頼むからモブらしくさせてくれ

蛍日和

第1話 モブは主人公をサポートしたい


 高校入学から1年。俺は本当によく頑張った。


 陰キャヲタクだったゆえの不慣れなコミュニケーション、下から数えたほうが早いと馬鹿にされた勉学、女子にすら蔑まれた運動能力、その他様々なスキルを平均レベルに引き上げた。前世の俺が見ても、自分だとは信じないだろう。それぐらいになるまでに費やした時間、労力は、まさに身を削るものであった。


 どうしてそこまで…だって?それは…


「はい。前々から言っていた通り、今日から転校生が来ます。」


 担任の熊元先生が高らかに宣言する。待ってましたと言わんばかりに周りのクラスメートからは歓声と拍手が巻き起こる。下手な指笛も混じる。


 そう。今までの努力は全てこのときのため。


 本日転校してくる、前世日本で爆発的人気を誇った恋愛シュミレーションゲーム"青春学園"の主人公、日村和志の恋愛を全力でサポートするためだ。


 俺がハマりにハマり散らかした"青春学園"。主人公である日村和志が転校した学校で、初対面の人達とスポーツ大会、夏祭り、文化祭、学生旅行など様々なイベントとその過程で起こるハプニングを通して仲良くなり、転校前の学校で起きたいじめ問題を乗り越えて楽しい学校生活を送るというのがメインストーリーの、恋愛シュミレーションゲームにしては結構泣ける部類のものだ。もちろんヒロイン候補も5人と豊富で、もう全員可愛かったりカッコよかったり個性的で最高。さらにプレイヤーが選ぶ選択肢でルートがめちゃくちゃ分岐するし、隠れ要素も豊富なので、やり込み甲斐がもう半端ないのだ。


 まあそんなこんなで使える全ての時間を捧げてやり込みまくり、新たな分岐ルートを発見する第一人者としてネットでちょっと有名になり始めた頃、多分寝不足による疲労蓄積が原因で、ころりと逝ってしまったわけだ。


 そんな俺の人生全てを形づくったと言っても過言ではないゲームのモブキャラに、俺は転生したのだ。しかも、背景モブではなく、主人公と親友となって恋愛に鈍感な主人公を補助する、恋愛ゲームでよくある都合の良い友達的な、結構重要な役割を与えられたモブだ。


 転生した当時はよく小説とか漫画とかで読んだことのある、"モブなのにヒロインに好かれちゃう!?"ムーブをしようとも画策したりしたりも、もちろんした。しかし、俺の人生そのものである"青春学園"を俺みたいな奴の手で汚すわけにはいかない。他のヲタクも許すまい。というわけで逆に、俺のヲタク知識をもって完璧に主人公日村をサポートしてみせる、と強く決心したのだった。


「じゃあ入ってきて。」


 熊元先生がそう言うと教室の扉がゆっくりと開き、俺が冗談抜きで親の顔より目にした主人公、日村和志が不安げな顔で入ってきた。と同時に周りの女子、いや男子からも抑えきれない黄色い声が上がる。


 つい触りたくなるような艷やかな黒髪と綺麗な栗色の目。整った顔とスラっとした高身長で、それでいて弱々しい雰囲気を漂わせる彼は、形容するなら初めての主人に怯える子猫。


 そう。日村はイケメンで、しかも可愛いという最強のキャラデザなのだ。これこそが女性をもこの"青春学園"の虜にした理由だ。ゲームが認知され始めると日村の女性ファンが激増。「可愛い+イケメン」の"カワイケ"という言葉が流行語大賞に選ばれるほどの勢いになっていた。一部過激派のために日村が誰とも付き合わないルートが半強制的に公開されたことは記憶に新しい。これのせいで彼氏のハードルが上がったことは言うまでもないだろう。


 壇上では熊本先生に促されて、日村はオドオドしながらも自己紹介を始める。そういえばネットでは日村のことを"オドイケ"とかいう人もいたな。全く認知されてなかったけど…


「あ、えっと。日村和志って言います。諸事情で転校してきました。これから二年間、よろしくお願いします。」


 そう言ったかと思うと、凄い勢いで完全に90 度のお辞儀をする。ネットミームにもなった"たったままやる土下座"を生で見て思わず笑いが出てしまいそうになるが、なんとかこらえる。周りからは拍手の嵐が巻き起こっており、日村も少し安堵したような表情をしている。


「それじゃあ言ってた通り席は只野の隣で。日村くん。あの窓際のThe普通みたいな顔してる人の隣だよ。」


「誰がNORMAL・FACEだ!」


 周りから笑いが起こる。


 只野とはもちろん俺のことだ。只野平吉。普通に普通を重ねたみたいな名前で、これまたよくネットで弄られていた。ちなみにこのセリフもイントネーションも話す速さも全部ゲームのまんま。やり込みまくった甲斐あって完璧に覚えているのだ。ヲタク舐めんなよ?


 日村も顔が綻んでいる。よかった。


「じゃあ日村はまだこの学校のこと何も知らないから、皆手伝ってやれよ〜。あとあんまり質問攻めとかしないように。」


は〜〜〜い


 クラス中から余り了承している気のしない腑抜けた声が上がっている。皆日村に目が釘付けで馬耳東風状態になっているようだ。


 日村はその視線を避けるかのように足早にこちらに駆け寄ってきて、右隣の席に座って安堵の息を漏らす。制鞄を机にかけたのを見計らって俺は話しかける。


「これから宜しく。なんかあったらいつでも頼ってくれよ!」


「あ、ありがとう。こちらこそよろしくね。えっと…只野くん。」


 ああ…イントネーションから言葉のつまり具合まで"青春学園"まんまだ。ようやく始まったんだ、俺が1年ずっと望み続けたストーリーが…


 よし。気を引き締めろ…完璧にサポートしてみせるぞ。見てな、全世界のヲタク共。


 っと、いけないいけない。余り熱くなるな…冷静に…そしたらもうすぐ日村の右隣のヒロイン第一候補が…


「日村くん。私は如月菜々香。私もこれから宜しく!なんかあったら、只野よりは役に立つよ!」


「何いってんだ!」


 ヒロイン第一候補、如月菜々香。夕焼けを彷彿とさせる澄んだオレンジの髪に、透き通る大きな碧い目。全男子を魅了するスタイルに漂う妹感。天真爛漫で誰にも別け隔てなく接する学校全体の人気者。


 転生して初めて彼女にあったときには可愛すぎる衝撃と直接会えた感動とで気絶しそうになったが、なんとか白目を剥くだけで耐えることができた。


 俺が初めて"青春学園"をプレイしたときは、如月を彼女にしてたな〜…懐かしい。


「うん。こちらこそよろしくね。」


 日村はクスクスと笑っている。それを見た如月の目はキラキラと輝く。


 うんうん。やっぱり日村の笑顔は破壊的な可愛さだ。現実にいたらそれはもはや…う〜ん、神?いや太陽か?


 熊元先生が何やらまだ話しているが、そんなことはお構いなしに如月は続ける。


「ねぇ日村くん。まだ会ったばっかだけど、かずっちって呼んでも良い?そのほうが仲良くなれるかなって。」


 如月は机からぐいっと身体を乗り出し日村に顔を近づける。


 来た!如月の高速距離詰めからの上目遣い!これに殺られたプレイヤーは女性も含めてかなり多かったようだ。かくいう俺も、これで落とされた数多のプレイヤーの一人だった。


「え、あ、うん。い、良いよ。」


「やったー。かずっち!」


「こら。そこ静かに!」


「は〜い。」


 ついつい声が大きくなってしまった如月を注意したあと、熊元先生が今月の予定について話し始める。如月はまだ何か話したそうにしているが、俺は口に人差し指を立て、静かにするよう促しておく。原作でもこのあと如月と日村は話していないから仕方ないね。


 如月の不満げにこちらを見つめる顔が可愛すぎてついつい許しそうになるが、なんとか堪らえる。


 ふぅ。これで第一話"初めてのクラスメート!"は問題なく達成かな。ぶっつけ本番にしては上出来だろう。やり込みまくってよかった〜…よし、今後は選択肢によるルート分岐も出てくる。一切間違えることなく日村を全力でサポートして、完璧なハッピーエンドに導くぞ〜!


 このとき俺は思ってもいなかった。日村が逆に、俺の恋愛サポートに回り始めるなんて…




◯豆知識

モブがイケメンだったり可愛かったりするのは"青春学園"も例外ではなく、現世にいたらチヤホヤされるくらいには、只野も実は整った顔立ちをしています。まあ、この世界ではスタンダードですけど…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る