第7話 うわさの聖女ちゃん⑤
聖女アスカはつい三ヶ月程前に国が召喚した人物である。
穏やかな気候、肥沃な大地を持ち、大きな災害が起こる事もごく稀である安心安全なこの国だが、唯一悩まされているのが、数十年に一度特定の地中から立ち上る邪気、そして更に邪気を確認後、時間の経過と共にその付近から発生すると言われている魔物の
この邪気の発生が小規模な段階で止めることができれば異常繁殖までは起こらないと言われている。だが、一度異常繁殖が起こり、その対処が不十分であれば、最終的には魔王の出現までありうるのだそうだ。
そのため、国のどこかで邪気の発生が確認されると、何をおいても急遽その場に適切な者を送り込み、邪気を払うことを最優先にすると決められている。
その時に邪気を払う主要な役割を担うのが聖女と言われている。邪気払いの際には大神官や魔術師、聖騎士なども同行する。
三ヶ月前、国境付近のとある村の森で邪気の兆候ありと報告があった。その森には湖があり、湖畔に神を祀るほこらがあるのだか、ある日、参拝者から「湖の色がおかしい」と言う報告があった。その連絡を受け、王宮からの調査団を送り込み、邪気の兆候を確認したという流れだ。
国はすぐさま大神官など総出で聖女召喚の儀を行った。
聖女召喚の儀を執り行う際、聖女が召喚されるのは該当する聖女本人が此方側の依頼を承認した場合のみなので、訪れがなく全くの無駄になる事もある。儀式自体、時間も金もかかる物なので、訪れがなければ結構な損失になるのだが、今回なんと一発で聖女が現れた。アスカである。
魔法陣の真上に現れた聖女アスカの第一声は「やっほー来たよー!」だったそうだ。
なお、過去なかなか聖女が召喚出来ず、すわ滅亡かと思われたギリッギリで召喚が叶い、ギリッギリでこの国が滅亡を免れた例が過去の文献で残っている。
その文献には、金銭的にも
その為、邪気の兆候がほんの少しでも見られたら、まず召喚の儀を急ピッチで準備するというのが国の最優先事項となっているのだ。
このギリッギリで漸く訪れてくれた当時の聖女はこの文献では救世主の扱いになっており、亡くなった時は名を冠した教会が建てられている。
その後、召喚された聖女はその教会を拠点とすることになっている。
聖女アスカの召喚後、その場で王族との顔合わせのようなものがあり、カタリナはその際に王弟と共に目通りされたのだそうだ。
そして、一通りの顔合わせが済んだところでアスカは声を上げた。
「で、時間がないから早くやっちゃいましょーよ!」
だが、同行する魔術師たちは隣国に遠征しており、たまたま不在だった。そのため、数日ほど待つよう告げると、
「えー、今日は見たいアニメがあるから待てない出直すね!」とアスカは魔法陣の方に踵を返した。
一同「あにめとは?」と首を傾げた刹那、魔法陣に向かっていく聖女に気づいて皆慌てて引き留めた。
「聖女殿! どうかっ、お待ちくだされ!」
大神官が叫ぶ。
「帰られては困るのです! この世界に留まってくだされ!」
神官長も叫ぶ。
「今後、魔王の脅威の可能性もあるのです! どうか、どうかっ」
神官長補佐まで叫び、アスカに縋って引き留めた。
この、大神官、神官長、神官長補佐の三人は神殿の主要メンバーで、フランシスカは密かに「神に使えるおじいズ」と呼んでいる。普段は気の良い老人達である。
大神官、神官長、神官長補佐がアスカに縋り始めると、
「えっ、ずっとは無理! 推しがいないこの世界に永遠に留まるなんて無理無理無理ぃ! 魔王? そんなものがいるなら秒でやっつけるから連れてきてくださいよぅ!」
と、両手を腕ごとバタつかせ、魔王も真っ青になりそうなほどキレた。
それはもう、一同震え上がるほどのキレっぷりだったと言う。
また「おし」とはなんだ、「おし」がいるなら居てくれるのか? と一同は大パニックに陥った。
そして、暫く押し問答が続いた末、アスカがとうとう発した言葉が、
「我儘いうともう来ないよ! 電源ポチッと切ったら、わたし戻れるんだから!」
だったと言う。
腰に手を当て、仁王立ちで放たれた言葉だ。
で ん げ ん ?
と、聞き慣れない言葉に人々は再度思考停止になったのだが、「もう来ない」「わたしは戻れる」の言葉は理解できたので、そこに素早く反応した。それだけは、それだけは勘弁してほしいぃぃ――と
つまり、アスカは二つの世界を股にかける“通いの聖女”であるということだ。
通いの聖女。
フランシスカはその言葉を聞いたとき(何かかっこいい)と思ってしまったのは内緒だ。
初っ端からそんな経緯があった
アスカも「またおじい達に呼ばれちゃったよ」と面倒臭がりながらも満更ではないらしい。ただ、この世界に永久に留まるのはやっぱり無理と言う。メインは
また、「お腹空いちゃうじゃん?」とも言っていたので、フランシスカが
「え、いくらでも美味しいものを出してもらえると思うよ」
と言うと、
「いや、この世界ではそうかもしれないけど、本体はお腹が空くんですよぅ」
とアスカは口を尖らせた。
ほんたい?
「それで、なぜ突然大会に? ルールなどはご存じなのかしら……」
カタリナが、アスカがチェス大会に興味がある件に話を戻した時には、既にチェス盤は片付けられ端に寄せられていた。
テーブルには温かく香り立つ紅茶と、小さなつまめるスイーツが大皿に乗せられている。
「聞いた限りでは、チェス初心者っぽいんだよね。でも、とりあえずルールは大体知ってるみたい」
「ある程度の実力がないと、参加自体が叶いませんわ」
カタリナは眉尻を下げる。
「そう、なんだよねー」
フランシスカは目の前のクッキーを摘み、ふと、余りに弱いと参加自体難しいと遠回しに伝えた時のことを思い出した。
アスカは「あー、それはオートにするので大丈夫!」と頭の上に両腕を上げ、丸を作りながら答えた。
フランシスカが「おーと?」と問うと「自動モードのことですぅ」と返事が帰ってきた。
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