10 ヤクシ様


2025年現在五十代である母、

T子から聞いたお話です。



今から四十年ほど前、

まだ幼かったT子は母親に

連れられて、A県内のとある場所に

足を運んでいました。


T子の母親というのは、

とても信心深い人でした。


なにか特定の宗教を信仰している

わけではないものの、

神様や仏様といった存在を信じて

お地蔵様にもよく手を合わせるような

人でした。


そんな彼女に連れていかれた

“とある場所”というのは、

こじんまりとしたお寺のお堂のような所。


何がきっかけだったのかは分かりませんが

月に1、2回程度通っていたのだとか。


そのお堂には、老若男女様々な年代の人々が集まっていました。

彼らの視線の先にいたのは、

“ヤクシ様”と呼ばれる、一人の男性。


彼は一見、どこにでもいるような

おじいさんでした。


ただ、母はそこで不思議な光景を目にしたといいます。


ヤクシ様の前に、一組の親子が座りました。

すると、彼は何やら唱えたかと思うと

何かに乗り移られたかのように

がらっと雰囲気が変わり、

そして、彼らが抱えている問題を言い当てた後、家の中の○○を動かした方がいいだとか、その親子でしか知らないような

ことを助言したのでした。


ヤクシ様は“神”を自分の中に降ろし

ご信託を授ける人だと、その時知ったそうです。


親子の驚く様子から、誰も知らないはずのことまで言い当てられていたようで、

子供ながら強く印象に残ったといいます。



これはT子が直接聞いたわけではないのですが

ヤクシ様に関するある噂を耳にしました。


ヤクシ様がある日、

付き人にこんなことを言ったそうです。


「A県のO市に寺院を建てろとお告げがあったから見に行きたい。」


付き人達は不思議に思いました。

ヤクシ様が言うO市には、とても寺院を建てられるような所はなかったからです。



それでもヤクシ様に従って、O市に赴くと

ヤクシ様はある山を指差して

「ここに何か感じる」と言ったかと思うと

とても人間とは思えない動きで、

跳び跳ねるように山を登っていきました。


付き人達はヤクシ様より若かったのですが、

それでも追い付けないほどの速さだったといいます。


付き人達が息も絶え絶えに追いつくと

彼は向き直って、

「ここに建てる。」と言いました。

それだけでなく、とても信じられないことを告げたのです。


「ここから温泉が出るから、将来的には参拝者が入れるような施設をつくる。」


付き人達はことさら驚き、流石に不審がりました。

O市で温泉が出るなんて聞いたことがなかったからです。


周りの人々が不審がるなかでも、

ヤクシ様は譲らず、そこで寺院の建築と温泉の掘削作業が始まりました。


専門家でさえ温泉は出ないと見積もっていた

ところでなんと、見事に温泉が吹き出したのでした。


これが昔話などではなく、

平成の頃に起きたというのですから

驚かされます。



そのヤクシ様の指示で建てられた寺院は

今でもあり、O市の地元民から愛されています。


何のご縁か分かりませんが、

T子の父親、つまり、私からみた祖父は

その寺院で手厚く葬られ、

お盆などにはよく足を運ばせていただいております。



この話はつい最近、母から聞いたので

そんな話があるなんてと驚き、

こちらに書かせていただきました。


皆様の地元にあるお寺や神社の所以や逸話を調べてみると、思わぬ発見や驚きがあるかもしれませんね。

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匯畏憚-かいいたん-実話録2 遊安 @katoria

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