第8話 うわさの聖女ちゃん⑥

 フランシスカは、ホールにチェスの対局の様子がひしめいているのを、


(全国大会も華やかで素敵だけど、こういう小規模な大会もいいよね、こじんまりとして)


 と微笑ましく眺めていた。


 この日はチェスの王都中央大会。国内のチェスの大会としては地域ごとに行われる小規模なもので、この規模の大会で優秀な成績を収めるものが年に一回国をあげて行われる全国チェス大会への出場権を得られる。三位内に入ることが条件だ。

 同規模の大会は、この王都中央大会のほか、王都北、王都東、王都南、王都西の大会がそれぞれ設営されている。

 大会の運営はおおよそボランティアで行われており、場所代のみ参加費で賄われている。そのため、参加者の増減によって場所は変わる。今回は比較的多めの人数の参加者が得られたようだ。通常よりホールが大きめの場所が確保されている。

 この王都中央大会、地域大会でありながら、例年では事実上実力者ばかりが集まるプチ全国大会のようなものと言われている。全国チェス大会の若年女子部門の優勝者と準優勝者であるカタリナとフランシスカがここにいることも含めて、猛者揃いで勝ち進むのは至難の業だ。因みに先日の全国大会とは異なり、この会は男女混合である。また総当たり戦で、最終的に勝ち点を集計し順位が決められる。


「アスカ、今日は眼鏡をかけているのね」


 声がかかり振り向くと、カタリナがホールの中央付近に視線を合わせている。

 その方角に目を向けると、今日もおかしな柄のスカーフを三角巾のようにふんわりと頭に巻いた聖女アスカが対局中だった。スカーフの色の一部と同色のフレームの眼鏡をかけ、オドオドとした様子でビショップを摘み上げ、ビクビクしながら盤に置いた。


「あの眼鏡、度は入っていないそうよ」

「そうなの?」

眼鏡あれがないと落ち着かないんですって」

「そうなのね……」


 フランシスカも眼鏡をかけたアスカを見て、聖女の癒しの力があれば視力は回復できるのではないかと尋ねたことがあったのだが、本人曰く武装の一つなのだそうで、眼鏡をかけている方が平静でいられるのだそうだ。

 つまり、視力は悪くない。寧ろ良い方だと胸を張って主張された。


「あら、勝ったみたいよ」

 

 再び見ると、対局が終わった盤の上で対戦相手とオドオドと握手を交わしているようだ。

 盤の様子を確認すると勝負を勝ち取った事を示していた。


「やればできるのよねー」

「ええ、"オート"にされなくても問題ありませんわ」


 しかし休憩を挟み、アスカが次の対局の席に着いてすぐのこと。

 アスカは突然神妙な顔つきになり、ピンと背筋を伸ばした。そして対局開始の合図がなされると、優雅な手つきでポーンを摘み、そっと盤に置いた。

 その直前まで、オドオドし、更に少々興奮しているかのような非常に落ち着きがない状態であったにも関わらず、だ。


「"オート"だわ」

「"オート"ね」


 アスカを見ていたカタリナとフランシスカは、同時に声を発した。


 そして二人は、丁度一カ月前「大会に出てみたいと」言うアスカとカタリナの初会合の日の事を思い出していた。

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