつゞけた。「あれからかんがえた、と云うか、ゆめを見たと云うか……簡潔かんけつに言うと、心中しんぢゅうに浮かんだんだが、其の人工じんこう智能ちのうは、何処どこかにるんぢゃないか」

範囲はんいしぼって下さいよ」

現実げんじつに、かな。此れは、寝るまえ通話つうわと、おまえつたえたお千代ちよとの電話でんわとを総合そうごうしてかんがえたことだが——」

 其れが完全かんぜん推論すいろんであるにもかゝわらず、ウエモンのかんえるかおに、セイエイはれにみゝかたむけていいともおもえた。其の矢先やさき呼出鈴よびだしりんふるる。二人ふたりのものがほゞ同時どうじふるったこと会話かいわ中断ちゅうだんされ、ウエモンはりにはなれた。

まかせな」

 一人ひとり、セイエイはまどをやりうみつめた。荒潮あらしお岩礁がんしょうけずろうとするが、防波堤ぼうはていはゞまれ、くだけ、つぶとなってちてく。

「……」

 携帯電話けいたいでんわたゝんだまゝをキーホルダへやる。ぶらがって、煌めく「彗星観測すいせいかんそくチーム」の文字もじ図案ずあん。此の数日間すうじつかん色濃いろこくあったが、たびなかばである。人類ホモ世界せかいそと太陽系外たいようけいがいからおとずれた「彗星すいせい」ことユゴスは、関心かんしんいだかれ、いま観測結果かんそくけっか公開こうかいされた。簡易かんいとは云っても分析ぶんせき分析ぶんせきである。きり三竹みたけが言っていた科学信仰かがくしんこうAFNFアヴンフよりも真性しんせい科学的かがくてき探究たんきゅうおこなわれているのだ。勿論もちろん天文愛好家てんもんあいこうかでつくる「彗星観測すいせいかんそくチーム」も科学的分析かがくてきぶんせき目的もくてきとしているのだが、此れはかねをかけた豪勢ごうせいあそびにぎないとも言える。しかすると、宇宙探査うちゅうたんさくにあまったかね投入とうにゅうする遊戯ゆうぎなのかも知れない——とは言い過ぎであろう。何時いつかか、人類じんるい宇宙うちゅう進出しんしゅつし、身近みぢかになった一切いっさい窮理きゅうりするのだろうから。

 昼寝ひるね時間じかんみじかかったはずなのに、ゆめなかごした時間じかんはかれぬものだとおもえる。れに、時差じさぼけのよう感覚かんかくおちいっていた。現実げんじつよみがえってしまったマンモスとでもうべきか、自分じぶん時空じくう狭間はざまとらわれたよう気分きぶんが、今回こんかい一層いっそうつよかった。セイエイの思案しあんよしもなく、ウエモンが到着とうちゃくする。

饂飩うどんだよ、セイエイ。はしでよかったよな」

難有ありがとうね、ウエモン。……ぢゃ、いたゞきます」

いたゞきますね」

 二人ふたり食事しょくじはじめた。なみに、時折ときおりこえる汽船きせん汽笛きてきくわわって、れに喧騒けんそうがある。けっしてにぎやかとはえないまでも、れなりのせきまっている。

旅行客りょこうきゃくすくないね」

 饂飩うどん蒲鉾かまぼこ咀嚼そしゃくったセイエイはつぶやいた。

「そりゃア、『彗星すいせい』のおかげで、みな大事だいじひととでもごそうとしてるからだろう。北半球きたはんきゅうのほぼ全土ぜんどれるのに、此処このところひとせるとはおもえないだろう」

 すでわっていたらしいウエモンは、きながらこたえた。れもうかとセイエイは話題わだいえ、宇宙機関うちゅうきかんの「彗星すいせい探査機たんさきによる観測かんそく分析ぶんせき結果けっかをウエモンにつたえた。

「見よ、ウエモン。探査機たんさき順調じゅんちょうに『彗星すいせい』のかくちかづいてる。えっと、此の波長はちょうかな……かくなりがよく見えるでしょう」

 セイエイは画面がめんなか回転かいてんするうご画像がぞうせた。撮影者さつえいしゃつま探査機たんさき三次元さんじげんモデルを構成こうせいするため周囲しゅういまわっているらしかったが、「彗星すいせい」の変化へんか急激きゅうげきすゝんでいることが見て取れる。今回こんかいの「彗星すいせい」ことユゴスにかぎらず、帚星ほうきぼしうものは太陽たいようひかりけて変化へんかしてちりすのだ。

……亀裂きれつか。こんなになってたか」

「——見てなかったの、ウエモン。並々なみ〳〵ならぬ関心かんしんせとったと見えたが」

観測かんそくぢゃあ、あかりをらさぬよう窓掛まどかけをっとったでな……天文愛好家てんもんあいこうかとしてなら、肉眼にくがん大事だいじなのはかっとるさ」

 ウエモンがったあと、セイエイは饂飩うどんすゝった。れが最後さいごぶんであった。

「セイエイ、探査機たんさきだけぢゃうてさ、此方こちら——『彗星観測すいせいかんそくチーム』のデータの仮分析かりぶんせき結果けっかてるんぢゃないか」

「分かった……」セイエイは時計とけいを見た。日本時間じかんままであるが、時差じさたゞしく記憶きおくしていれば、そろ〳〵宿やどかわねばならぬ時間じかんである。「まえに、移動いどうしないとね」

「エ。もうか。……たしかに時間じかんだな」

 頂きましたのことの後、食堂しょくどう返却口へんきゃくゞち食器しょっきかえし、二人ふたり建物たてものあとにした。予約よやくした宿やど食堂しょくどうみなとのあるわんからは一つやまえたさきにあり、現在いまでは隧道ずいどうとおってやすける。隧道ずいどう汽車きしゃ上下線じょうげせん自動車じどうしゃ一般道いっぱんどう有料道ゆうりょうどう歩行者ほこうしゃとの五本ごほんおもで、今回こんかい二人ふたりもちいたのは歩行者用ほこうしゃようである。歩行者用隧道ほこうしゃようずいどうけると、ナラヒア諸島しょとう島々しま〴〵視界しかい這入はいよう徐々じょ〳〵あらわれる。先程さきほど場所ばしょからは見えなかったが、島々しま〴〵はマヒラとうふくめて裾礁きょしょう堡礁ほしょうまとっている。宿やどれらを眼下がんかおさめる傾斜地けいしゃちうえ、なだらかな台地だいちっていた。

 宿やど入室にゅうしつ手続てつゞきがんだころ西にしそらんで、すであかまっていた。わたされたカードキーを部屋へやかざしてじょうく。部屋へやったあと用意よういされた寝袋ねぶくろ素通すどおりしてにわる。最大さいだい目的もくてきである「彗星すいせい」は太陽光たいようこうもれているが、姿すがたあらわすのは時間じかん問題もんだいであった。アマ川会カワカイくろかばんけ、三脚さんきゃくき、望遠鏡ぼうえんきょうのぞぐち撮影機さつえいき接続せつぞくし、感度かんど調節ちょうせつする。

「セイエイ、電波でんぱたのめるか」

「分かった」

 ナラヒア諸島しょとう太平洋たいへいようナラヒア電波自由区でんぱじゆうくない位置いちしている事は確認かくにんみである。個別こべつ機器きゝ通信つうしん開始かいしするに必要ひつよう情報じょうほうである、部屋へやてられた無料通信むりょうつうしん機器きゝ名称めいしょう暗証番号あんしょうばんごうとを機器きゝ入力にゅうりょくする。其れと同時どうじにウエモンは機器きゝ電源でんげん接続せつぞくし、短時間たんじかん準備じゅんびませられた。

此方こちら元津もとづ」ウエモンは携帯電話けいたいでんわひらき、右馬埜うまの栫井かこいぐみ連絡れんらくはじめた。「元津もとづ寺内組てらうちぐみ準備完了じゅんびかんりょうだ」

「ぎり〴〵だったな」

——窓掛まどかけをった個室こしつなかで、右馬埜うまの頼一よりいち電話でんわこたえた。はこよう計算機コムピュウタひらいて、画面がめんつめている。

まない。時間配分じかんはいぶんを——」

ったからいゝだろう、右衛門うえもんっていなかったら……もうすこ不機嫌ふきげんだったろうがな」とき右馬埜うまのつめる画面がめんの一つにあったあか表示ひょうじが、あおかわった。其の位置いち情報じょうほうは、マヒラとうしめしている。「通信接続つうしんせつぞく此方こちらでも確認かくにんした。所定しょてい時間じかんよりはやくらいだぞ。今回こんかいは、わりよければ、とこととおりだよ」

たび途中とちゅうだが」

 ウエモンはにわ天幕てんまく用意よういはじめるセイエイをつめたあとくろまりはじめるそらをやった。

と言ったろう。今夜は、と言うべきだったかな。まあ、たびわりよければ……だな。明日あした観測かんそくもないだろう、一休ひとやすみできるぞ」右馬埜うまのって、窓掛まどかけをうえへやった。まどそとに、西にしローラシア大陸たいりく内陸部ないりくぶ雄大ゆうだい景色けしきひろがる。「右衛門うえもんきみは……を見つけたと思うか」

一文字ひともじだけぢゃアわからん」

「マ、シン……まことだよ。真実しんじつさ。『彗星すいせい』がおしえてくれるものだよ」

 セイエイが会話かいわ長引ながびきにこまがおをしたが、丁度ちょうどなにかをおもして、ケンタウロス銀河団ぎんがだんつい調しらはじめた。一方いっぽう右馬埜うまの奇妙きみょう言葉遣ことばづかいに、ウエモンと、列車れっしゃ廊下ろうかつお千代ちよとはかおしかめていた。

 セイエイは一人ひとりでできるぶん天幕てんまく準備じゅんびえてしまい、自分じぶん携帯端末けいたいたまつを落とした。ウエモンが携帯電話けいたいでんわ通話つうわをセイエイにもこえるようにしてくれた御蔭おかげで、セイエイも、お千代ちよやウエモンとおなじくかおしかめた。だが、ウエモンの背中せなかしに、会話かいわ余韻よいんこだまかえってる。

——まこと。「彗星すいせい」がおしえてくれるもの。セイエイには、みょうおぼえがあることだった。まるで、自分じぶん名前なまえみたいにしたしくかんぜられる。たん真実しんじつ意味いみするだけのが、程迄ほどまで親近感しんきんかんともなえるものなのだろうか。「彗星すいせい」がおしえるのがたんなる観測的かんそくてき事実じゞつだけでないとおもいとともに、疑念ぎねんく。

「『彗星すいせい』がおしえるものか、なんだろうな。天体てんたい起源きげんと、地球防衛ちきゅうぼうえい必要ひつよう手段しゅだんと……くらいだろう。若しかして、異星生物いせいせいぶつ期待きたいしてるのか」

「いや」珍妙ちんみょうまわしをて、右馬埜うまのは言った。「龜裂きれつ我々われ〳〵目撃もくげきすべきは龜裂きれつだよ。崩壊ほうかい一部始終いちぶしじゅう……は日程的にっていてきあやしいが、情報収集じょうほうしゅうしゅうかせまい」

「ハア。『彗星すいせい』の崩壊ほうかいね。右馬埜うまの最初さいしょからえ。木星もくせいのあれだ、シュメール……ちがう、SL9彗星すいせい再来さいらいとか言いたいんだろう。崩壊ほうかい一部始終いちぶしじゅう観測かんそくするなんて滅多めったに無いから、観測かんそくすべきとの意見いけんわかる。大意たいゝはわかった。おやすみ」

 SL9とは、シューメーカー・レヴィ第九彗星だいきゅうすいせいの事である。はるむかしに、分裂ぶんれつして木星もくせい衝突しょうとつし、消滅しょうめつしたと天体てんたいだ。セイエイも、お千代ちよも、其の存在そんざいいた事があった。

——「詩人しじん気取きど

 電話でんわったウエモンが愚痴ぐち言葉ことばにしたことと、お千代ちよ言葉ことば喉迄のどまでかゝってんだことは、なに不思議ふしぎではない。

「お千代ちよ入口いりぐちで聞いているのなら入って来てもかまわなかったのだが」

 右馬埜うまの個室こしつとびらけ、廊下ろうかに立つお千代ちよを見た。右馬埜うまのの居る部屋へやは、廊下ろうかより数段すうだんたかところにあり、廊下ろうかまどこうで、暗闇くらやみなかひか信号機しんごうきぎていくのがよくえた。そして、れを背景はいけいにしてかぶかおにあったのは反応はんのうこま表情ひょうじょうだった。

あさ予定よてい確認かくにんをしたくてたゞけですから。はなっていたみたいなので、っていました。れだけです。会話かいわ中断ちゅうだんさせる必要ひつようのない要件ようけんでしょう。……会話かいわ内容ないようがもうすこちがっていたら、れてれとったやもれませんがね」

「……われてしまえば、うだな。明日あしただが、なにも、とくかんがえることはない。定時ていじ終点しゅうてんいても余裕よゆう充分じゅうぶんある。まんいちおくれても振替ふりか輸送ゆそうがあるからな」

 返答へんとうこまった右馬埜うまのを、お千代ちよしたいたまゝ一瞥いちべつした。れがにらみであったのか、たんなる感情かんじょう欠落けつらくした視線しせんだったのかは、右馬埜うまのにはわからない。思案しあんなかでも、此処こゝ静寂しじまおとずれない。夜行やこう寝台列車しんだいれっしゃ車輪しゃりん軌条きじょうとで定期的ていきてき律動りつどうしつゝ、二人ふたりせて、ひがしへとかっている。お千代ちよ列車れっしゃすゝ方向ほうこうとは反対はんたいき、右馬埜うまの視界しかいからはずれようとした。

「シャワーカードはれだったはずだが」

 廊下ろうか右馬埜うまのからひだりけようとしたお千代ちよに、右馬埜うまのめるようこえけるも、お千代ちよはびっしり文字もじかれた小箱こばこを見せて、ようってしまった。

煙草たばこか……喫煙室きつえんしつのある車輛しゃりょうは、三輛分さんりょうぶん進行方向後しんこうほうこううしがわだったか……」

 右馬埜うまの小箱こばこには、日本語にほんごおゝきく「喫煙きつえん貴方あなた健康すこやかさだけでなく、周囲まわり人々ひと〴〵をもがいします。喫煙室きつえんしつのぞき、煙草たばこむヿはみとめられていません」とあった。


 せま部屋へや何処どこってもであるよう部屋へやに、お千代ちよみずからのれた。車両しゃりょう連結部れんけつぶ程近ほどちかいデッキの一角いっかくまどそと景色けしきせつつ、お千代ちよかおをも反射はんしゃして、まるで「こんな顔立かおだちなのに煙草たばこむなんておかしい」とわんばかりである。実際じっさいにはたんかおうつっているだけであるが、お千代ちよかつけたこといまになってよみがえってたのである。喫煙室きつえんしつせまさは、現代げんだい喫煙者きつえんしゃ肩身かたみせまさをしめようでもあったが、流石さすがかんがぎであるか。「さき大戦たいせん」のころは、戦地せんち兵士へいしたちのあいだ嗜好品しこうひんとして人気にんきだったと言われる煙草たばこはじめみずからをがいして快楽かいらくるものの数々かず〳〵は、いまかげかたちもない。旧時代きゅうじだいよう快感かいかん抹消まっしょうされ、一口ひとくちんだゞけでがい実覚じっかくできるものに調整ちょうせいされている。

 一本いっぽんけむり換気扇かんきせんに吸われていく。

煙草たばこむと云うが、最早もはや此れでは喫茶きっさとは大違おおちがいだな。たしな余裕よゆうもない」

 こんなものは煙草たばこではないと言ったのは、母親はゝおやだったか、父親ちゝおやだったか。「さき大戦たいせん」での従軍経験じゅうぐんけいけんのあるおやは、嗜好品しこうひんとして煙草たばこ重宝ちょうほうされていたことを数回すうかい、お千代ちよかたっていた。れがいまはこめるよう健康けんこう被害ひがいこすとのうったえをつらね、中身なかみ実感じっかんもたらすだけのものになり、煙草たばこ税率ぜいりつ年度ねんどかさねるごとがった。其れでも、お千代ちよは此れをんだ。みずからが現実げんじつるとの実覚じっかくには必要ひつようだったからである。実家じっか神社かみやしろで、現実的げんじつてきでない存在そんざいかゝめか、もっせい自覚じかくする必要ひつようせまられていたのだろう。「さき大戦たいせん以後いご出来でき新派しんぱ神社じんじゃであるお千代ちよ実家じっかは、とく煙草たばこたいする御触おふれなどはなかった。

 回顧かいこ思考しこうひたしていた栫井かこい八千代やちよは、ふと、けぶりしになにかを見た。かゞみとなった窓越まどごしに奇抜きばついろたのである。植物しょくぶつ紫草むらさきいろであるが、其れよりもあざやかで、まるで電子画面ヂスプレイの色を其のまゝ硝子がらす反射はんしゃしたかのごとき色だった。其れが、自分の背後はいご面的めんてきる。巫女みこであるお千代ちよにも、其の存在そんざい正体しょうたい見当けんとうもつかなかった。

「何だ」

 お千代ちよ煙草たばこすのもわすれ、喫煙室きつえんしつとびらけた。途端とたんに、だれかがんだ。お千代ちよは、時折ときおりる、だれかゞ煙草たばこんでいる様子ようすみてわざとらしくひとかとおもんで怒鳴どなりかけた。「何の心算つもり……」だが、其処そこにはおだやかな様子ようすの紺の外套に身を包んだ青年だけが立っていた。お千代ちよおな年代ねんだいか、年下とししただろうか、かおえないが、がいをなすことはなさそうだった。れをて、お千代ちよ支配しはいしそうだった煙草たばこ感覚かんかくんでってしまった。

みません。けぶりと、其のぼうおどろいてしまって」

 青年せいねん冷静れいせいに、しかひどみつゝこたえた。たびこしれる。

ぼう……。の、煙草たばこことか」

「へえ。煙草たばこッて云うんですね、此のけぶりぼう……」

 いくきらわれるようになったとはえ、煙草たばこは、学校がっこう教育きょういくできちんと「健康けんこうがいするもの」の一つとしておしえられているはずだった。違和感いわかんのあるこん外套がいとう青年せいねんていると、先程迄さきほどまで感覚かんかくよみがえってて、自然しぜん回顧かいこはじまる。先刻さっきまであざやかなむらさきひかなにかが、其処そこはずだった。そして、がい実覚じっかくさせるよう煙草たばこ感覚かんかく——れががいであると認識にんしきできるうつゝ感覚かんかくんだのは、経験上けいけんじょう煙草たばこんでいたとき現実げんじつにない遭遇そうぐうしたときによくあることだった。かんなぎ資質しゝつのあるものは、科学かゞくみちあゆもうとも、ものなのだ。

みません」

 なにっているかもわからぬまゝ気付きづけば、お千代ちよは、こと同時どうじ喫煙室きつえんしつとびらいきおいいよくめていた。じるおとおおきさに自分じぶんおどろいてしまう——とびらこわれなかったこと奇跡きせきおもえるほどだった。喫煙室きつえんしつそとでは、煙草たばこけぶりうすまり、はげしくっていたはずこん外套がいとう青年せいねんはゆっくりと此方こちらけ、あきらめのわるかおまゝ列車れっしゃ進行方向しんこうほうこうとは逆側ぎゃくがわあるすゝんでった。姿すがたえるまで、お千代ちよ煙草たばこあじかんぜられず、一本いっぽん煙草たばこ灰皿はいざらとうじた。

 こん外套がいとう青年せいねんまとう、ならざる気配けはいかんぜられなくなったとき、お千代ちよ脱力だつりょくして弱々よわ〳〵しく喫煙室きつえんしつゆかとした。二本目にほんめすと、お千代ちよゆるめ、をつけ、溜息ためいきけぶりいた。なま感覚かんかく。だが、ひとがいするあじのする煙草たばこより、先程さきほど経験けいけんほう余程よほどちかかった。栫井かこい八千代やちよは、れが、観光列車かんこうれっしゃアルチヤスごうでセイエイとウエモンとがわせた人物じんぶつきり三竹みたけとラドバヴァールで融合ゆうごうした存在そんざいであると気付きづいていたわけではない。ただ、とでもうべきか、違和いわしょうじているなにかを巫女みことしてかんっただけだった。

ねえさんが失踪しっそうしたときも、こんなかんじだったのかな……」お千代ちよには、其奴そいつあられたことなに意図いとがあるようかんぜられた。れは、こといるのだろう。「無気力むきりょくにもやられてしまったのからね」

 だが……方法ほうほう観察かんさちとゞまっているとはかんがえられない。お千代ちよは、「れ」がラドバヴァールできり三竹みたけんだ——融合ゆうごういた存在そんざいであると気付きづかないまでも、此の世界せかいうまれたものでない事は容易よういさっせられた。そして、脳裡のうりべつ人物じんぶつおもかぶ。実家じっか巫女みこいで、自分じぶんきたい大学だいがくかせる余裕よゆうしてくれた、しかし、大学卒業だいがくそつぎょうの前に姿すがたしたあね栫井かこい小雪こゆきの事をおもかえす。

ねえさん……」

 観測計画かんそくけいかく西端せいたん地点ちてんたるナラヒア諸島しょとうからひがしへ、西にしローラシア大陸たいりくもどって本来ほんらいならば観測かんそくなく休養きゅうようるはずの一日いちにちだった。観測かんそくがないとことかわりはない。しかし、今日きょういだいていた休養きゅうよう希望きぼうは、緊張きんちょうされてしまったようだった。すくなくとも、こんな奇妙きみょう出来事できごとを、詩人しゞん気取きどりな——本当ほんとううかはいておいても、栫井かこい八千代やちよからはえる——右馬埜うまのつたえるまったくなかった。一瞬いっしゅんか、数分間すうふんかんか、立上たちあがろうとしてから実際じっさい立上たちあがるまでに、列車れっしゃおとひゞかせていた。隧道ずいどうっていたらしい。

「もうよう……」

 灰皿はいざらみじかくなった煙草たばこけ、けむりえたこと確認かくにんして喫煙室きつえんしつる。——検知けんちしたときには散水機さんすいき作動さどうするはずであるが、其の形跡けいせいまったくないのを不思議ふしぎおもいつゝ、右馬埜うまのとはべつ個室こしつまえかう。其のとびらまえ入力にゅうりょくする暗証番号あんしょうばんごう四桁よんけたすで設定せっていしておいたものである。其れはわすれるはずもない、姉妹きょうだい誕生日たんじょうび数字すうじの和や積をとっていじくったものであった。

——磑風舂雨がいふうしょううわたしおもうに、お千代ちよ体験たいけんなんらかのきざしなのではないだろうか。


 お千代ちよ奇妙きみょう体験たいけんこるすこまえ右馬埜うまのとの通話つうわえたウエモンはセイエイの居る天幕てんまくもどっていた。

報告ほうこくにしてはながかったね」

右馬埜うまのってやつはなはじめるとながい。迂遠うえんまわしをする。迂遠うえんにもほどがあるくらいのな」

 不服ふふくを言いつゝもウエモンは、セイエイが用意よういした天幕てんまく部品ぶひん協力きょうりょくしてはじめた。

「シューメーカー・レヴィ第九彗星だいきゅうすいせいと、いそいで準備じゅんびしたこととがつながるとはおもえないけど、ウエモン」

「知らんさ。右馬埜うまのとお千代ちよとの場所ばしょよるなんだ、はやかせたほうがいい」

 天幕てんまく固定こていするくぎむウエモンのが、今日きょうすこ乱暴らんぼうえた。だが、打ち込む内に無心になる。人間用天幕にんげんようてんまく二張ふたはり、望遠鏡ぼうえんきょうはじめ観測機器かんそくきゝ保護ほどするものを一張ひとは設営せつえいし終えると、すで普段通ふだんどおりのウエモンである。宿やど部屋へやからにわ寝袋ねぶくろした後、準備じゅんびまえはなしていたことおもした。

わすれてたけど、チームの仮分析かりぶんせき結果けっかがあったね。ウエモン、見たいか」

うだな。見ておくとしよう」

 宿やど室内しつない計算機コムピュウタ入力にゅうりょく装置そうち画面がめん操作そうさし、「彗星観測すいせいかんそくチーム」のめる領域りょういきページ辿たどく。其処そこ目当めあてのものをつけた。れにれると、情報じょうほう二人ふたりながんだ。

出来できれば、すべ自分じぶんりたいんだがな」

 チーム分析班ぶんせきはんによる報告書ほうこくしょみつゝつぶやいたウエモンに、セイエイのくびかしいだ。

「其のため観測かんそくぢゃないの」

「マア、然うだが……一人ひとりでやってしまいたい。他人たにんまず」

 報告書ほうこくしょそゝがれるウエモンの視線しせんは、何時いつよりもかたく、くび微動びどうだにしない。ウエモンはしるされたなにかをおもめているらしかった。

観測かんそくチームは有志ゆうしでしょうに、ウエモンはうのね」

 二人ふたり報告書ほうこくしょむ事にふたゝ注力ちゅうりょくしたが、仮分析かりぶんせきと云うこともあって重要じゅうようそうな情報じょうほう見当みあたらなかった。報告書ほうこくしょもどしたながれのまゝ寝袋ねぶくろくるまった二人ふたりは、其のからだ野原のはらの上にき、「彗星すいせい」のある夜空よぞら視界しかい一杯いっぱいおさめた。

「あの試用しよう以来いらいだね」

 セイエイは然う言いながら、森林鉄道しんりんてつどうで過ごした時間じかんを思い返す。野生動物やせいどうぶつで少しおくれたのだったか……然う言えば、セイエイは生物せいぶつ生物せいぶつであると意識いしきしてていない気がする。車内しゃないにある程度ていど学生がくせいが居たとはいえ、二人ふたり通路つうろはさんだべつ座席させきすわっていた。いまようちかくなったのは、其れから……事前じぜん会合かいごう途中とちゅうみちまよい、はぐれない様に手をつないだのがきっかけになるだろうか。

「あゝ、あれからまともに見ていなかったな。鳳嶺ほうれいで見たは見たが、観察かんさつ出来できてなかったし、な」

 むしひゞ夜空よぞらは、らばり、かたまる星々ほし〴〵背景はいけいに、二束ふたたばかみなびかせる「彗星すいせい」がおうごと支配しはいしていた。みじか華々はな〴〵しい太陽たいようとの二重奏デュエットだ。恒星間天体こうせいかんてんたいである「彗星すいせい」——ユゴスにとっても、太陽たいようにとっても、地球ちきゅう文明ぶんめいにとっても、此れが最初さいしょ最後さいご演奏えんそうなのだろう。重力じゅうりょく影響えいきょうで「彗星すいせい」が太陽系たいようけいとらわわれたりしないかぎりは。

 ちり電離気体でんりきたいとがかゞいてえる。科学的かがくてき意識いしき世間せけん根付ねづいていなければ、終末しゅうまつだのなんだのわれそうなほどあかるい。「彗星すいせい」はいま肉眼にくがんでも充分じゅうぶんとらえられる、所謂いわゆる大彗星だいすいせいとなっていた。みゝませば、むしこえじって、人間にんげん会話かいわこえてる。観光客かんこうきゃく現地げんちひとかはわからねど、かゞやれについかたらっているにちがいない。

 「彗星すいせい」の片方かたほうあおかみていると、セイエイはなにかをおもした気分きぶんになった。だが、其れをおもまえに、便意べんいおとずれた。夕食ゆうしょく饂飩うどんえらんだのは、連日れんじつ様々さま〴〵なものをべた所為きがれたものしかべられないがしたからだったが、其れに附随ふずいして消化しょうかの良さが悪戯いたずらした様だった。とは言え、生理せいりあらがはない。

御免ごめん、お手洗てあらいにきたくなってまったわ」

「あゝ……」ウエモンは、宿やど個室こしつをやるも、其処にあるのは洗面台せんめんだいのみであったとぐにおもす。宿やど案内図あんないずおもかべて、反対はんたいもりほう指差ゆびさした。「お手洗てあらいなら、にわの、おく……丁度ちょうど其処そこ入口いりぐちおくにあるはずだ」

難有ありがとう」

 寝袋ねぶくろしたセイエイは、寝袋ねぶくろ自分じぶん天幕てんまくみ、ウエモンのほうけた。セイエイがちかづくと、お手洗てあらいへの看板かんばんひと感知かんちしてあかりがいた。じつうと、わたしは「セイエイ」が人間にんげんとして排泄はいせつりたくおもっていたが、まあ、「マコト」におしえてもらうほうがいいのかもれない。然う思うのは——「マコト」は気付きづいていないようだったが——一回いっかい好奇心こうきしんまゝ接吻せっぷんをして、接吻せっぷん特別とくべつ人間にんげん同士どうしおこなうものであると一瞬いっしゅんにしてって後悔こうかいしたことっているのだ。

 ウエモンは、しばら一人ひとり夜空よぞらながめることにしたらしい。「彗星すいせい」を見て、一言ひとこと

「父さん……」

 しかし、其のつぶやきを自覚じかくした途端とたんに起き上がり、天幕てんまく移動いどうしたのだった。其れは、きっと、聞かれたくないことだったからなのだろう。


 看板かんばんしたがってもりるセイエイは、途端とたん景色けしきかわったこと驚嘆びっくりした。夜空よぞら木々きゞかんむりおおわれ、草叢くさむらはもっとしげくなり、お手洗てあらいへのみち善意ぜんい舗装ほそうされている。つまり、みち周囲しゅうい地面じめんあるけるようなものでないと云うことだ。時折ときおり左右さうひらけた場所ばしょになっているのが確認かくにんできたが、みちやま尾根おねよう起伏きふくはげしく、左右さゆうられたあみられたつなさく手摺てすりにぎらねばちるよう場所ばしょいくつかあった。れは眠気ねむけ幻覚げんかく本当ほんとうかはからない。

 だが、眠気ねむけであろうとおもいたくなる景色けしきであったのはちがいない。おかつくようひらがるくさむらは、セイエイが右足うそく一歩いっぽすゝめると右側うそく一気いっきかたむき、拍節器メトロノオムごとくに減衰げんすいしつつつゞける。左足さそく左側さそく一気いっきかしいで、おなじくれていく。かぜはなかった。かぜ存在そんざいわすれるような、たしかにさわやかな空気くうきなか草木そうぼく奇妙きみょう弥次郎兵衛やじろべえしていた。かされたよう心持こゝろもちになりつつもすゝんでくと草木くさきあいだにある、せまくも、たしかにたいらな場所ばしょた。其処そこにはしろいお手洗てあらいがあった。電灯でんとうまばゆらす其処にり、ませるべきものをませた。

 余裕よゆう出来できたセイエイは、かわやからでて周囲しゅうい確認かくにんした。……あれだけ風情ふぜいのあったむしこえ一切いっさいない。にわからそんなになが距離きょりほどとおくもないのに、森林しんりん吸収きゅうしゅうされてしまうのだろうか……にわいたむしこえは、周囲しゅうい森林しんりんからこえているがしていたのだが。自己じこ吸収きゅうしゅうされたような、られたような、不思議ふしぎ感覚かんかくいだきつつも、もどる。よくると、途中とちゅうひらけた場所ばしょにはくらくてよくえないが、なにかがかれているのがえた。巨大きょだいなにかである。セイエイは、左手ひだりてあらわれたれをつめているときなにかをいた。まあ、わたし心配しんぱいぎてをかけたのだが。

うしたの」

 セイエイは方向ほうこうかおけたまゝちかくの看板かんばんをやった。うやら、夜間やかん閉鎖へいさされる遺跡いせきがあるらしい。……何故なにゆえか、いまになって背筋せすじふるえた。

「ねえってば。わたしこえわすれたわけぢゃないでしょうね」

 セイエイは見知みしらぬこえを、だれもいないもりいた。だが、しかすると、まばたきをすれば正体しょうたいえるかもれないとう、かされたとき対処法たいしょほうみたいなものが脳裡のうりぎる。非科学的ひかがくてきである。だが、セイエイは眠気ねむけなかれを判断はんだん出来できはずもなく、まぶたげしはじめた。何故なぜかはからない。次第しだいまぶたうごききはとろくなって、一瞬いっしゅんがもうかぬのではないかとおもえるほどつかれをかんじた。しかれもつかことれは、眼前がんぜんたび相棒あいぼうひよいと複数ふくすうなにかとがいるのをにした。

「あ、きたかしら。、おつかれみたいね」

「あゝ、あゝ……」

 「マコト」は、ひよいにいだめられているのをはだかんじつゝ、「セイエイ」の記憶との明確な繋がりを自覚して戸惑いながら応えた。先程迄、「セイエイ」は道の上、柵の手前にいた筈だが、「マコト」は柵の奥、遺跡の中に足を踏み入れている。後ろに人の姿はない。上を見る。夜空には、「セイエイ」がウエモン——マコトにとってのの様な相棒と認識する存在——と共に見た、「彗星すいせい」、恒星間天体ユゴスが明るく輝いている。

 マコトの困惑の原因を自身の行動にあると勘違いしたひよいは自慢げに胸を張った。

「何う、マコト。『セイエイ』の観測が上手くいく様に、此処の神様達にお願いしてたのよ」

「ハア。……エ、ハ」マコトは何から問うべきか分からず、神々かみ〴〵を呆然と眺めた。赤い鳥、黄色い蜻蛉あきつ、赤いアノマロカリス、羽のある棒人間。「神様——字義通りだよな、ひよい」

「然うよ」

「何て事を……。あと、何時から……」

 言い切る前に焦りに喘ぐマコトは、見知らぬ神に罰当たりな事をしたのではないかとの心持ちである。其処に、近づく神が一柱。其れは、文字であった。何を意味しているのか分からないが、其れが、画面がめん日本語にほんご字幕じまくの様に、仮名かな真名まなとの混じった文章ぶんしょう流暢りゅうちょう表示ひょうじした。

我々われ〳〵きみ歓迎かんげいするよ。ひよいくん失礼ひつれいをした訳ではないから安心あんしんたまえ」

「ハア……あな、ア、……貴方あなた、は、なんべば」

「マコトくんの好きな様にべばいい。わたし名前なまえはテサノタだ。を付けてくれる信者しんじゃも少ないから、わたしは気にしないよ」表示ひょうじして、一瞬いっしゅんおく一歩いっぽ——文字もじ移動いどう助数詞じょすうしを歩と云うべきであるか分からないが——戻ろうとしたものの、躊躇ためらって、セイエイに告げた。「一応、呼び方は夫々それ〴〵で確認してくれよ。無礼でも、『仏の顔も』、ね」

「三度まで……日本語の慣用句にお詳しい様で」

 セイエイ……あ、間違えた。マコトの問いに、文字のテサノタは答えた。

「今の信者に日本語が分かる人が多いからね」

「ヘエ。然う言えば、マコトの母語って日本語って言うんだね」

 ひよいの反応を見るに、何うやらテサノタが日本語を教えた訳でもない——思い返すと、ひよいとマコトとの意思いし疎通そつう最初はじめから問題なかった。テサノタの言を鵜呑みにすれば、日本人に信仰される神々かみ〴〵の一柱ではあるらしい。併し、テサノタと云う名前は聞いた事もない。然う思案しつつ、テサノタの歩みに合わせて遺跡の奥、宴会か何かを催しているらしい場所へ歩く。

「日本語を知らなんだのか。ずっとひよいも日本語で喋ってる思っとったが」

「エヽ。わしはしか話さんよ」彼れの言から考えるに、トクシマシカの口、と云うのがひよいの話してきた言語名らしい。「……旅人の装置に翻訳機でもあったのかね」

「サア」

「ウミュミュ……」

 考え込んで視線を下へやったひよいを見やっていたマコトは、立ち止まって周囲まわりの様子を見た。くさむらは既に背後に移り、室内へ入っている。薄暗くもあり、煌めていてもいる様な空間は、外から見た時以上に大きく見えた。而て、内装は新しくも簡素で、大型商業施設の吹き抜けの一階に立っている様に錯覚しそうになる。併し、よく見ると、壁紙はうごめいている。其れは、何かが書かれた文字列が縦横無尽に壁を這っているのだった。其の文字列は、何故か読めた。一般的に見て、常識である事しか書いていない。此の神々かみ〴〵が若し、歴史れきしある宗教しゅうきょうであったとしても、人気にんきの出る様には思えない。だが、マコトには一つ、心当たりがあった。「セイエイ」の記憶きおくにあるジョーク宗教アヴンフ——科学かゞく信仰しんこうAFNFである。ミタケ——きり三竹みたけ——と会話かいわわしたか……確か、常識じょうしきでしかない教義きょうぎかえってこゝろさゝえになったと云うものだった。

「日本語が分かるのに、我々を知らないとは、珍しいのもいるのね」空中に浮遊する赤いアノマロカリスが言った。一瞬、加熱された海老に見えたが、其れは言わないでおくとした。「アルノワーよ。私はマイナーだから、知っている人は少ない事に慣れてるわ」

「アルノワーさん……で、いいですかね」

「勿論、構わないわ。偶然とはいえ、折角だし、楽しんで頂戴ね」

 アルノワーは飛んで、通り過ぎていった。其の様子は、海中を泳ぐアノマロカリスの復元図に抱いた心象と全く同じで、煌めく天井が海面から差し込む太陽の様だった。minorであるとアルノワーは言うが、此の神々自体がminorではないのだろうか。抑々、知名度は全くない筈である。

「ねえ、マコト。翻訳だけどさ……存在を仮定した方が都合がいいから、あると考えるわ。此れ迄旅してきた場処、気候も歴史も、風土もばら〴〵だったぢゃない」

「然うだね……」だが、マコトには翻訳機の存在を実際に確認する方法が思い浮かばず、暫し黙った。「ぢゃあ、此処を識ろうか。其の内、翻訳機の実在の手がかりも見えるかもね」

「エヽ……まあ、然うでしょうね」

 かぶテサノタが丁度ちょうどふたゝびとなりにて、ほか神々かみ〴〵じゅんめぐろうと提案ていあんした。

わすれてたね。AFNFエイエフエヌエフ饗宴きょうえんへようこそ、マコトくん、ひよいくん

 AFNF。矢張やはり、神々かみ〴〵科学かがく信仰しんこうAFNFアヴンフ存在そんざいらしい。しかし、マコトはAFNFについいた「セイエイ」の記憶きおくがあるにはあるが、神々かみ〴〵はなしなどいたこともなかった。AFNFアヴンフまでジョーク宗教しゅうきょうであり、骨子こっしは、「もし文明ぶんめい潰滅かいめつし、科学かゞく記録きろくのこっていたら、人々ひと〴〵れを信仰しんこうするか」みたいなものであったはずだ。だから、存在そんざいっていても、信者しんじゃ自称じしょうするひとらなかった。世界せかい潰滅かいめつしてもいない——潰滅かいめつしかけたものの、奇跡きせきともいえる「地球復興ちきゅうふっこう」をげたからである。

なに質問しつもんはあるかな、二人ふたりとも

饗宴きょうえん……黄泉戸喫よもつへぐいはありますか」

「ブフォオ……ハヽ」テサノタは笑顔えがおのアスキーアートを表示ひょうじした。しかし、ひよいはなんことだかわかっていない様子ようすだ。「くわしいね。ものはあるが、二人ふたりにとって『べる』と動詞どうしもちいるのは不適当ふてきとうなものだろうさ」

「……」

つまり、にしなくていい。我々われ〳〵おなものだ。ちょっとちからつよいだけのな。だが、このみはちがう。然う云う事だ」

 然う、文字もじかたる。其の時、ひよいはマコトの言った黄泉戸喫よもつへぐいなにか思い出した様だった。

「さア、先ず……のネルチャガンからにしようか。おさだ」

 テサノタさんは片手かたてのアスキーアートになって、此の建物たてもの一番奥いちばんおくを指した。黄色きいろ蜻蛉とんぼまっている。其れがAFNFエイエフエヌエフおさであると云うのは、其の黄金の様な体表たいひょうを見て納得なっとく出来た。

「マコトくん、ネルチャガンだ。おさをやらせてもらってます」

 複眼ふくがんがマコトとひよいとをつめた。もの複眼ふくがんよりこまかく、明瞭はっきり二人ふたりぞうむすんでいた。

「丁度いい。ネルチャガンさん、一つ、AFNFエイエフエヌエフに就て質問しつもんがあります。僕の知るAFNFアヴンフはジョーク宗教なのです。皆さんの名前も聞いた事が御座らんもんで……本当に、此処、ナラヒアに存在するんですよね」

「ナラヒア……」其の一言で、マコトから喧騒けんそうとおざかったがした。「我々われ〳〵が居る此処このところ地名ちめいがナラヒアなのか」

「エッ。はい。ナラヒア諸島しょとうマヒラとうです」

うか……海域かいいきは」

北太平洋きたたいへいようのタロアです」

「ン…………ㇱゥ」

「……」

 わきに立ったテサノタが蠢いた。

「実は此処で目覚める前の記憶が抜け落ちててね。マコトくんほうくわしいと思うよ」

 助け舟を出すかと思われたテサノタの字幕に、マコトは困惑した。「セイエイ」の記憶から、此処が確実にマヒラ島である事は明白だと考えていた。遺跡もあるのだから今此処に居て饗宴きょえんもよおしている神々かみ〴〵が地名など知らぬ筈は無いと思っていたもんだから、マコトはびっくらこいてまった訳である。

「誰かくわしそうな人は居ないのかな。マコト」

「エエトネ。神話に精通してそうなのはお千代かな」

「あゝ、好いね」最早マコトはひよいに今更セイエイの事を何故知っているのか問う気も起きなかった。「丁度、何処かに居るでしょう」

「でも、今連絡したって……」

「其の手に握るものは何」

「え」マコトは其の時になって初めて右手に何かを握っている事を自覚した。持ち上げて見ると、「彗星観測すいせいかんそくチーム」のキーホルダが光に煌めく。「携帯電話けいたいでんわだ……」

 通話履歴つうわりれきを遡ると、お千代の番号があるが、いま通話つうわすべき相手は此れでは応答しない気がした。目を閉じ、お千代と通じるであろう番号ばんごうを打ち込んだ。完全かんぜん出鱈目でたらめ入力にゅうりょくである。しかしし、「セイエイ」が見た記憶きおくがマコトに確信かくしんを与えていた。アルチヤス号の後、ゲドマンシュでの出来事だ。

——「……番号を教えます。寺内君の携帯電話を貸して下さい。電源が入ってさえいればいいですから。自分で書き込みます」

 非科学的な動作をする桐三竹。約半日を共に過ごした相手との夕食では、彼れとの連絡先の交換をも行ったのだった。

——「はい、大丈夫です。繋がりたい時に繋がる様になりました」

 桐三竹が此の携帯電話に対して行ったのは具体的な操作ではなく、胸に抱えると云う祈る様な動作だった。概して、仰々しい物言いをした桐三竹を、「セイエイ」は冗談だと流せずに居た。中でも地球人を意味する「同胞」は、桐三竹の中の言葉遣いでも独特だった。まるで過去の空想科学作品からやって来た様な、世界平和が完全に実現していると言わんばかりの口調——或いは無知を示していたのか……。

「マコト。構造から考えて、通話開始つうわかいしさねば発信はっしんしないよ」

「アッ、いかん〳〵」

 っているようらない寺内てらうち情栄せいえいと云う人間に就て考えるのをめ、マコトは通話つうわ開始かいしした。

此方こちら栫井かこい其方そちらは——」

「セイエイ。寺内てらうちです」

「ネエ、本当ほんとうに寺内なの。今、私、訳の分からない場所に居るんだけど」

 マコトには確かめようがなかったが、同じ頃、栫井かこい八千代やちよは夢の中でありつつも現実の様で然うでないものに囚われていた。

「……精神干渉、なんて高度な芸当が出来るとは思えないけど」

 栫井かこい八千代やちよ現実げんじつからだは、夜行やこう寝台列車しんだいれっしゃ個室こしつなかねむっているはずであるが、栫井かこい八千代やちよの精神は、窓が一切無い大型の乗合自動車オムニバスの中、或いは其れを模した何かの中にあった。左右の座席に挟まれた通路に立って、お千代は進行方向を見つめている。

御乗車ごじょうしゃ難有ありがとアう御座ございます。つぎはア、新道見附しんどうみつけ御座ございいます」

 懐かしい地名を読む運転手の声が聞こえるが、運転席は見当たらない。乗客の姿も見える様で明瞭でなく、輪郭だけが目に映る。其れはまるで、合成の際にふちが荒くて背景と合っていない時に似ていた。

「要件があるなら早くして頂戴。安眠したいから」

 お千代が発言したとほゞ同時に乗合自動車オムニバスが停車し、扉が開いた。其処からすかさず外へ出る。

「御免ね、夜遅くに」

 セイエイ——を名乗る何か——の声が、お千代の脳裡に響く。夜遅くなのは確かだろうが、其れは西ローラシア大陸の時間帯(UTC-7くらいだろうか)であって、UTC+9の日本では日のかしいだ午後である。

「……大分、夜も遅い筈だが……寺内もでしょう」

「然うなるね。一寸ちょっとだけ気になる事があってね」

 お千代は乗合自動車オムニバスが扉を閉め発車していくのを見つつ、セイエイの言葉で頭が揺さぶられる様な感覚を抑えようと頭を押さえた。最初こそ携帯電話けいたいでんわから着信音が鳴ったが、其れからセイエイの声はずっと頭の中を反響し続けている。

「手短にね」

「わかった。実家の神社に就て知りたくて、御祭神、覚えてるか。教えて欲しい」

「エ。急に何うしたのよ……。実家の神社が新宗派なのは話したっけ……まあいいか、記録とかの神よ。昔からの伝統的な存在なの。筆名はよ」

「難有う」

 お千代はバスの停留所の看板にもたれて、セイエイの声の響きが去るのを待った。落ち着いたかと思った矢先、今度は何かが来た。音声ではない。音声の様に本質的ではないが、意思疎通の為のものである事は理解できた。頭の中に響き渡る今のセイエイの声よりも恐ろしくて身構えてしまったが、其れが「文字」である事を、眼に異物が入り込む様な激痛と共に

「我が……伝統的だってさ」

 視界に文字が浮かび上がり、目を閉じても消えない。縦書きの達筆な文字は、巫女として必要に応じて文通するお千代が見慣れた文字だった。相手の名を何時も呼んでいる様に呟く。

「テサノタ……」

「難有うね、お千代。お礼は今度するよ。ぢゃあ、切るね」

「あ——」

 呟きは拾われなかったらしく、お千代がテサノタに就て問い詰める前に、電話の様で電話でない会話は切れた。続けた所で、頭の中に直接話しかけられる感覚に耐えられたとも思えないが、然う思ったのは随分と時間が経って冷静になってからだった。頭の中を疼かせるセイエイを名乗る何かの声、而て激痛を伴う直接的なテサノタと思しき意識の二つが、お千代の感受だけでなく理性をも支配しようとしていた。

 電話が切れ、次第にテサノタの文字が消え去る。代りに、遺物を排除する為の涙が溢れ始めた。下瞼したまぶたに溜まった時点で濁り切っていた。

「何うしてテサノタが居たんだろうな」

 墨の様な涙を流し切ると、服の汚れも気に留めず、お千代は立ち上がり、周囲の景色を眺めた。旅の中で見た夢の場所は此れ迄、恐竜の居る森など、突飛なものが多かった。併し今回は、まるで既視感の塊である。矢張り、お千代は此処に来た覚えがある。谷間の村を囲む竹林と針葉樹林との景色を鑑みる。運転手の居ない乗合自動車で聞いた、新道見附しんどうみつけと云う村である事は間違いなさそうだった。新道見附しんどうみつけはお千代の住まう斗部とべに程近い集落で、お千代は何回か行った事もある。……幼少期に聞いた話では確か、何かに化かされる事の多い地域だったか。狭い谷間に沿って鉄道と道路と住宅とが並んでいる景色の直ぐ近くには山があり、狐も狸も居そうだった。だが、人の気配は全くない。然うなれば、交通機関も期待できまい。

「何うやって帰ろう……」

 其の呟きにいざなわれたのか、列車がやって来る。だが、昔に引退した筈の車両だった。駅は、最近新設された新聞を聞いた気がしたが、集落に置かれておらず、列車は減速せず内燃機関エンジンの音を響かせて疾走する。其れを目で追っていると、まちらしい人気ひとけがない事に気がつく。ひなびた部落にしてはかなり頑張っている所、と云うのがお千代の最近の認識だったが相違する。

「案外速いんだね」

「然うね……」

 其処に、二人ふたりが喋りながら来た。声からして身体性は女だろうか。

雪姉ゆきねえ、話を聞きに行く相手は此処の職員なんでしょ。大丈夫なの」

「お千代、安心しなさい。今は辞めてる元職員だし、直に体験された方だから」

 少年をお千代と呼んだ若人の声で、栫井かこい八千代やちよは過去の体験を見ている事を自覚した。姉のお雪こと栫井かこい小雪こゆきは巫女を継ぐ前から、怪異の情報収集もしており、妹のお千代は其れに同行する事もあった。情報収集は体験者に話を聞いたり、民俗資料館に行ったり、お参りしたり様々だった。時折、よく分からない人に話しかけられ、此れだけ信じればよいのだ、他の神仏——其奴が言うには、あんなもの——など信ずるなど言語道断、など捲し立てられて辟易した事もあったが、概ね好奇心を満たすいいものだった。

 此の日は、狐に関する話を聞いたのだったか。随分と昔にあったと云う仮乗降場の設置に際して、狐と遭遇したと云う関係者が居たとかだった覚えがある。

「狐さん、ねエ……」

「オヤ〳〵——私を呼んだかい」

 其の時、お千代の耳に囁く声があった。お千代が見ている姉妹きょうだいにではなく、観察者のお千代にである。

「見るにイ……君は、七十二丁目神社のかんなぎさんかな」

 背後を振り返ると、其処には妖しい狐が居た。彼れが「私を呼んだ」と言ったと云う事は、お千代が無意識の内に呼んでしまったのか。

「珍しいネエ……おっと、君には消えてもらおう」

 然う言って妖狐は、微かに震えるお千代を他所に、指を私の目に近づけ——待て、語り手がいなければ物語は……

五月蝿うるさいねエ。かんなぎさんと二人ふたりきりにさせて下さいな」

 ————……ッ。流石に私も目潰しを喰らうわけにはいかず、其の足を地に付け、栫井かこい八千代やちよと狐とから離れていく。

「……姉さん……なのか」

 私の姿を見つけた栫井かこい八千代やちよは、外見に姉との共通点を見出したらしかった。青い目に青い髪の私を然う見做すとは不思議なものだ——だが、姿を見せている以上、今、お千代ちよの内面を語る事は出来ない。

「ヘエ……」

 暫く後退あとずさり、私は空を飛んで此の視点を今の私に統合させた。

/*視点変更*/

 マコトは、「セイエイ」の関係者である栫井かこい八千代やちよとの通話の途中でテサノタが文字の大きさを小さくして伝えた、「我が……伝統的だってさ」と云う言が気になっていた。

「何う云う事ですか。僕の知るジョーク宗教AFNFアヴンフは新し過ぎだ。其れに、テサノタさん、貴方の所属する宗教はAFNFエイエフエヌエフだけぢゃないのでは——」

「其れはAFNFと云う言葉の問題だ。意味が広過ぎる。地球が崩壊してからは勿論の事、地球中で信仰されていた時代も多様だった。異星人の時代もね」

「……」

 マコトは返すべき言葉を見失った。其の代わりなのか、ひよいが呟いた。

「最近は地球がよく崩壊するね」ひよいの呟きで、一柱、赤い鳥が二人ふたりを向いた。「此の前、J7ESFのサナエさんとこぢゃあ『歴史汚染』だったのと、あと、ゼエゲも崩壊してなかったっけ」

「ゼエゲは一国家だったろう。其れにゼエゲに関して言えば母星の名前を識れてない」

 迂遠な言い回しにはなったが、ひよいは地球を一つの国家として捉えていたらしかった。流石に、神々かみ〴〵はゼエゲの事を知らなかったが、J7ESFと云う言葉に反応した。

「ネエ旅人君たびびとのきみぼく移民船団いみんせんだん詳細しょうさいおしえてくれないか」

 あかとり固有名詞こゆうめいししかしていなかったJ7ESFについ移民船団いみんせんだんであるとこと即座そくざ見抜みぬいたようだ。しかすると、そんなことはなく、翻訳ほんやく都合つごうで「日本国第〇〇七移民船団にほんこくだいなないみんせんだん」と名前なまえつたわったのかもれなかった。——ン、えば「セイエイ」は日本のこと新生しんせい日本国にっぽんこく」で略称りゃくしょうはNNとっていたな。れではJ7ESFとの略称りゃくしょう理由りゆうからない。

 思案をしつつも、マコトは赤い鳥——ナルアッヺンに斯く〳〵然々を伝えた。

面白おもしろいね。僕達ぼくたち地球ちきゅう文明ぶんめい顛末てんまつにそっくりだ」

「ナルアッヺン、おまえおぼえてるなら最初さいしょからえよ」

なんだと、クハベズルヴ」

 あかとりナルアッヺンにはねのある棒人間ぼうにんげんクハベズルヴが文句もんくい、喧嘩けんかはじまってしまった。饗宴きょうえん建物たてものなかまわいである。れをつつ、黄色きいろ蜻蛉とんぼネルチャガンがとまからった。思索しさくこのむネルチャガンは、マコトにはなしかけた。

「……何処どこまでおぼえているか、差異さいがありそうだな。またなぞんだな、マコトくん

 ネルチャガンの言う謎は先程のテサノタが栫井家かこいけ実家じっか神社じんじゃ信仰しんこうされているのかとことしているらしい。

「ええ。J7ESFは、異星人いせいじんとの戦争せんそう歴史汚染れきしおせんこうむり、小惑星しょうわくせい系外けいがいへと脱出だっしゅつしていったとかたっていました。AFNFエイエフエヌエフって、其の時代の宗教なんでしょうか。異星人の時代は、地球ちきゅう文明ぶんめいが異星人へ文化を伝えたと云う、其の、雰囲気で」

「……君はJ7ESFにを見たか、否か」

 ネルチャガンはマコトの質問に答えず、マコトとの話をじっと聞いていたひよいの上にまった。

「私ですか。いえ。あれは模倣品もほうひんです。私に似て、起源の違う……宇宙船と制御せいぎょ人工智能。神はおりませなんだ……」

 ひよいが言葉を紡ぐ内に他の神も周囲に集まって来た。ナルアッヺンとクハベズルヴとが出していたやかましい騒音も何時の間にか止み、ネルチャガンとひよいとを囲んでいた。

「ナルアッヺン、お前は何処どこまで記憶きおくがあるか」

「最初から語りますね。地球以前、我々はヺニに信仰されていました。地球を超越した技術を早期に獲得したものゝ課題は山積し、結果、或る種族——キ・ヷ・ヺニが惑星から逃れ、地球に漂着した。併し惑星の支配者、リがキを追った。地球ちきゅう文明ぶんめいはキを迎え入れたが二度目の世界大戦を起こした責任を自らに対して異星——キの技術の封印と云う形で示した」

 赤い鳥のナルアッヺンの語りを聞いていると、本当の世界は其れで、自分の知る世界は偽物にせものの様に思えて来る。

「だから、平成へいせいの戦争でリの侵掠しんりゃくを防ぎ切れなかった。太陽系に惑星を破壊して混沌を齎し、地球ちきゅう文明ぶんめいはリによる黒化こっかなやまされた。対策たいさく検討けんとう結果けっか地球ちきゅう文明ぶんめいはキの技術ぎじゅつ再興さいこう注力ちゅうりょくし、キに天啓てんけいもたら種族しゅぞく——僕達ぼくらにも協力きょうりょくを申し出た。協力した結果、地球ちきゅう文明ぶんめいとキとはリに勝利したが、黒化は進行しんこうし、歴史汚染れきしおせんが始まった。新旧しんきゅう混乱こんらんした」

 其処迄そこまでってから、赤い鳥ナルアッヺンはつくえうえび、其の見た目に反して蜂鳥はちどりの如く花を吸った。休憩きゅうけいの様である。其れにしても、異星人いせいじんだとか、AFNFエイエフエヌエフ神々かみ〴〵が地球人の仲間キ・ヷ・ヺニに天啓をもたらしていただとか、重要じゅうようそうな事を簡単かんたんに流すものだ。今となっては、或いは私達わたしたちには、強調きょうちょうする必要ひつようもないのかも知れないが。

たしかに、此処このところまでは……」ネルチャガンは周囲しゅうい見回みまわす。「皆がおぼえているようだ。だが、問題もんだいはJ7ESFと、其れにいた経緯いきさつだ。小惑星しょうわくせいでの安寧あんねいは……ナルアッヺン」

「ちゃんとかたりますよ。二人ふたりの為めにくわえておくと、歴史汚染れきしおせん過去かこ改変かいへんされて現在げんざい現実げんじつ変更へんこうされてしまうことです。『黒化こっか』の名称めいしょうは、歴史汚染れきしおせん物質ぶっしつ浸透しんとうはじめて歴史れきし変更へんこうされはじめたとき物質ぶっしつしめす、一時的いちじてきひかり情報じょうほうが消える特徴とくちょうからの命名めいめいです。

 さて黒化こっか歴史汚染れきしおせん原因げんいんとなった異星人いせいじん、リはほろんだが、歴史汚染れきしおせんつゞいた。人々ひと〴〵地球ちきゅいからはなれ、約三十やくさんじふ小惑星しょうわくせい植民地しょくみんちとなりさゝえられていた。だが、小惑星しょうわくせいなかに、唐突とうとつ出現しゅつげんした」

 マコトは、其の言い回しに、J7ESFのサナエ船団長せんだんちょう言葉ことばを思い出した。

——「或日あるひうみに『むかしからあった』遺跡いせき出現しゅつげんしたわ。べつには『べつ進化しんかげた人類じんるい』がまち何時いつどおりにあるき、またべつにはなににもいのったことがない無神論者むしんろんじゃ手慣てなれた様子ようすいのりをさゝげたわ。自然しぜん人工じんこう時間じかんとも急激きゅうげき変化へんかしていく。地球ちきゅうんだのよ。地球ちきゅう文明ぶんめい残骸ざんがいたる——」

 わたし——ひよいは、其の回想かいそうわせて過去かこたしかめているうちに、つぶやいてしまっていた。其れは、未だAFNFエイエフエヌエフ神々かみ〴〵一切いっさいくちにしていない、固有名詞こゆうめいしであった。

「あ」あかいアノマロカリスのアルノワーが、えらをじたばたとせわしなくうごかした。「其れだわ。わすれとったよ」

 的確てきかくなキーワードによって散々さん〴〵なやんでいた情報じょうほうれたときよう神々かみ〴〵動作どうさする。行動こうどう意味いみおそらく興奮こうふんだろうが、其の様子ようす化身けしんしている動物どうぶつ生々なま〳〵しさをおもこさせて不気味ぶきみである。あかいアノマロカリスのアルノワー、はねえた棒人間ぼうにんげんのクハベズルヴ。例外れいがいはネルチャガンとテサノタとナルアッヺンとであり、黄色きいろ蜻蛉とんぼのネルチャガンはひよいのあたまうえほとんうごかなかったのと、テサノタは生物せいぶつですらなく文字もじであり、字幕じまく雑音ざつおんるのは視界しかいっても不快ふかいでなかったのと、ナルアッヺンは最初さいしょからっていたようであるためである。マコトはほか神々かみ〴〵動作どうさ不気味ぶきみおも生理的反応せいりてきはんのうさからうはなかったが、其れをおもてさぬめに表情ひょうじょうたもつのに非常ひじょう苦労くろうした。

「……で、地球人ちきゅうじん当然とうぜんように其の天体てんたいむかしからあるとおもんでいたが、正式せいしき調査ちょうさされると、地球ちきゅう文明ぶんめい古代こだいからAFNFエイエフエヌエフ信仰しんこうしていた証拠しょうこだとされた。わかりますね、AFNFエイエフエヌエフ異星いせい文明ぶんめい伝統的でんとうてき信仰しんこうしていた宗教しゅうきょうです。其れに、地球人 《ちきゅうじん》が宇宙うちゅう進出しんしゅつしたのは古代こだいよりもずっとあたらしい。歴史汚染れきしおせん影響えいきょうけたことあきらかになって、地球ちきゅう文明ぶんめい太陽系たいようけいからものがれざるをなくなった。そして、J7ESFにつながるわけです。日本国第〇〇七移民船団にほんこくだいなないみんせんだんですね。安寧あんねいときおわわった。

 J7ESFは新開地しんかいちもとめて、航宙こうちゅうつゞけている」

 其のときすで神々かみ〴〵きをもどしており、ネルチャガンが指揮しきように言った。

「……行く準備じゅんびをしなければいけないな」

「あの」わたしたづねた。「此の場所ばしょついらなくていいのでしょうか」

「……我々われ〳〵が、るとことかな」ネルチャガンのいに、わたしうなづいた。「なぞなぞまゝでいい。我々われ〳〵科学者かゞくしゃぢゃないからな」

「……其れなら、其れで」

 わたしひたいえると、あたまきたのか、指先ゆびさきにネルチャガンがうつった。はらふしげて、手のこうをちく〳〵つゝくのは、動物どうぶつらしく可愛かわいげがある。

「……サア、おひらき、お片付かたづけだ。マコトくん、ひよいくん、其の座標ざひょうわかるか。銀河団ぎんがだんだけでもいい」

「ケンタウロス銀河団ぎんがだんです」

「いいね、難有ありがとう。ちかくてよかったよ」

「…………」

 どうも、J7ESFのよう発達はったつした科学かゞくや、AFNFエイエフエヌエフよう神々かみ〴〵を見ていると感覚かんかくくるう。「セイエイ」はマコトが前回ぜんかいたびをしたあとにケンタウロス銀河団ぎんがだんつい調しらべていたらしく、距離きょりおよ一億半光年いちおくはんこうねんであると記憶きおくにあった。ひかりでも一億半年いちおくはんねんかかる距離きょりを、一万年いちまんねんだとかで行くと云うのだから、超技術ちょうぎじゅつとしか表現ひょうげんのしようがない。

「……時間じかんくらいかゝりますか」

いてたいのかい、マコトくん

 ネルチャガンではなく、ナルアッヺンがはなけてた。

「いえ……になって」

「エヽー」あかとりのナルアッヺンは子供こどもよう不満ふまんらし、はねうえちあげた。尾羽おばねしりかがられて、かくされていたきらびやかな羽毛うもうあきらかになる。……うやら、挑発ちょうはつらしい。「なにかしてくれよ。うしたらおしえてあげる」

「……ぢゃ、手伝てつだいます」

 饗宴きょうえん片付かたづけにきゅう人手ひとでえた。掃除そうじをしているとあらためて、人間にんげん食事しょくじとはかけはなれたものがかれていること気付きづかされる。さらうえにはみつわれわったはななにわからぬものがあった。からうじてなにやわらかい生命体せいめいたいが居るのがえたが、あかいアノマロカリスのアルノワーがやってきて最後さいごぶんだとたいらげてしまった。アノマロカリスはカンブリア生物せいぶつだから、べた其の生命体せいめいたいもカンブリア生物せいぶつだったのだろう。——いくら、地球ちきゅう文明ぶんめい伝統的でんとう信仰しんこうしていると歴史汚染れきしおせん影響えいきょうを受けた改変かいへんがあったとはいっても、異星いせい文明ぶんめい起源きげんはずAFNFエイエフエヌエフ神々かみ〴〵が、地球ちきゅう文明ぶんめい科学かゞくによって存在そんざいあきらかになった古生物こせいぶつ姿すがたをしているというのはなんとも奇妙きめうである。

「あ、るのっててくれて難有ありがとうね。おさらはあのふくろれてね」

 機嫌きげんがよいアルノワーは、頭部とうぶ前部付属肢ぜんぶゝぞくしばし、たったひとつのちいさな収納袋しゅうのうぶくろした。姿すがたこそちがえど、まるで近所きんじょ母親はゝおやようだった。

ちいぎませんかね」

れてみればわかるでしょう、やってみて」

「はい……」くちだにおゝきさがっておらずもしなかったが、なに問題もんだいなくった。驚愕おどろきともつぶやかれる。「魔法まほうみたいだな」

発達はったつした科学かゞくだよ」

 わたしは其の様子ようすながながら、つぎ片付かたづけるべきものをさがしたが、つくえとま椅子いすほとんどなくなっていた。最後さいごまでのこっていたとまは、あかとりのナルアッヺンがくちばしくわえてはこんでいた。こえけるひまもなくふくろ収納しゅうのうされた。視線しせんづかないはずもなく、ナルアッヺンはわたしとマコトとにはなけた。

「ひよいくん、マコトくん我々われ〳〵ぐにでもつよ。時間じかん一日いちにちもかからないだろう。其れにしても、きみとはいい出会であいだった、貴重きちょう出会であいだったよ。このみのタイプだ」

 一億半光年いちおくはんこうねんを、一日いちにちで——最早もはや思案しあん意味いみさざって、驚愕きょうがくまゝえた。このみのtypeだとかるうが、恋愛れんあいではなかろうとは容易ようい想像そうぞうがつく。信者しんじゃになってくれそうだとかだろうか。

このみのタイプとまでえないが、まあ、かお名前なまえくらいおぼえてやろう」

 はねえた棒人間ぼうにんげんクハベズルヴが笑顔えがおせた。其れは、前回ぜんかいわたしとマコトとが見たJ7ESFの宇宙船うちゅうせんクヱアツの先頭せんとう部分ぶゞん非常ひじょうていた。若しかすると、じつは、あの世界せかい改変前かいへんまえ棒人間ぼうにんげんの居る世界せかいだったりしたのかも知れない。……そんな事をおもいつゝも、他の神々かみ〴〵かお名前なまえとはおぼえておくと言ってくる。

 マコトはひよいにかたつゝかれ、となりにテサノタがいる事に気付きづく。テサノタは今、「居るべき場処ばしょおもさせてくれて難有ありがとう。恩返おんがえしを何時いつか、ね(・ω<)」と云う字幕じまくとなっていた。

 神々かみ〴〵と云うかけはなれた存在そんざいにこんな事を言われている。

 一億光年いちおくこうねんなど一日いちにちと云う存在そんざい天啓てんけいもたら存在そんざい、其れが一夜いちやともにしただけで……たしかに、大事だいじことおもさせるきっかけにはなったが。

ふるえちゃった」

 わたしはマコトをかゝえた。あとすこしで全身ぜんしんくずちるところだったろう。饗宴きょうえんひらかれていた建物たてものふるびた遺跡いせきとなり、出口でぐちからえる東南東とうなんとうそらあかるくまりはじめていた。魔法まほうけるとは、斯う云うことを言うのだろう。

さて、マコトくん、ひよいくん我々われ〳〵人類じんるいほろんでいないなら、我々われ〳〵見守みまもる。以上いじょう戦乱せんらんこのまないものでな。……べつ支配しはいするわけでもない。ただ、人々ひと〴〵生活せいかつともにあるだけだ。二人ふたりことは……もしかしたら、昔話むかしばなしとしてかたるかも知れない。ときは、なんえばいいかな」

 マコトは畏怖いふおさまり、こえはっせれるようになっていた。しばらわたしつめたあとちかづいてきたネルチャガンだけでなく、ほか神々かみ〴〵にもこえるように言った。

「……『世界せかい旅行者りょこうしゃ』と」

 其のこえには、ずかしがるよう吐息といきじっていた。其れから神々かみ〴〵なにかたらず、そとっていった。二人ふたり神々かみ〴〵ひと姿すがたをしていないと、此のよる何回なんかいにしていたが、其のやけにびて、二人ふたり場処迄ばしょまでにあるかげ人型ひとがたをしていた。

つかれた……やすませてくれ、ひよい」

勿論もちろん。おつかさま

神々かみ〴〵がこんな事してくるなんておもいもよらなかったよ……」

「まあ、貴方あなたってるかみぢゃいしね」

「うん……。ぼく、ひよいをてさ、あの神々かみ〴〵より人間にんげんきだっておもえたよ」

「あら、うれしい。……あれ」

 緊張きんちょうほどけたマコトは、わたしいだきかかえられたまゝ脱力だつりょくし、ねぶる様にひとみそしまぶたを、まぶたじた。

「おやすみ。其れとも、おはようと言うべきかしら」




…………




 むしいだかれて、「セイエイ」は上体じょうたいこした。かいこよう寝袋ねぶくろくるまったからだは、いま外気がいきれたくないようで、快適かいてきぬくもりを手放てばなすことはしくおもえた。

 よこには、寝苦ねぐるしそうなウエモンがころがっている。……人間用天幕にんげんようてんまく二張ふたはりあって、片方かたほうがセイエイよう、もう片方かたほうがウエモンようにしていたはずだが、るだけなら二人ふたりでも充分じゅうぶんひろい。

「もうあさか」

うだね」

 ウエモンは寝惚ねぼけた様子ようすつゆせずにがる。寝袋ねぶくろから、変態へんたいした昆虫こんちゅう脱皮だっぴするようて、ひと四肢しゝあらわにする。姿すがたはやけにつかれている。

はなごえ五月蠅うるさくてねむれなかった」

う…………」

 ねむれなかったとうウエモンに、ぐっすりはずのセイエイは、何故なぜ自分じぶんが此のよるずうっとはなしていたよう心持こゝろもちがした。しかし、予定よてい確認かくにんすると、予定よていより可也かなりはやい。そとを見ると、丁度ちょうど、出たばかりの世界せかい太陽たいようが、もりうえから此方こちらのぞいていた。

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