第23話 元勇者、就職する
浴場で体を洗った後は、身なりを整えて。
すっかり小綺麗になった僕――小綺麗な少女に扮した僕と仲間達は、改めて歓待の晩餐に臨んだ。
「騎士に扮した傭兵達に追われ続け、もうダメかと思ったときに! アシェ――アシュレイさんが、助けてくださったんですの!」
「まあ結局、奪った馬車は潰れちゃったんですけどねぇ……」
熱を込めてミーリアが語り、ロザリンドが所々話をおぎなう。
二人の口を通すと、ここまでの道のりが胸躍る冒険譚に聞こえてくるから不思議だ。
実際にはすべてが紙一重で、いくつもの幸運に助けられた泥臭い逃避行に過ぎなかったのに。
「四人の騎兵を無手で一瞬に……俄には信じがたい! アシュレイ殿は卓越した武人ですね!」
「え……ええ、その。それほどでも……ないというか」
「で、そのあとは? あの山賊街道で追手を撒くのは用意ではなかったでしょう」
「それはこちらにいらっしゃるブエナさんとララ・シェさんのお力で――」
少女のように息を弾ませ、興味津々に食いついてくるブリギッテ公爵。
それこそ子供のような彼女の好奇心をかわすのは、僕には荷が重かった。
ロザリンドが耳元で囁いてくれるアドバイスがなければ、多分、あっさり正体を見抜かれていただろう。
内心冷や汗まみれの会食も終わりに近づき、全員が食後のデザート――桃のシャーベットに舌鼓をうっている時。
ブリギッテ公爵が、言った。
「皆様に――改めて御礼をさせていただきたい。言葉だけではなく、具体的な形で」
つまりは、報酬。
大事な姪を守り抜いた僕達に対する労い。
(……そういえば。魔王と戦っていた頃、報酬なんてもらってたっけ?)
皇国や連邦国から支給される必要経費は、各地の冒険者ギルドを経由して受け取っていたはずだ。
お金に関しては、計算が得意なメイゼルと書類仕事に強いヴァネッサが二人で管理してくれていたし。
(あの時、もうちょっと興味を持っていれば、ここまで苦労せずに済んだのかな……)
僕が、もらっても良いのだろうか。
すべて成り行きでのことだ。
そもそも僕は追い剥ぎをしようとしていたのだし。
ここまで辿り着けたのも半分は運でしかない。
豪華な風呂と着替え、そしてこの晩餐だけで充分に報われているんじゃないか?
「ソレ、要するにカネくれるってコトでいいのカ、公爵ドノ? 現ナマでオーケー?」
「ブエナちゃん~直球すぎ~。ま~でも~わたし達も~がんばったしね~」
「ウチはそーいうのじゃないんで、別にいいっす。ダーリンに出会えたし」
ブリギッテ公爵からの提案に、それぞれが盛り上がる中。
ロザリンドだけが静かにこちらを見ていた。
「どうしたの、ロザリンド」
「……アタシに恩を売ったときと同じ顔してるわよ、アナタ」
どんな顔だろう。
「空っぽ」
僕は。
思わず、自分の頬を撫でた。
「そう、かな」
「何が欲しいか、自分でも良く分かってないんでしょう」
「……何が、欲しいか……?」
生きていたかった。
仲間と共にいたかった。
それでよかった。
毎日襲ってくる敵を殺し、仲間を守り、いつかは魔王を打ち破って、この世界がもっとマシなものになって。
仲間達が――ラフェンディが、メイゼルが、ヴァネッサが、シェルスカが生きていてくれれば。
それだけで良いと思っていた。
「……世話が焼けるわ、まったく」
ロザリンドは公爵に向き直ると、
「公爵閣下。お言葉に甘えて、お願いをしてもよろしいかしら」
「なんなりと。ロザリンド殿」
自らの豊満な胸を右手で示し、左手で僕を示しながら、
「アタシと
……えっ。
と、僕が虚を突かれているうちに。
「なんと、それは――願ってもないことです! でしょう、ミーリア!」
「えっえっ、あっ……はい、もちろんです! ですが、よ、よろしいのですか、お二人とも!?」
待ってくれ。
と遮るより早く、ロザリンドが受け合う。
「少し前から考えていたことよ。アナタの貴族としての志に感銘したから……と、言いたいところだけど」
くすっ、と笑い、
「このままサヨナラするには、少し心配なのよね。
目配せをされる。
僕は思わず、
「それは、確かに、そうだけど……でも」
「決まりね。これからは従者として誠心誠意お使えいたしますわ、ミーリアお嬢様」
「こっ、こちらこそ! よろしくおねがいいたしますわっ、ロザリンドさん、アシェ――アシュレイさんっ」
ちょ、ちょっと待ってくれ、僕のようなお尋ね者がミーリアの傍にいる訳には、っていうかそもそも僕は男なんだけど――
などと考えているうちに、話はまとまってしまい。
どうやら僕は、ミーリア・アルタンジェ嬢の
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「貴様ッ! 一体どういうつもりだ――マルク・デュシャンッ!」
口角に泡を散らしながら、ザブロフ・ムーアは叫ぶ。
ルーベン橋での顛末を聞いた瞬間から、額の血管がはち切れそうなほどの激昂ぶりだった。
「自由領の衛兵を使っても良いとは言ったが、いらぬ嫌疑をかぶった上に殺すなど論外だッ! いや、そもそも! ルーベン橋はノルドスク領との境界だぞ!? あそこで揉め事を起こせば公爵預かりとなるどころか、最悪、皇帝直属の神聖騎士団が出張ってくる可能性がある! そんなこと、いくらサル程度の知能しか無い傭兵風情でも想像がつくだろうが!」
薄くなった髪を掻きむしりながら、落ち着きなく部屋を行ったり来たり――
「この役立たずの無駄飯食いどもめ! いくら腕が立とうと所詮は傭兵、暴力しか能のないクズばか――ぼげるぼぁぁぁぁぁぁっ!?」
そんな彼の頬に、私は拳を叩き込んだ。
無様に絨毯を転がるザブロフ。
その腹を、ブーツの踵で押さえつけて、
「落ち着きなさい。見苦しい」
「きっ、きききき貴ひゃまっ!? 気でも狂ったか――」
「我々が何故
告げる。
「あの山賊街道からミーリア・アルタンジェを守り続けていたのは、あの勇者アシェルです。ルーベン橋でようやく確証を得ました」
「はぁ――な、なん、だと?」
私利私欲以外にはまるで働かないザブロフの脳みそが、暴力と衝撃から立ち直るまで、しばしの間。
「勇者……あ、あの、仲間を裏切り見捨てた挙げ句、たった一人で魔王を倒した、とかいう……?」
「ええ。あなたがこれから値切ろうとしている我々への報酬よりも、遥かに高い賞金がかかっている男です」
先程まで茹でダコのようだったザブロフの顔が、今度は一気に青褪める。
「な、な、何を考えている、貴様ッ!? 奴は魔王すら斃した
腹に踵を一発。
ザブロフは吐瀉物を撒きながら悶絶する。
「最初に出てきたのがつまらない泣き言とは、ガッカリですね。あなたの唯一の長所は、カネの匂いを逃さない嗅覚だったのに」
「げほ、げほ、が、き、貴様、一体何のつも――おぶるぉぇっ」
「我々デュシャン傭兵団は彼を捕らえて賞金を手に入れます。そうなればあなたのような下衆に媚びる必要もなくなる」
目を白黒させるザブロフ。
私は彼の髪を掴み、顔を強引に引き上げた。
「さあ、選びなさい。今ここで
「ごぼ……わ、わか、った……協力、する、する、から……」
望み通りの答え。
私は頷き、
「では――“影の一党”に連絡を取れるルートはありますか。出来る限り早く」
「そ、それは……」
“影の一党”。
その名の通り、見えはすれども決して触れられない禁忌の存在。
まるで神話のように恐れられる組織、だが。
(所詮は、殺し屋の派遣業者)
ムーア商会のような利潤を最優先する商業組織と、繋がりが無いわけがない。
「……あ、ある、が……しかし――」
ザブロフを解き放つ。
「報せを入れなさい。あなた方が探している
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