第36話 岸川総監督 C監督渡辺

 インターハイ県予選。


 ここでの敗退は想定してなかった。

 敗退した港工学みなこーの総監督を務める岸川は危機感を抱いていた。歴代最強と言われた長身フォワード伏見真司がいながらもベスト16止まり。しかもその伏見が選手権を待たずに引退するという。


 このことは決して珍しくない。


 秋に予選が始まる選手権。引退し大学受験に集中したり、就職に向けて準備をしたりで多くの選手は引退するものの、3年の中心選手は選手権まで残ることが多い。伏見クラスになると残って当たり前だと思われていた。


 しかし、当の伏見自身はインターハイ予選でやり切った感を感じていた。そして本人はまわりが言うほど、最強フォワードという認識がなかった。実際大学から声が掛かってない現状、大学進学を諦めて就職に舵を切ろうとしていたくらいだ。


 それはつまり彼のサッカー人生の区切りを意味していた。そんな彼を思い留めさせる為に壮佐学園の練習試合に連れ出した岸川だったが、目を疑った。これが来年の港工学Bチームを担う人材なのかと言葉を失った。


 攻めも守りもちぐはぐで、まるで統制が取れてない。攻撃の形すら作れてない。前半だけで4失点。現在のBチームには慢性的にストライカーが不足していた。伏見が抜けた後、後継者とまでいかないまでもその候補を探しに岸川はCチームの視察に来た面もある。


(空振りか……)

 岸川の脳裏を不安がよぎる。また、長い低迷期に入るのではないか嫌な汗が流れた。来年以降インターハイ県予選の2回戦敗退が現実味を帯びてきた。それどころか秋からの選手権。伏見抜きでどう戦うのか大幅な戦術変更は避けられない。


(それにしても、賑やかだ)

 ピッチサイド。ボードまで持ち出して港光学の選手に指示をする女生徒の姿。長内佳世奈の姿が岸川の目に留まる。前半、佳世奈の翔に対する激しい檄を岸川は聞いていた。


(間違ったことは言ってない。それにしても……)

「渡辺。いつからウチは女子マネージャーをとるようになった」

 岸川はCチーム監督の渡辺に声をかけた。渡辺は港工学の卒業生で岸川の教え子でもある。

「いえ、あれは他校の生徒で。仲島の――85番の専属みたいに毎試合来てまして……」

 女連れか。前半見たところたいした仕事も出来てない。あの身長ではウチの戦術には合わんか。


「後半、下げますか?」

「下げる? いやもう少し観たい」

 この場合、岸川の観たいは佳世奈の檄に翔がどう反応するかほんの少し興味が湧いたという意味だ。


 ***

「わかった? 仲島君。このまんま待っててもボール来ないよ! もう、あの三浦だか三島から奪っちゃえ! 責任は私が取る!」

「いや、どうやって責任取るの(笑)そうだなぁ、これ以上干したくても干しようもないか」

「そう! そうよ! それ! もうあの節穴ふしあな監督相手に何やっても変わんない! どうせ評価する気ないんなら好きにやろう! 私にゴールを献上なさい!」

「なに、相当うえからだけど。わかった。もしダメだったら別れよう」


「えっ、いやそれはその……ちょっと短絡的かな? いや、単なるれ、れ、れ、練習試合じゃない? あの言い過ぎたなら謝る。土下座だってする覚悟あるよ。それはもうきれいな土下座するよ?」

「なに言ってんの。いつもは『橋を焼け! 退路を断て!』って言ってない?」

「言ってるけど、ほら窮鼠きゅうそ猫を噛むって言うよ? 私、追い込まれるとむよ? 滑舌かつぜつめっちゃ悪くなるよ? って、その噛むじゃないか⁉ って‼ 聞いてないし‼」


 翔は後ろ手に手を振り後半のピッチに立った。

 相変わらずパスは翔の所には来ない。相方のフォワードは意味もなくコーナーで囲まれパスを出すことなく潰されるを何度となく繰り返した。


「渡辺。あのフォワードはなぜパスしない」

「いや、それは仲島――『85』のフォローが遅いからで」

「お前の目にはそう映るんだな」

 渡辺は港工学時代ディフェンスの選手だった。攻撃のバリエーションを持ってないと岸川は以前から指摘していた。

(変わってない。いやこれは私の指導不足だ)


 確かに守備重視の戦術を取っていた。戦術の浸透のためAチームからCチームまで同じ戦術を徹底していたが、岸川の思う守備的と渡辺の指導している守備的は似て非なるものだった。

(守っていたらいいってわけじゃない。それに失敗しなければいいっていう空気はなんだ)


 横パス。バックパス。そして安全なエリアでのパス回し。自分達にも相手にもまるで、脅威にならない退屈なサッカーが展開されている。

(これでは体育の授業のサッカーの方がおもしろいだろう)


 岸川はこの先始まる港工学の低迷期にため息をこぼした。こんな試合見せて引退を決意した伏見を思い留まらせることなんて出来るわけない。そんな覚悟をした矢先のことだ。


「仲島! なにしてんだ!」


 Cチーム監督の怒りの声。ピッチ。本来なら翔とコンビを組んでいるはずのもうひとりのフォワード三浦。後半も相変わらずパスの供給もしなければシュートもしない。キープして潰されかけたその時。


「ほぉ」


 岸川が感嘆の声を漏らした。

 翔は三浦の背後から迫り、三浦からボールを奪った。そのプレイに渡辺が叫んだのだった。しかし、そのプレイが相手のきょをつく。


 場所はペナルティエリアまであと少し。翔は躊躇ちゅうちょなく右足を振り抜く。壮佐学園Bチームキーパー。彼は同学年に長内葵さえ居なければ正ゴールキーパーだった。実力、経験とも申し分ない『21』番が翔のシュートに全く反応できない。


 後半開始早々のことだ。




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