第30話 仲島翔 情報交換。

 仲島翔目線。


「なに、正キーパー自ら付き合ってくれんのか」

 部活の後輩。3年生。

 県トレに呼ばれるレベルのキーパー。鬼束。そして新1年生。球拾いをしてくれるらしい。ふたり体勢とはなんか申し訳ない。


「まぁ、情報交換がてら」

 新1年生の方は新山君といった。背は低い昔の自分を思い出す。そんなに身長伸びてないけど。


「なに、鬼束。関心関心、さすが私が育てただけある!」

「そういやふたり仲いいな」

「あら、気になる感じ? もしかして嫉妬ですか? モテる女は辛し……」


「仲島さん、言っちゃなんですけど、もうちょな人ゴロゴロいますよ、考え直したほうが絶対にいい。例えるなら――ウチに小6の妹がいます。絶対そっちの方が将来性ありますよ」

 小6の妹紹介されてもなぁ……コイツも微妙にズレてる。悪気が少しもないのが、またタチが悪い。小6って俺、逮捕されるんじゃないの? 


「ほほぅ、あんたいいのね? あの時の恩は忘れたのね」

「鬼束、長内に恩ってなに?」

「いえ、単に家が近所で。登校班が一緒で、手を引っ張り回されて、登校した苦い過去があるだけです」

 小学生の時の話か。

 そうすると鬼束は俊樹と近い存在ってことか。長内、まだちゃんと話してないって言ってたけど、その辺大丈夫なんだろうか。まぁ、付き合うっていっても、前とそれほど変わらないんだけど。


 会う回数、話す回数は段違いだけど。ん……鬼束。情報交換って言ってなかったか?

「情報交換ってなに?」

港工学みなこーどうかなって。キーパー事情」

 そういうことか。


「ちょ、あんた。壮佐そうさ学園行くんじゃないの。お兄ちゃん待ってるわよ、たぶん」

「たぶんってなんです。嫌ですよあおいさんと比べられるなんて、真っ平ごめんです」

 お兄ちゃん? ん? 長内、お兄ちゃんいたの? いや、中学にそんな人はいなかった。いやいや、待とう『壮佐学園』の長内? 長内おさないあおい? 年齢別代表にも呼ばれてるゴールキーパー。長内葵のことか?


「長内?」

「あっ、言ってなかった? お兄ちゃんいるの。壮佐学園行ってる。中学から」

「マジか……」

「あれ、仲島君って、そういうのうとい人だよね。てっきり知らないのかと。っか仲島君くらい、うとい人にも知られてるうちのお兄ちゃんって、最強!?(笑)それで、鬼束ったらお兄ちゃんに憧れて、キーパーやってんの!大爆笑〜〜‼」

 いや、どこをどう大爆笑するんだ? 

 鬼束だって県トレ呼ばれてるレベルだし、本来中体連じゃなくてクラブチームに所属しててもおかしくない。まぁ、中体連が悪いわけじゃない、一応。


「なに? お兄ちゃん裏切って、仲島君に付いてくの? あんた見た目より見どころあるじゃない(震え声)」

「いや、そういう三文芝居いいんで黙っててください。仲島さん、実際どうなんです港工学。情報なくって」


 実際のところ。

 港工学うちはキーパーだけ見れば、強豪校なのは間違いない。各学年に種類の違うタイプのキーパーがいて、他校なら間違いなくレギュラー。しかし難もある。


「キーパーの質は高いけど、キーパーの指導者がいない。その辺、私立ならキーパーコーチいるだろ。それこそ壮佐そうさ学園なら、長内のお兄さんなんて手本中の手本だろ」


「それはそうかもなんですけど、なんて言ったら伝わるのかなぁ……型にハマりたくないって言ったら、大げさかもなんですけど、私立の名門って仲島さんの言う通り、キーパーコーチいるじゃないですか。でも、自分がやりたいことって――」


 そこで鬼束は言葉を切った。

 その視線の先に長内がいた。これはあれか、自分が目指してる方向と、長内のお兄さんの方向が違うってことなんだろう。だから、長内の顔色見る感じなんだ。長内自身はきょとんとした顔してる。


 恐らく、長内にとって、鬼束は登校班で手を引いた頃と変わらないのだろう。でも、人は成長するし、変わろうとする。もしかしたら、鬼束は変わろうとしているのかもな。


 そういう意味では、俺も同じか。こういう時、どうしたらいいんだろう。自分なら正論を聞きたかったか? そうじゃないだろ。


「鬼束。港工学に来い。お前のやりたいことは俺が見つけてやる。一緒に国立目指す道中にでも見つかるだろ、そんなもん。たぶん、俺が探してるモノも、同じようなトコにあるんだ、きっと」

「国立って、あの国立ですか⁉ 全国大会出場を目指すんじゃなくて⁉ 全国の頂点⁉」


「なに言ってんだ、国立目指したら、知らん間に全国行きの切符手に入るだろ」

 間違ったことは言ってない。

 まぁ、Cチームのセカンドに甘んじてる身ではあるけど。鬼束は少し考えて「ホントに、この人やめてウチの妹にしませんか?」と謎の妹推しをする。どーすんだ、俺がロリコンだったら大変なことになるぞ?


 しかし、ここで長内がパンパンと手を叩いた。

「盛り上がってるとこ悪いんだけど、おふたりさん。大事なこと忘れてない? 特に、仲島君」

「俺?」

「そう、あのね仲島君。何を隠そう、鬼束はね」

「うん」


! 評定なんてよ、奥様‼」

 俺、奥様なの? 

 長内は個人情報漏洩ろうえいを気にしたのか、耳元で鬼束の成績を暴露。残念ながら、推薦入学を受ける基準を大きく下回っている。


「あのね、鬼束。港工学みなこーめてない? 他の工業高校より、偏差値高いのよ? ちなみに仲島君のスポーツ科は港工学で一番賢い、参ったか!」

 なにでドヤッてんだ? まぁ、長内が言ってることはウソじゃない。しかし、当の鬼束は楽観的だ。


「僕の成績は置いといて、仲島さんのフリーキックの練習をしましょう! ついでと言っては何ですが、どーせするなら、アレを身につけませんか? ここぞって時、武器になります。国立目指すんなら、これくらい出来ないとです!」

 こうして、俺たち3人は部活がない日、母校で秘密練習を開始した。




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