chapter6-ドレスの用意

 三日後、エバーテルから屋敷内の案内をしてもらい終えた翌日、アリアデルが呼んだ仕立て屋が屋敷を訪れた。改めて初めての挨拶をしたリアナと三人、仕立て屋と顔を合わせる。

 だがルーリエは乗り気では無かった。

「ドレスでしたら、いただいたもののサイズを直すだけでも構いませんのに」

 この屋敷に来た時に用意されていた、リアナのお古だというドレス。デザインも流行りは終わっているしそもそもルーリエには似合わないものだが、別に出かける用事も無ければ特別見せる相手も居ないのだから、それを直すだけで充分だ。

 一方でアリアデルは「駄目よ!」と絶対に譲らない姿勢でいる。

「人付き合いに身だしなみは最低限のマナーよ。それに、公爵家の人間がまともなドレスも持っていないなんて言わせるわけにはいかないわ」

 家長の妻からここまで言われては、これ以上NOとは言えない。

「それでしたら……最低限の数だけで」

 どうせそう遠くなくこの家からも捨てられるのだろう。そうなった時にドレスを実家に持ち帰った所で、母によって金に変えられるだけのことだ。

 持ち帰ることが出来なかったとしても、歓迎されない嫁のドレスなんて持て余すだけ。あって困るものでしかない。

 そう思ったのも束の間、アリアデルとリアナは少女のように張り切ってドレス本を広げ始めた。

「室内用のドレスは、着回しを考えて最低五着は必要ですよね」

「外出用も同じくらい必要だわ。毎回同じドレスを着せるわけにはいかないもの」

「パーティー用のドレスはその都度仕立てるのですか?」

「それも言いけれど、念の為先に二・三着は用意しておいても良いかもしれないわね」

「は? え?」

 もっと質素にと思っていたのに、存外数が多い。そんなに用意して、不要になった時どうすると言うのだろう。

 まるで幼い我が子可愛さにあれもこれもと着せ替え人形にしてしまう親のようだ。このテンションは想像していなかった。

「あの、特に外出するつもりは無いですし、パーティーなんかも参加は……」

「あら、公爵家の嫁がパーティーにも出ないなんて、そんな恥ずかしいこと出来ないわ。ちゃんと招待があったものから厳選して参加するのよ」

「えぇ……」

 夫にも使用人達にも、勿論公爵にも歓迎されていない嫁……だというのに、この二人の反応はどういうことだろうか。

「ドレスが無いということは靴も無いわね。ドレスに合わせていくつか用意しておかなきゃ」

 自分の子供が男二人だからだろうか、ドレスを選ぶのが楽しくて仕方ないといった様子だ。だがそんな楽しみなら、リアナで済ませてくれれば良いものを。

 なんて、こんなに楽しそうな本人を前にしてなどとてもではないが言えない。

 どうするのが正解かも分からず、ルーリエはただ二人の様子を眺めることしか出来ない。

「ルーリエ嬢はドレスの好みはありますか?」

「そうね、本人の好みが一番大事だわ」

「えぇ……えっと……私は特に希望は無いので、お二人の感性にお任せしますわ」

 希望どころかセンスも無い。元の世界で散々ダサいだの何だのと言われてきたのだ。公爵家の名を〜なんて言われるなら尚更、こういうことは人任せにする方が安心出来る。

 苦笑を向けて言えば、二人はまたあーでもないこーでもないと言いながらドレス本をあれもこれも広げながら話し始めた。

 その中に、胸元や肩を広く出したドレスを見かけ、慌てて口を挟む。

「あ、あの、露出は少なめで……!」

 それ以上は、楽しそうな二人のやり取りを止めることは出来なかった。






 結局、ドレスは全部で十二着、靴も五足用意した上で、リアナのお古もサイズ直しをすることになった。

 仕立て屋を帰した後、アリアデルから呼び止められてルーリエは部屋を出ようとした所で止まる。

「この公爵家の嫁として、ルーリエにも私の仕事を手伝って貰いたいのだけど、良いかしら?」

 思わぬ申し出に、ルーリエは思わず息を飲んだ。

 公爵家の嫁として……なんて、そんなことを言われると思っていなかったから。

「はい……是非、手伝わせてください!」

 この世界に来て、初めて人に受け入れられたような、そんな気がした。嬉しくて声が大きくなる。

 さすがにはしたなかったか、と口元を手で覆うと、アリアデルは優しい笑みでくすくすと笑った。

 こんな風に話せる人が居るのなら、この世界でも、この家でもやって行けるかも知れない。そう思って心が浮き足立つのが分かる。

 今まで引きこもってきて、ルーリエとしての記憶でも役に立ちそうな知識は無い。令嬢ものの物語でもそういう細かいところは描写されることが無かった。

 自分に出来ることは少ないだろう。だけど、受け入れてくれたアリアデルの為になら、新しいことも覚えよう。出来ることを増やしてやっていこう。

 そう、思えた。

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死にたがり令嬢の嫁入り 水澤シン @ShinMizusawa

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