SSフラスティア家への挨拶の日



 カイザーがフラスティア家に婚約のための挨拶に来た日、朝からフラスティア家は大騒ぎだった。

 皆がカイザーと話したがり、質問攻めにされた。怖がられ、距離を置かれることが日常的なカイザーにとって、家族以外の人から同時に話しかけられるなんて初めてのことだった。

 

「もういいでしょ!! カイザー様とお部屋に行ってくる!!」

 

 フラスティア一家の勢いに押され、珍しくたじたじになっているカイザーのために、アディルは叫んだ。

 

「すみません。皆、カイザー様が好きすぎて、興奮しちゃったみたいで……」

 

 自分自身のことは棚に上げ、アディルは言う。だが、カイザーの内心はそれどころではなかった。

 

アディルの部屋密室に二人きりは、まずくないか?)

 

 いくら婚約する仲とはいえ、未婚の男女が密室で二人きりになるのは良くない。婚約や結婚に疎いカイザーさえ、そのことは知っていた。

 

「アディル、少し扉を開けておいた方が──」

「イヤです!! 折角、カイザー様に会えたのに、私だけ少しもお話できなかったんですよ? 私だって、カイザー様とお話したいのに……」

 

 身長差による上目遣い、少し拗ねた声、好きな女性と二人きりという状況。ゴクリという自身がつばを飲む音が大きく聞こえたような気がした。

 

(俺の理性を試してるのか?)


 ガチャリという音ともに閉められた鍵。カイザーは、散り散りになった理性を懸命にかき集めた。

 

「せめて、鍵は開けとけ」

「お父様かユナイが突撃してくるから、だめです」


(せっかくのカイザー様と二人きりのチャンス。邪魔なんかさせないんだから)

(俺に対しての危機感を持ってくれ……)


 カイザーは、心の中で頭を抱えた。理性は強い方だ。自分の感情のコントロールも得意である。問題はアディルが関係しなければ、ということだろう。


「あの、カイザー様に見てもらいたいものがあったんです」


 そう言いながら、己と戦っているカイザーの手をアディルは引く。白を基調としたアディルの部屋には、ハート型のクッションやくまのぬいぐるみなど、可愛いが詰まっている。


(結婚したら、アディル好みの家にしよう)


 自分に似合う、似合わないなんて、カイザーにとっては些末なこと。アディルが少しでも喜ぶのなら、喜んで可愛らしいメルヘンな家に住むつもりだ。たとえ、強面顔のカイザーとメルヘンが対の存在だとしても。


「あそこの額を見てください!!」


 嬉しそうに言われ、視線を上げる。そして、目を見開いた。


(あ゛?)


 カイザーにとっては信じられないものが飾られていた。

 眉間にシワが寄り、凶悪顔が極悪顔へと変わる。威圧感も増している。この場に平気な顔をしていられる人物は限られる。カイザーの家族、アスラム、フラスティア一家くらいだろうか。


「勝ち取るの大変だったんですよ。お父様とは死闘を繰り広げました」


 きらきらとした笑顔で言われ、カイザーは何も言えなくなった。


「……そうか。良かったな」

「はい!!」


 カイザーの耳は朱に染まっている。


(これは、いつまで飾る予定だ?)


 額に入れ大事に飾られた、自身からの婚約打診の手紙。カイザーは現実から目を逸らすかのように、そっちの方を見ることができなかったのであった。

 

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