第2話 早すぎる未知のルート分岐
「…じゃあこれで一通り話し終わったかな。え〜っと。そうだな。始業式始まるまでまだ時間あるから、誰か日村くんに校舎案内してくれる人〜。」
「「「ハイッ!」」」
一斉に手が上がる。皆日村と話したがっているようだ。かくいう俺も、せっかく直接会えたんだから話したいところだが、"青春学園"では俺は手を挙げていなかったのでそれに反するわけにはいかない。
「今一番仲いいの私なんで、私がやるのが適任だと思いま〜す。」
如月が声を上げる。明るく通る声だ。そしてやっぱり可愛い…。
おほん。原作では、手を挙げている中で選べる案内役は3人だった。如月か、熊元先生、もしくは…
「いえ、こういう仕事に関しては、クラス委員長の私がやるべきかと。」
ヒロイン第二候補の久留米 凛だ。久留米はクラス委員長を務める責任感の強いクールキャラで、頭脳明晰・運動神経抜群の完璧超人。たまにおっちょこちょいなところがあり、いわゆる"ギャップ萌え"ってやつだ。
吸い込まれそうな深い蒼の長いサラサラした髪と、同じくらい深い緑の目。シルクのような白い肌。キリッとした顔立ち。うん。告られたら即誰でもOKしちゃうねこれは!
冗談はさておき、いや冗談ではないのだが、とあるルートを進むと、ゲーム中盤くらいに如月をライバル視していたことが分かるのだが、そのライバル意識がこの発言を生んでいるわけだ。
「もし不安なら先生が案内してもいいけど…。」
熊元先生が優しい声で話しかける。めっちゃ渋いけど、熊本先生にファンがつくのも、分からなくはない。
さ〜て、ゲームでは1番最初の分岐点だが、果たして日村は誰を選ぶのか…
「じゃ、じゃあ委員長さんにお願いしてもいいですか?」
「もちろん大丈夫ですよ」
日村は恐る恐る言うと、久留米は淡々と答える。周りの人たちはガッカリしつつも、まあ久留米さんなら…みたいな顔をしている。
そんな雰囲気の中、俺の心の中は踊っていた。
キター!久留米案内ルート!実はこのルートを辿ると一気に久留米の日村に対する好感度が上がるため、彼女獲得RTAでは重宝されるルートだ。彼女獲得RTA動画がバズったときには"チョロ米凛"がトレンドになっていた。もしかしたら、ものすんごいスピードで彼女ゲットしちゃうかも…楽しみだ。
「じゃあ久留米委員長に頼むとするか。私は始業式前まで職員室に戻ってるから、なんかあったら職員室まで。というわけで一旦解散。」
その号令と同時に久留米は席を立ち上がり俺達のいる方へと歩いてきた。そうして
「久留米凛です。よろしく。」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。」
「では行きましょうか。」
「は、はい。」
と久留米は簡単に挨拶を済ませ、そそくさと日村を連れて教室を出ていく。相変わらず仕事が早い。この程よい冷たさが癖に刺さるというk、何言ってんだ俺…
二人が出ていくと、教室は日村の話題で持ちきりになっていた。カッコいい!とか、可愛い!とか、男だけど一目惚れした!とかいう声が耳に入ってくる。まあ当然だな、と後方おじさんヅラを決め込みそれを聞き流していると、いきなり
「ねえ、かずっちめっちゃ可愛くない?」
と如月が俺の机に手を置き突然俺に話しかけてくる。そして俺は答えに詰まってしまう。
もちろん、可愛い。しかし易々とそう答えるわけにはいかない。というのも、察しの良い方はおわかりの通り、原作において主人公が見ていないところで只野は何をしていたのか、それが全く分からないのだ。去年の1年間ももちろんそうだったが、もし仮に変なことをしてルートがぶっ潰れたりしたら取り返しがつかない。こういうシーンは1年経っても慣れない。
俺は頭をフル回転させ答えを導き出す。
「ああ、めっちゃ可愛いな。」
「え?そんなに間開けてそれだけ!?」
如月は腹を抱えて笑っている。ちなみにだが如月はゲラだ。
そんなことは置いておいて、俺がここ1年で導き出した"最強のモブ道"はこうだ。ただのクラスメートとして接する。只野の名に懸けて何にも波風を立てない普通で平凡な振る舞いで、極力ヒロインとの接触を避け、エンカウントしたとしても印象を残さない。告ったら「ごめんなさい。あなたはただの仲の良いクラスメートとしか見れません。」と言われるような人になる、というものだ。うん。完璧だな。
謝罪会見のときの謝辞みたいに無難だな、だって?うるせぇ。俺はそもそもそんな頭脳派漫画の主人公みたいに賢くないんだよ!
「…野、只野、只野?」
「え、あ、なんだ?」
「もう、無視するのは流石にないんじない?」
「すまん。考え事してた。」
「何考えてたの?」
「いや、日村のRINE欲しいなって。」
「分かる!日村戻ってきたらクラスRINE誘うついでに私もゲットしちゃおっかな。」
「名案だな。」
「ね。」
よし誰が見ても普通だな。この脳破壊レベルの美少女に対してよくやってるよ俺…でもイマジナリーフレンドしかいなかった俺がこんな美少女と対等に話せるなんて、世の中わかったもんじゃないなあ…
「菜々香〜。」
「は〜い。」
そんなことを考えていると、他のクラスメートに呼ばれ、如月は離れていく。名残惜しさも感じつつも安堵のため息をつく。
なんとか耐えれてる、よな?しれっと如月が日村をクラスRINEに誘うフラグも建てれたし、俺の役割は果たしたな。原作でも学校案内が終わって教室に戻ってきたときにクラスRINEに入るついでに如月、俺とRINEを交換するのだ。ちなみに久留米案内ルートだと久留米とも交換することになる。
話し相手がイマジナリーフレンドくらいになって、つまり暇になってふと窓を覗くとちょうど北館から南館への渡り廊下が見える。
そういえば、もうすぐ久留米と日村が通っていくはず。そこでたしか久留米が何もないところで転んで、日村が咄嗟に支えてそれで惚れるんだよな…。うん。やっぱり"チョロ米"だわ。あのネタにされまくった名シーンが生で見れるのか。謎の視力1.2が役に立つぜ。おっ、きたきた。
久留米が日村と話しながら歩いている。日村は緊張が和らいだようで少し足取りが軽い。久留米もなんとなく楽しそうだ。そう、そこそこ。その場所!
来るぞ、来るぞ…。コケたー!!って…
「ええっ!!??」
思わず大声が出てしまう。それもそのはず。原作では後ろにコケるはずだった久留米は前のめりに転び、日村ではなくどこの馬とも知らない通りすがりの女子生徒に支えられたのだ。いやいやいや。そんなルートあったか?5000時間以上プレイしたけどそんなルート見たことないぞ!どんな条件だよ。超低確率のイベントなのか?ま、まあ男じゃないだけマシか。
「何?なんかそんな凄いことがあった?」
俺の大声に驚いた如月とその友人たちがこっちに寄ってくる。
非常にまずい。原作なら只野は絶対こんなことしてない…。どうやって誤魔化せば…ん?
「見ろよあれ。屋上に何匹だ?15、16、…20匹くらいカラスが並んでるんだよ。」
「うわマジじゃんすご!」
「ちょっとスマホ取ってくる!」
「只野よく見つけたな。」
クラスメート全員が窓から身を乗り出し、カラスの行列に釘付けになっている。そのカラスの壮大さに皆は感嘆の声を上げている。
言うまでもなく、俺も。原作にこんな描写あったか?俺が第一人者なんじゃないか?早速投稿、って俺もうそういえば死んでたわ…
横目に見るともうそこには日村と久留米はいなかった。…まずいことになったな。俺はこんなルート知らないし、どういうふうに分岐したのか分からん。う〜ん…。よし、深く考えないでおこう。変な対策を講じると逆におかしな方向に行くというのはどんな漫画小説でも鉄板。この程度なら変化は久留米が日村に惚れていないだけだ。変わらず久留米案内ルートで接するとしよう。
只野は知らない。もうすでに羅針盤は狂い始めていることに…
◯豆知識
実は"チョロ米凛"のあだ名は主人公(今は只野)がつけた名前だったりする。これが結構バズったお陰で第一話の通り主人公は"青春学園"界隈のちょっとした有名人になったのだ。
あ、あと久留米ルートの彼女獲得RTA世界最高記録はゲーム開始から15分37秒で、それを記録した動画の再生回数はなんと300万再生を超えてるとか…。
さらに追加。実は"青春学園"のゲーム製作者は、遊び心で今回の話にあった通りカラスをめっちゃ並べる描写を違和感なくゲーム映してたけど、あまりにも違和感なさすぎて誰にもネタにされなくて落ち込んでたりします。なんならネタにされなさすぎて逆にどこまで増やせるかアップデートのたびに挑戦してるとかなんとか…
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