第33話 天才美少女魔法使いが残したもの

 報告 第六七八号


 発:メイゼル・エッテナッハ

 宛:アンティラ・エッテナッハ


 明朝より魔王城攻略戦が開始。

 作戦は以下の通り。


 魔王城の外縁部にて連合軍が陽動作戦を決行。

 兵力の分散を確認次第、勇者隊五名(魔法士メイゼル、騎士ヴァネッサ、斥候シェルスカ、司祭ラフェンディ殿下、勇者アシェル)は事前に確保した地底通路より侵入。

 先日入手した内部見取り図から割り出した最短ルートを突破し、指揮部にいる魔王を強襲する。


 なお、魔王城内には多数の魔物や魔族が駐在しているため、激しい抵抗が予想される。


 (ここでぐしゃぐしゃと書き殴った痕がある)


 あーもうめんどくさい!

 明日死ぬかもしれないってのに、どうしてこんなクソ真面目に報告書なんて書かなきゃいけないの?


 状況はお姉ちゃんも知ってるでしょ?

 ずっと報告してきた通り、最悪も最悪。


 魔王が開発してる超規模破壊魔法デストラクションは明日にも完成するかも。

 その試験の余波だけで、連合軍はズタボロ。

 あたし達だって最後の十二魔将とぶつかったせいで満身創痍。


 戦えば死ぬし、戦わなくても死ぬ。

 八方塞がりもいいとこよ。


 弱気になるなんてあたしらしくない、とか言わないでよ。

 こんな時でも平然としていられる人間なんて、この世に一人しかいないわ。


 アシェル。

 あの鈍感で朴念仁で無謀すぎるバカ。


 この際だから書いておくわね。


 あたし、あいつのことが好き。

 自分でもびっくりするぐらい、好きなの。


 あたしにしてみれば、世界の平和なんてどうでもいい。

 この世界はあたしみたいな天才を歓迎してくれなかった。


 長老どもが守ろうとしてる魔法士協会の威信なんて、もっとどうでもいい。

 所詮は、凡才達の足の引っ張り合いだもの。


 何度も死にそうな目にあっても、まだあたしが戦ってるのは。

 あいつを守りたいから。

 あいつと生きてくための世界を守りたいから。


 ずっとアシェルと一緒にいたいから。


 笑ってもいいよ、お姉ちゃん。

 こんな時に色恋沙汰なんて正気か、魔法使いとしての理性と矜持はどうした、って。

 あたしもそう思うから。


 でも。お願い。

 もしも、万が一にでも、あたしが生きて帰れなかったら。


 あいつを守って。受け入れてあげてほしい。

 ずっと身を削って、命を懸けて戦い続けてきたあいつを、休ませてあげてほしいの。


 温かい寝床と、美味しい食事と、それから、何か素敵なものを与えてあげて。

 もう誰とも戦わなくて済むようにしてあげてほしい。


 一人で放っといたら、きっと、どこかで野垂れ死んじゃうと思うし。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あの子が私に頼み事をしたのは、それが最初で最後です」


 大抵のことは一人でこなせる子だったから。


 そう語るアンティラの目に、涙はなかった。

 もうとっくに泣き尽くしたんだろう。


 腫れぼったくなった自分の目元を拭いながら、僕はそんなことを思った。


「……手紙でも口が悪いんだな、メイゼルは」

「字も汚いでしょう。せっかちすぎるのですよ、あの子は」


 僕とアンティラは同時に笑った。

 きっと、同じ顔を――口を尖らせたメイゼルを思い出しながら。


 それから少しだけ、無言になって。


「……できればあの子の言う通り、あなたを保護したいと思っています」


 アンティラが切り出した。


「気持ちだけで充分だよ。メイゼルの……最後の気持ちも、知れたんだ。それだけでもお釣りが来る」

「誤解しないでいただきたいのです。ただ匿っておくことが難しい、というだけなのです」


 ララ・シェが溜息をつく。


「まだるっこしいよ~アンティラ。正直に、力を貸してほしい~って言えばいいのに~」

「あなたは本当に……ああ、もう。今はあなたの言うことが正しいです、ララ・シェ」


 メイゼルそっくりの切れ長な眼差しが、真っ直ぐにこちらを見据えた。


「私は世界魔法士協会を――賢人会議を止めたいのです。あなたをメイゼルの仇だと決めつけた長老達を」

「……なぜ?」


 率直に、僕は訊ねた。


 世界魔法士協会は魔法使いの互助組織だと、メイゼルは言っていた。

 すべての魔法使いの安全を守り、その活動を支援し、社会的な地位を向上させるための組織。

 一般人による魔法使いへの迫害や、大小の秘密結社の抗争の果てにようやく生み出された一つの秩序。


 今のように魔法が社会に溶け込んだのも、すべては協会の努力の賜物だと――それゆえに、メイゼルのような飛び抜けた天才は排除されたのだと。


 メイゼルはともかく、普通の魔法使いにとっては重要な組織のはずだ。

 それをわざわざ変える必要がどこにある?

 

「理由はまあ、色々あるんだけどね~」


 割り込んで、ララ・シェが言う。


「一番大きいのは――連中が魔王の遺産に手をつけようとしてるから、かな~」


 ……なんだって?


 僕が何か訊くより先に、アンティラが続けた。


「長老マーリーンをはじめとする賢人会議は、超規模破壊魔法デストラクションを再現しようとしているのです」


 それは。

 メイゼルが命を懸けて阻止した魔法。

 彼女が全生命を魔力に変えて放った無効化魔法ディスペルが無ければ、僕はここにいなかった。


「嘘だろ。どうして、そんなこと」

「魔王が滅びた後も混乱を続ける世界情勢の中で世界魔法士協会の存在感を増し、すべての魔法使いの地位を守るため――というのはお題目です。連中が魔法を持たない者を支配するための方便にすぎません」


 圧倒的な破壊力を背景に世界を意のままに操ろうとする。

 そんなの、魔王がやろうとしたことと何が違うんだ。


「……ただ、正直に言えば。あの子は望まないでしょう」

「当たり前だろ。メイゼルは、あれを美学も品位もない最低最悪の魔法だと罵ってた」

「そちらではありません」


 言って、アンティラは目を伏せた。


「あの子は、あなたに戦ってほしくないと願っていた。もしあの子がこの場にいたら、私を消し炭にしたと思います」

「それは……確かに」


 彼女の言葉は誇張じゃない。

 メイゼルは気に入らないことがあると、いきなり魔法を行使する悪癖があった。


 僕も何度か喰らったことがある。火の魔法から、雷、氷、風の魔法まで。

 天才魔法使いにとっては、言葉よりも拳よりも魔法の方が手軽だったのだ。


「たった一人の妹の遺言すら守れない最悪の無能、死ね、って罵りながら」

「もっと酷い事を言いそうだ。語彙力も天才的だったし」


 メイゼルが繰り出す罵倒のバリエーションは、本当に無限だった。

 才能の無駄遣いとは、まさにあのことだったと思う。


「でも。メイゼルはいつも、最後には許してくれたよ」


 例え無茶で無謀な戦いでも。

 それしか手がないと、分かっていたら。


 僕を止めたりしなかった。

 道を切り開くために手を貸してくれた。

 最後まで――本当に、最期の一瞬まで。


「それに、メイゼルのためって言ったら、大抵のことは喜んでくれると思う」

「そう……なのですか?」

「一度、『君のためだから』って言って地下牢に置き去りにしたことがあったけど、結局、許してくれたし」


 誤解がないように言っておくと、嫌がらせとかじゃない。


 旅の途中、現地の人々に殺人の濡れ衣をかけられたことがあった。

 嫌疑を晴らそうにも逃げ出すんじゃないかと疑われたので、仕方なくメイゼルを人質として預けたのだ。


 一週間後、事件が解決して牢屋から出てきた彼女は、何なら普段より機嫌が良かったと思う。


「え~……あの子~チョロすぎない~……?」

「まあ、その、なんでしょうか。つまりはそれだけ、アシェル君のことを信頼していたということなのでしょう。ええ。多分」


 呆れ顔のララ・シェと、なんだか微妙な顔で頷くアンティラ。


(ともあれ、だ)


 僕は二人に告げる。


超規模破壊魔法デストラクションを使おうとする連中がいるなら、放ってはおけない」


 これは貸しとか借りとか、ややこしい話ではない。


 あんな魔法がいつどこで使われるか分からないような状況では、安心して暮らせない。

 誰よりも僕自身が。


「でも。協力する前に、一つだけ約束してくれ。アンティラさん」


 アンティラとララ・シェ。

 二人の目を見る。


「全部終わったら――超規模破壊魔法デストラクションを封印してくれ。もう二度と、誰の手にも触れられないように」


 これは取引だ。

 正当な対価であり、要求。

 僕が納得するための。


「……まったくもう。ここは値を吊り上げる交渉どころだよ~。アシェルくん」

「これが、僕の思いつく一番高い報酬・・・・・・だよ」


 ララ・シェがアンティラを見た。


「約束します。それがメイゼルの願いでもありますから」


 彼女が首肯する。 


 ――そうして僕は、新しい人生の第一歩を踏み出すことにした。


(最初にやることは……魔王の後釜に収まろうとするやつを蹴り落とすこと、か)


 まったく。

 代わり映えがしなくて嫌になる。

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そして勇者は生き残る ~追放された勇者は無法者になり、叛逆の英雄として世界に牙を剥く 最上へきさ @straysheep7

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