骨噛み 上
私がまだ小学校に上がる前のことだ。私を可愛がってくれた伯父が事故に遭い、両親に連れられて病院に駆けつけた。容態は深刻で、手術室の前に親戚が集まり、皆で祈っていたことを朧げに覚えている。
間もなく伯父は息を引き取った。
葬儀は速やかに執り行われた。伯父の婚約者はクリスチャンだったので、その縁で彼も洗礼を受けていた。葬儀には牧師がいたように思われるが定かではない。
参列者の中で子供は私ひとりだったと思う。父方の親戚に他の子供はいないので恐らくそうだ。その他の細部はよく覚えていない。正直なところ、当時の私には人の生き死にということがよく分かっていなかったので、葬儀だからといって特別な感慨も無かったのだ。どのような人が参列していたのか、葬儀は仏式だったかキリスト式だったか、家族がどのような面持ちでいたかということさえ、殆ど思い出すことができない。
それでも、あるひとつの光景だけは、私の記憶に今でも強く焼き付いている。
それはお骨上げの折のことだ。そのときの火葬場には個室のようなものはなく、幾つか並んだ火葬炉の前、他家の遺族のいる横でお骨上げが行われた。火葬炉から引き出された台車上の遺骨が見えるように、母が私を抱き上げた。そのとき、タイミングを同じくして、隣の遺族の前にも遺骨が並べられていたのであるが、私の視線は目の前の伯父の遺骨ではなく、そちらの方へ吸い寄せられた。彼らが散らばった骨を箸で拾い上げて、それに口をつけているのを、私は見たのである。
私はその光景に、恐怖も嫌悪も覚えなかった。むしろ、私もまた伯父を食べることができるのだと、不思議な期待を抱いたのを覚えている。当時の私の心の運動を詳らかにするつもりはないが、発達心理学の術語を借りれば、食人を忌避するだけのスーパーエゴが育まれていなかった、というだけのことだろう。今の私には、食人を厭わぬ特殊性など、残念ながら備わっていないからである。
私の期待に反して、伯父の遺骨は何事もなく拾い上げられ、ただ骨壷に収められただけで終わった。私は母に訊いた。
「食べないの?」
母が何と答えたかは思い出せないが、どこかきまり悪そうにしていたことは覚えている。無理からぬことだ。
あのとき目にしたものが、「骨噛み」という風習であることを知ったのは、私が大学生になってからだ。民俗学関連の資料でその記述を見つけたのである。しかし、そうした「答え合わせ」に至るまで、当時の記憶は長らくの謎として私の胸に残り続けた。
その記憶は、折に触れて私の脳裏を過ぎる度に虚飾を重ね、次第にどこまでが虚偽で、どこまでが事実であるのかが曖昧になっていった。例えば、クリスマスの時期にローストチキンが店頭に並ぶのを見て、私はそれを思い出したりした。虚飾の一例を挙げれば、私の記憶の中では、彼らは骨ではなく、ちょうどローストチキンのような鶏肉質の白い身を頬張っていたのである。自我の曖昧な時期の記憶ゆえか、強烈な印象を伴う出来事でありながら、生活史の種々雑多な刺激に晒されて、事実としての記憶はその原形を留めておくこと能わず、細々としたところから大観に及ぶまで、記憶の大部はすり替わってしまったのだと思われる。今ここで述懐するように、それが記憶錯誤だと断言できるのは、後年になって得た知識がそれに考証を与えてくれるからである。私は先に、「彼らは骨を口につけていた」、と述べたが、いまでも蘇る私の記憶の像の中では、彼らは確かに肉を口にしているのだ。
小学生を卒業する頃には、流石にそのようなことはあり得ないと考えるようになった。あれはきっと、何かの見間違いだったのだと、そう自分を言い聞かせることに、さしたる難しさはなかった。しかるに、かくして備えた常識の副作用として、人肉を食べるということの禁忌そのものが、私の想像力を刺激したこともまた事実であった。その頃の私は、人形を食べる夢をよく見た。ちょうどキューピー人形のような、ソフトビニル製の腕や脚に歯を立てると、樹脂の皮膚がホロリと解けて、中から淡白な白身肉が顔を出す。そうした夢を見ると、私は決まってうなされ、口内に広がる言おうようもない不快感で目を覚ますのであった。
この記憶の謎を、私は一度だけ人に話したことがある。
私には、不思議と馬の合う女子が一人いた。友人と呼べるほど親しくもなかったが、席が近かったので、よく冗談を言い合ったり、互いにノートに落書きをし合ったりした。私の卒業アルバムには、彼女の描いたイラストがでかでかと載っていて、少し気恥ずかしく、親には見せられないでいる。
彼女は賢かった。眼鏡をかけていて、長い髪は黒々としており、太陽と袂を分つ白い肌が記憶の中に眩しい少女だった。容貌には何処か幸の薄そうな、線の細いところがあった。それでいて性格は活発で、笑いながら私の肩や背中をよく叩いてきたし、その加減を知らぬところに私はしばしば困らされた。夏休み中にばったり出合わせたときは、水風船を手にした彼女に追いかけられたこともあった。それでもやはり、「賢かった」という印象が先立つのは、それだけ彼女の怜悧さが際立っていたからである。
つづく
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