第19話

 余裕を持って来たこともあり、会場の入り口付近にはまだそれほど人は集まっていなかった。俺たちは予め購入しておいた電子チケットをそれぞれ受付に見せる。潮見と茅ヶ崎が先に受付を済ませ、俺もそれに続く。

「観覧の妨げとなる雨具の使用はお控えください」

 その言葉とともに、受付の人から小さな紙を渡される。さっと読んでみたところ、再入場についてやゴミの処理についてなど、花火観覧に際する諸々の注意事項が記載されていた。

 会場に入場した俺たちはそのまま砂浜へと向かう。早く来たと思ったが、会場はもう半分ほどが埋まってしまっていた。

「うわあ、思ったより人いる。やっぱり早めに来て正解だったね。どの辺行こっか」

「前の方は混むだろうから気持ち後ろで良いんじゃないか。花火自体は空さえ見えればどこからでも見られるわけだし」

 俺の提案に潮見も「そうだね」と言う。そうして俺たちは浜の真ん中よりも少し後ろの辺りを陣取ることにした。

 茅ヶ崎が鞄からレジャーシートを取り出し、砂浜に広げる。俺が一番右側となり、次に潮見、茅ヶ崎の順番で横並びの形になって花火が打ち上るのを待つことになった。この頃にはもう空は暗くなっていた。

「放課後以外でこうして三人で集まるのってなんだか新鮮だね」

 腕の中に両足を抱えた潮見がそう言う。最初の方こそ人と人の間から海が見えたが、徐々に前列の方は埋まっていき、今ではもう人垣に阻まれてほとんど見えなくなっていた。

「そうだね。それに一年のころは全員同じクラスだったのに二年になって誰かさんが離れちゃったから余計にそう思うのかも」

「悪かったな、一人だけ別のクラスになった誰かさんで」

 相変わらずの茅ヶ崎の軽口に俺はそう返す。

「でも、来年はみんな一緒のクラスになれると良いね」

 話を聞きながら俺は、ふと今の自分を見た誰かはこうして一つのシートに座る自分たちの関係をどう思うだろうかと考える。

 きっと恋人同士には見えないだろうな、と思った。良くて友達同士といったところだろうか。たとえば、この場でなら俺と潮見の二人であれば恋人に見えただろうか。

「来年の話もいいけどさ、それよりもう夏休みも半分終わったわけじゃん? なんか早くない? だってこの前終業式したかと思えばもう二学期なんだよ。まだ全然遊んでないのに」

 茅ヶ崎がそう訴える。

「そっか、千夏はバイトばっかりだったもんね。じゃあ、残りはもっと一緒にいようよ。私も空いてる日は連絡する」

「うん、そうだね。言っても私ももうすぐでバイト終わるから残りは絶対遊びまくる。ていうか、二学期始まってもすぐ文化祭なわけだから、別に夏休み終わるからってそんなに悲観することもないか」

 二人は楽し気にそう話している。

 俺が今、彼氏のように見えていないとしてそれがどうだと言うのだろう。今日、俺は不特定多数の人間に彼氏のように見られたいわけじゃなく、たった一人の女性にとっての彼氏であるだけで良いんだ。俺のショルダーバッグの中にはここに来る前に入れておいた紙袋があった。それは終業式の日に繁華街で購入した例のプレゼントだった。……タイミングがあるとしたら今だろうか。

 俺は潮見が茅ヶ崎の方を見ているのを確認してから、ズボンのポケットからスマホを取り出す。そして茅ヶ崎にメッセージを送る。

『悪い 二人きりで渡したいものがあるから、折を見て抜けてくれると助かる』

茅ヶ崎の鞄から通知音が鳴る。「ちょっとごめん」と茅ヶ崎が鞄からスマホを取り出し確認する。

「あー、ごめん。私、打ち上げ始まる前に一回お手洗い行っとくね」

「一人で大丈夫? 人も多くなってきたし、私も一緒に行こうか?」

 潮見も腰を浮かし掛ける。

「ううん、大丈夫。なるべく早く戻るようにするね」

 茅ヶ崎はそう言って立ち上がるとすぐに人の間に見えなくなってしまった。それから間もなく、俺のスマホのバイブが鳴る。

『しょうがないな 上手くやんなよ』

 俺は『ありがとう』とスタンプで返す。

 砂浜はもうほとんど人で埋め尽くされていた。大勢の人の話し声のせいで、来たばかりのころは辛うじて聞こえていた潮騒はもう耳を澄ましても聞こえなくなっていた。それでも確かに、この場所には俺と潮見の二人だけになったのだった。

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