第2話 赤い電話とヘアスプレー

「あ、ごめんごめん」


 唐突に何か言いだしたGPグッピーに、もう少し検討しようかと言おうとしたところで女の子、あたしたちの気配に気づいて起き上がった。


「悪いんだけどサ、電話ならウチの前にもあるからそっち使ってくれない?」


 ウチ、と言って指した方にはタバコ屋さんがあった。

 店のシャッターはもちろん降りてるんだけど、言われた通り赤い公衆電話が脇に立ってた。

 こんなときの最適な受け答えは、と。


「ううん、電話じゃないんだ。誰か倒れてると思って」

「あははは、そうか。ごめんごめん。あんたいい子ね。

 大したことじゃないんだけどサ、今夜このままここで寝ることになったとしたら、どんな体勢になるのかな、って確かめてただけなのよ」


『今夜このままここで寝る』って、どんなことが起こってるんだろうか。

 それを訊こうとしたら、


「あ、来た来た」

「おまたせ」


 ヘアスプレーの匂いと、揚げ物の匂いがやってきた。


「唐揚げとおにぎりとお茶でいいわよね?」


 そういってバスケットを持ってきたのは百八十センチくらいかな、背の高い男の子だと思うんだけど、彫りの深い顔にお化粧をしているので夜目にも派手だった。

 逆毛立ててて、頬のシャドーが赤いし、アイラインもきつめ。アイシャドウはブルー。紫のリップスティック。


「ほらほらほら、」


 女の子がまた、笑いだす。


「それ、やめなよ、キヨシローのほうがマシだってば。ぽかんとしちゃってるじゃない、そこのカノジョがさあ」

「やだあ、ニューロマンティックって言ってよお」


 紫色のフリルのついたブラウスを着ているんだ。履いてるスラックスは銀ラメ。マニキュアもシルバーなんだ。

 ニューロマンティック。七十年代後半の音楽、特にイギリスのニューウェイヴシーンから出てきたファッションで、それは男のコがこんなふうに中性的にキラキラ着飾るそうなんですよ。

 キヨシローというのは忌野清志郎のことで、坂本龍一といっしょにニューウェイヴなコラボレーションをした『い・け・な・いルージュマジック』が出たのは半年くらい前かな。教わった話だけど。ニューウェイヴとニューロマンティックってどう違うのよ。


「そんなことないわよね? 〈おしゃれなテレコ〉持ってるカノジョお、音楽好きならわかるんじゃないの? こういうこだわり」

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