第22話 元勇者、歓待される
「まずは御礼を述べさせていただきます――
居城に戻るなり、彼女――ブリギッテ・アルタンジェ=ノルドスク公爵はひざまずいて頭を垂れた。
ミーリアの叔母にしてノルドスク領を治める大貴族ともあろう女性が、身元もしれぬ僕達に向かって。
不思議と、咄嗟に身体が動く。
僕は、膝を折って頭を下げた――皇子のラフェンディや騎士のヴァネッサに死ぬほど叩き込まれた所作。
(礼儀がなってないと支援者を募るのに困るから、条件反射でできるようになれ、って……)
あれは、僕にとっては本当に過酷な訓練だった。
魔物や魔族と命を奪い合うほうがマシだと思えるぐらい。
「えと、その……もったいないお言葉です、公爵閣下」
「見ず知らずの娘を守るため、ならず者に立ち向かい続けたあなた方の勇気と優しさに、最大限の敬意と感謝を」
……ともあれ。
ブリギッテ公爵は優雅な仕草で立ち上がると、女神もかくやという笑みを振る舞ってくれた。
「ぜひ皆様のお話をお伺いしたいところですが――ここまで、過酷な旅路だったでしょう。まずは身体をお休めください」
彼女が右手を上げる。
すると、どこからともなく現れたメイドの一団が、僕らのそばにかしづいた。
「諸君。この方々に最上のおもてなしを」
「かしこまりました、ブリギッテ様」
僕らは顔を見合わせてから――ブリギッテ公爵のご厚意に甘えることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そういう訳で。
僕は今、女風呂にいる。
(なんで?)
分からない。
いや、経緯は分かっている。
(僕は女装したまま逃亡し、その格好でブリギッテ公爵に会った。だから彼女は僕を女だと思っている)
仕方ないことかもしれない。
ロザリンドが施してくれた変装は完璧だった。
やけにフリフリしてヒラヒラしていることを除いて。
(……もし僕が男だとバレたら――最悪、
それは絶対に避けなければいけない。
ミーリアに類が及ぶことを避けるためにも。
と、ロザリンド達に力説され、いまいちこれといった反論もできないまま。
連れ込まれたのは、とても大きな浴場だった。
僕達が入るためだけに、わざわざこんな大量のお湯を沸かしてくれたらしい。
(そういえば、聖都を逃げ出してからこっち、まともに風呂なんて入れてなかったな……)
ブリギッテ公爵の心遣いはとてもありがたい。
だが、いくら湯浴み用の布を身体に巻いているとはいえ、ロザリンド達と一緒に入る必要はなかったんじゃないか。
交代で入るとか、なんか他のやり方はあったはずで……
「はぁぁぁ……生きててよかったわぁ……」
腹の底から溢れ出したようなロザリンドの深い溜息に、びくっとなる。
「旅は嫌いじゃないけど、やっぱり、身体が洗えないのはちょっとね」
「ブリギッテ叔母様も湯浴みが大好きなんですよ。この浴場は古代ローエンナのものを再現していて、オストブライエンから取り寄せた大理石を使っているそうです」
「あ~ニンゲンって~なんか~やたらお風呂好きだよね~。やっぱり老廃物が多いからなのかな~?」
ミーリアの解説に、ララ・シェが笑ったのが聞こえる。
ロザリンドが小さく鼻を鳴らし、
「はいはい。永遠の若さと美貌に恵まれた偉大なる
「
言いながら、ブエナが身体を震わせたらしい。
飛び散った水滴が僕の背中を打った。
「あー。ホントマジうらやまー、お貴族様ってさー。こんなバカでっかい風呂で、お湯もじゃぶじゃぶ使い放題とか。マジ極楽じゃん」
「それは……その、確かに贅沢かもしれませんが」
「文句があるならさっさと出ていきなさいよ。というかなんでコイツまだいるのかしら? アタシ達を見捨ててサッサと橋を渡ったくせに」
ざばっ、と水音。どうやらリズが湯船から立ち上がったようだ。
「はあー!? 先に行ったウチらが声かけてなかったら、あのおばさん達、城に帰ってたからね!? そしたらどうなってたと思ってんの!?」
「口の利き方に気をつけた方が良いわよ、バカ傭兵。本人の前で言ったら斬首だから、それ」
「お、叔母様はそんな心の狭い方ではありませんよっ!?」
なにやら、わいわいと言い争いが始まる。
僕はそのすべてを聞き流していた。
浴槽の隅っこに正座して、外側を向いたまま。
(まあ……とにかく、今のうちに身体を休めておこう)
過ぎたことを考えても仕方がない。
こんな恵まれた設備の風呂に入っていること自体が奇跡なのだ。
休めるときに休み、食べれる時に食べる。
そして体力を取り戻したら、この事態にかたをつける。
そんな事を考えながら、僕はゆっくり湯船に沈んでいく――
「ちょっと~アシェルく~ん、どうして~そんな~そっぽ向いてるの~?」
ララ・シェの声は聞こえなかったふりで、目を閉じる。
じゃぶじゃぶと水音が近づいてくる。
多分、ララ・シェが近づいてきてるんだろう。
でも僕には何も見えない。
「も~恥ずかしがらなくても~いいよ~? ほら~返送するときも~ほとんど裸だったし~今更だよ~?」
「……それは僕が一方的に剥かれただけだろ」
ものすごい近くに彼女の気配を感じる。
吐息どころか、火照った身体の熱気が肌に触れているような。
「すねないでよ~ちゃんと謝ったし~」
「すねてないよ。あと、謝ってくれたのはロザリンドとミーリアだけだ」
「ホント~細かいこと気にするよね~ニンゲンって~」
それでも僕は何も感じない。
そういう風に訓練を積んだのだ。
強力すぎる聖剣を正しく扱うために、何が起きても動揺しないために。
鍛えに鍛えたのだ。これでもかというぐらい、精一杯。
だから平気。全然だいじょうぶ。
ちょっと裸の美人に囲まれたぐらいじゃドキドキしないんだ。僕は。
「あれ~? アシェルくん~顔、赤くない~?」
「……風呂に、入っているからね」
全然、余裕だ。
「ふふ~ん、か~わい~。メイゼルも~そういうとこが~気に入ったのかな~」
「……待ってくれ。どうして、君が、その名前を」
「あー!? ちょっと、エルフ女! 抜け駆け禁止なんですけどっ!?」
ばしゃばしゃばしゃ。
リズの足音だ。大股で騒々しい。
「今夜こそウチがダーリンとヤるんだからねっ」
「ニンゲンってすぐサカるけどさ~、君はちょっと~……ううん、だいぶ変だよね~?」
いつもは鷹揚なララ・シェが、珍しく引いている。
僕も同じ意見だけど。
「ウチがフツーだから! てかニンゲン代表だし!」
「……風評被害よ。黙って」
ロザリンドがぼやくと、ばしゃっ、とリズが振り返った音。
「だってネエさんもダーリンとヤりたいっしょ!?」
「ちょっと、姉さんはやめて。アナタと姉妹になったつもりはないから」
はあ、と物憂げな吐息。
もちろんリズはお構い無しで、
「これからなればいいじゃないっすか! サオし――」
「お嬢は耳を塞いでなさい。教育に悪いわ」
「えっ、わ、わたくしですか?」
「いいから。早く」
僕も塞いでおこう。
なんだか疲れてきた。
ゆっくり風呂に浸かってるはずなのに、なんでだ。
「……ナンだ、ロザも興味――カ?」
「あのね――コドモなんだから……――は逆効果……」
「流石――……さんは、経験が……――っす!」
「へ~……ローザちゃんって――……婦だったの~?」
「見て分から……――」
「暑がり――おっぱ……出してるのかな~って――」
四人の会話が盛り上がり、気が逸れたタイミングを見計らって。
僕はこっそりと風呂場を出た。
「――あれっ!? ちょ、待って、ダーリンどこ!?」
「おー、やるなアシェ! 全然気づかなかったゾ!」
「あの子、なんでもできるのねぇ……」
動揺しないのと同じぐらい、気配を消すのも得意だ。
“闇の一党”屈指の暗殺者であるシェルスカから、筋が良いと褒められたこともある。
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