第30話 元勇者、討伐される
「く、来る! こっちに来るぞ! どうにかしろ、デュシャン! 策があると言っていたではないか、貴様ッ」
「ありえ、ない……その傷で……聖剣もなく――どうやって、これだけの戦力を……」
失った両腕を震わせながら、呆然と呟くマルク。
「魔王軍はこんなもんじゃなかった」
「は、ははは、は……あなたこそ……あなたの方が、よっぽど――化け物だ……っ」
その瞳に、もはや闘志はなかった。
「負けを認めろ。二度とミーリア・アルタンジェに歯向かわないと誓え」
「わ、わか、分かった! 誓う! だから、終わりだ、降参だ! 儂ははじめから反対だったんだッ! こんな損害、どうやったって取り返せない――ッ」
ザブロフが両手を上げるが。
「ち、近寄らないで――これ以上ッ! 兄さんを傷つけないでッ!」
女魔法使いは杖を構えた。
いくらかの詠唱のあとで、杖先から飛び出す【
人間一人を吹き飛ばすには充分な威力だ。
「――――ッ」
高速で飛来する熱の塊を、僕は正面から両断した。
剣風で熱と衝撃を四散させる。
「そんな――剣で、火球を――切ったッ!?」
驚くほどのことじゃない。
これぐらいは鍛錬すれば誰にでも出来る――僕もヴァネッサに教わるまでは出来なかった。
「嫌だ――来ないで、来ないで、来ないで――来るなァッ」
迸る紫電――【
飛び交う石片――【
僕は一気に踏み込んだ。
振るう刃で、魔法使いの杖を斬り飛ばし。
「ひっ――」
尻餅をついた女魔法使いを見下ろす。
「消えろ。今すぐ、僕の前から」
「な――なに、何よ、そんな――情けを、かけるつもり、なの――ッ」
呪文を詠唱することすら忘れて、女魔法使いは切断された杖を振り回す。
「……あんた達は“影の一党”を呼び寄せ、
僕は、唇を噛んだ。血が出るほど強く。
もうビル・マーレイのことだけじゃない。
彼女達は殺しすぎた。
「どのみち死刑だ。あと何日生き延びられるか――その程度の違いだよ」
それでも彼らを殺さないのは――僕が死体を見たくないから。
仲間の死に顔を、もう思い出したくないから。
ただ、それだけだ。
「ふざけないでっ! あなたのせいで、あなたが、全員、斬ったから――兄さんだって……あなたが死んでいれば! 全部、うまく行ったのにッ!」
ちらりとマルクへ視線を送る。
既に意味を為さない言葉をつぶやきながら、失くした両腕を振り回していた。
「いっそ、殺しなさいよッ! 今ここで――殺してよッ」
「……嫌だよ。これ以上、罪状を増やしたくない」
まだ何かを喚いている女魔法使いを無視して、僕は髭面の男に向き直り。
「ザブロフ・ムーア」
「お、俺は、あんたの賞金なんて興味無かった! あのマルクとかいうバカな傭兵が、欲に目がくらんだせいで――」
――その顔を殴る。
「でぶろばッ」
太り気味の身体が宙を舞った。
一回転して、顔面から石の上に落ちる。
「――い、ひ、ぎ、いた、痛ぇ、いてぇよォ、歯が、歯がぁぁぁ」
「毒を飲まされ、すべてを奪われたミーリアのお婆ちゃんの苦しみに比べたら、半分にもならない」
襟首を掴んで、ザブロフを無理やり立ち上がらせる。
「誓いを忘れるな。少しでも違えれば、どうなるか分かるな」
「ひ、ひゃ、ひゃい、わ、わか、わかり、わかりましゅ」
鼻血とよだれでグシャグシャになった男が、ぶんぶんと首を縦に振る。
「そうか」
僕は頷き、それから、もう一度殴った。
「がびゅっ」
「これは僕の取り分――迷惑料だ」
完全に白目を剥いたザブロフを手放して。
僕は長い息を吐いた。
(……ここまでか)
膝をつく――というより、倒れそうになったのを膝で堪えた。
視界を覆う白いもやを必死に追い払おうとする。
足音。誰かが近づいてきた。
「アシェ! この――バカッ!」
ブエナだ。
よかった。味方だ。
「結局オマエは、また一人デ――この、アホ!」
肩を貸そうとする彼女を、手のひらで押し止める。
「予定通り、だよ。
「ドテっ腹にカザ穴空けといテ、まだ言うカ!?」
僕は頭を振った。
「……これぐらいじゃ、死なないよ」
「強がらないで。ナイフで腹を刺されたら死ぬって言ったじゃない――あのとき」
ロザリンドの声がする――多分、泣いている。
笑って返す。
少しでも慰めになればいいと思いながら。
「あんなの、嘘に決まってるだろ。僕は
「……嘘が下手すぎるのよ。アナタ」
そんなことは百も承知だ。
でも、それしか選択肢がないんだ。
「……ミーリア。そこにいるよね。剣は持ってる?」
「はい――間違いなく」
答えと、鍔鳴り。
「じゃあ、ブエナ。始めよう。あんまり痛くしないでくれ」
「……オトメみたいなコトいうナ、バカ」
僕は。
ブエナを突き飛ばし、立ち上がった。
乱戦の中で奪い取った誰かの剣を握り直して、
「正体がバレた以上――もう、あんた達に用はない」
できるだけ大きな声で告げる。
もっともらしく聞こえてくれと、願いながら。
「どけ。でなければ殺すぞ。ミーリア・アルタンジェ」
「……抜かセッ! コノ――
ブエナの頸を狙って刃を放つ。
オオカミ属に相応しい瞬発力で、彼女はくぐり抜けてみせた。
「――シッ!」
ブエナの拳が僕の頬を打った。
両の手から放たれる、目にも止まらぬ三連撃。
「――――ッ」
霞んだ視界に星が弾ける。
危うく意識が飛ぶところだった。
(まあでも……爪で顔を引き裂かれるよりは――マシか)
僕はぐらつきながら、どうにか欄干に背中を預ける。
疼く腹の傷を押さえながら、片手で剣を構えた。
「――よくもわたくしを謀りましたね、背徳の勇者アシェル! アルタンジェ伯爵家の名において――あなたを、成敗しますっ!」
勇ましい宣言を、辺りに響かせながら。
ミーリアが斬り掛かってきた。
勢いは十分だが、体重が乗り切らない一閃。
それでは刃が通らない。
「やあああああぁぁぁぁぁっ」
「――――ッ」
僕は剣を翻し、ミーリアの攻撃を弾いた。
一合、二合と打ち合って。
「えいっ、とうっ、たあっ」
「…………ッ」
膝が緩む。
僕が見せた隙を、ミーリアはきちんと捉えてくれた。
「――せいやぁっ!」
刃が鎧の隙間を縫って、肩に食い込む。
肉は斬れたが、鎖骨は折れない程度のダメージ。
僕はミーリアの剣を振り払おうとして、背中から欄干にぶつかり――
落ちた。
予定通りに。
(どうにか、それらしく――振る舞えたかな)
雨で水量を増した川面に落ちるまでの、一瞬。
身が竦むほどの浮遊感の中で、僕は考える。
これでミーリア達に余計な嫌疑がかかることはないだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……勇者アシェル、討ち取ったり――っ!」
全身全霊を賭したミーリアの勝鬨を、遠くに聞きながら。
僕は、濁流と化したルーベン河に落ちた。
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