馬の骨

「傷の具合はどうだ、ブライアン?」

「歩く分には問題ない。だが戦闘は無理だな。もし襲われたら、走って逃げるしかない」

「まさか君があれほどの深手を負うとは思っていなかったよ。これまでの任務でも、傷らしい傷は負っていなかった」

「それほどの相手だった。まあ、そうそうあんなのはいないだろう」

「ボバディ・メディスンにおいても屈指だよ、あれは」

「確かにな。だが、どこの馬の骨とも知れぬ雑兵に、遅れを取ることはないさ」


「馬の骨、か」

「どうした?」

「いや、どうでもいいことだよ。でも、まだ長い旅だし、暇つぶしにはなるかな」

「何かあるのか。まあいい。聞こうか」

「いま君は『どこの馬の骨とも知れぬ』という言葉を使った。これは『素性のはっきりしない』という意味のジャポネの言葉だ。ジャポネ語がほぼ世界の共通語になってるんだから、君がその言葉を使ってもおかしくないが、『馬の骨』ってなんだと思う?」

「確かにどうでもいいことかもしれないな。さて、なんでだろう。考えたことがないが、何か悪い意味なんだろうか」


「そうだな、骨の馬だと乗ることもできないし、使いものにならないってことか?」

「そのとおりだ。もともとは中華国で使われていた言葉だけど、『使えないもの』の代名詞が馬の骨だったんだ。それがジャポネに伝わり、慣用句になった」

「ふうん」

「これだけだと面白くないから、もう少し深掘りしよう。さて、なぜ馬の骨が使えないものなのか。つまりは馬なのに乗ることのできないから使えないということなんだけど、これは中華国の故事に由来する。少なくとも、今から二千七百年は前の話だ」

「中華国の歴史は詳しくないが、統一王朝が誕生するよりも前の話か」

「昔、中華国にある王様がいた。王様は馬が大好きで、ある時一日に千里を駈けるという名馬を手に入れるため、ある家臣に千の金を渡して捜索に出したんだ。その家臣、中華国を歩き回ってついに名馬を見つけた。と思いきや、残念ながらその名馬は既に死んでしまっていた。骨になってたんだな」

「乗れない馬か」

「だが、家臣はどういうわけか、その馬の骨を半分の五百金で買ってきたんだ。それを聞いた王様は激怒する」

「そりゃそうだな」

「家臣は王様に答える。この骨を丁重に葬りましょう。王様が死んだ馬の骨を五百もの金を出して大切に扱ったことが世に広まれば、名馬を売り込む者がきっと現れるでしょう、と。結果として、その後王様は名馬を三頭も手に入れることになった。めでたしめでたし」

「それでいいのか。というか、これは実話なのか?」

「それはわからない。この話は史書に記述があるが、ある人物がこの話をまた別の王様に紹介した、という形だ」

「ややこしいな。つまり教訓を紹介したのか」

「その認識で問題ないと思う。その人物は、まず身近にいる私のような優れていない人物でも厚遇すれば、もっといい人材が王様の下に集まるでしょう、と言ったわけだ。これが『先ず隗より始めよ』という故事成語になる」

「ふうん。いや、勉強になった」

「ところで話に出てくる馬の骨だが、これは実際に名馬の馬である必要は無いと思うんだ。それこそ、その辺で拾ってきた適当な馬の骨でもいい。馬の骨は走らないんだから、それが名馬なんだか駄馬なんだかわかったもんじゃない。必要なのは、名馬の骨とされるものを王様が丁重に扱った、という形だけだ」

「そうかもしれないが、一応形としてあちこち探し回ったという事実は必要かもしれないな」

「まあ、事実かはわからない話だが、その辺の整合性みたいなものは必要かもな」

「これはロン・サカモトから得たものか?」

「いいや、誰もが閲覧できるインターネットの情報を統合するだけでも、このくらいのことはわかるものだ」

「そうかい。それで、俺に何を伝えたかったんだ?」

「さっきも言っただろう。ただの時間潰しだよ。そういえば、今から四百年くらい前の時代に『馬の骨』という楽曲があったようだな」

「馬の骨って、どんな曲だよ」

「歌詞で見ると、俺は馬の骨になってしまったが、一頭の馬として君と共に駆けてみたかった、みたいな歌だな」

「そんな曲があるのか。それはそれで気になるな」

「探してみよう。期待して待っていてくれ」

「期待はしないが、待ってるよ。いずれ聴かせてくれ」

「ああ、どんな曲なのか、私も期待したいな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブライアン・ラプソディ トモ・ヒー @Tomo_He

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ