第29話 長内佳世奈の自主練 木ノ下

 長内おさない佳世奈かよな目線


「たのもー!」

 私と仲島君、悠子。嫌々付け加えると俊樹の母校。府別中の職員室に来ていた。ある用件を突きつけるために。


「なに、長内。先生に高校の制服姿見せに来たのか? 気使わせて悪いな」

「木ノ下。相変わらずキモい……あとヒゲれ」

 目の前の無精髭ぶしょうひげで中途半端なロン毛。教師とは思えない爽やかさを微塵みじんも感じないタレ目。木ノ下――下の名前は知らん。そこまで興味ない。中学時代の担任兼サッカー部の顧問。


「センセー。たいした頼みじゃないんだけど」

「ふむ。条件次第では応える準備はある。例えばチラリとか」

「相変わらずヤベーな。早く捕まれ。たいしたことじゃないよ、ゴールポスト。3つもあるでしょ」


「サッカーのか? あるが」

「1個でいいからくれ」

「くれと言われてやれるわけないだろ。学校の備品だ」

「ちぇ、ケチ。じゃあ貸してくれ。あと球拾いに1年生ひとり貸して」

「ゴールポスト使いたいのか? 別に構わんが……枇々木ひびきってそんな練習熱心だったか?」


「枇々木ってダレ?」

「何いってんだ、お前の――」

「言わせないよ!」

 私は木ノ下の脇腹に一発かます。


「痛ぇな、じゃあ誰が使うんだって……」

 職員室の窓から校庭を見る木ノ下。若いくせに老眼なのか目元を押さえる。

「仲島か? おまえ、ダンナ変わってないか?」

 ダンナってなに。

 いや、まあ仲島君さえよければ、ダンナになってもらう覚悟はある。いや、まだこちらサイドの準備が整ってない。中途半端に俊樹とは幼なじみ。親同士のこともある。親同士仲もいい。出来れば波風立てないエンディングを望んでるんだけど、いい案がない。


 なので必殺フェードアウトを狙ってるわけだが。あっけらかんと考えてるが、自分の汚れを意識しない時はない。あの俊樹との安易な仲直りも、今となっては後悔しかない。


「なに、港工学みなこー暇なの?」

「暇なわけないでしょ、センセーじゃあるまいし。今日はミーティングディ。グランドは他の運動部が使ってて。自主練も出来ないので、わらをもすがる気持ちでセンセーに」

「ははっ、オレ藁代表なのな。しっかし仲島って自分でボールバック持ってんの? 6個もサッカーボール持ってんだアイツ」

 サッカーボールを入れるバック。最大6個入る。試合とか移動するとき持っていくヤツだけど、仲島君は個人で持っていた。


「ボールはね、貰ったの。府別中の子に。高校でサッカー部ない子とか、部活は中学までって親と約束した子の」

「なに、仲島ってそいつらの思いも背負ってる感じなの。アイツ相変わらず静かにアツいよなぁ。わかった。ゴールポストは好きなだけ使っていい。ただし、奥のヤツな。あとひとり使っていい。なんなら女子マネ使っても――」


「それ結構です。っていうかお断り」

 仲島君は俊樹じゃないから大丈夫だけど、念には念をという。俊樹の例もある。近づけさせないに越したことはない。

 汚れてるくせに、なに女房面してんだ。ダメだ、考えないようにしよう。心配させちゃうし。


 いつもなら、いや中学時代なら、このまま背を向けて職員室を出たのだけど、ちょっと気になって口を開いた。


「あのさ、センセーさ。サッカーやってたんでしょ?」

「ん? まぁ、たしなむ程度にはな、どうした?」

「ん……その時ね、行き詰まったとかあった?」

 私木ノ下ごときに、何きいてんだろと思いながらも、ほんの少し素直になってみた。


「サッカーで行き詰まった、ないな」

「ないんだ……なんか凄いね」

「凄くないぞ。先生のサッカー人生は中学時代まで。高校、大学はどっぷり勉強三昧。親に禁止されてな」

 えっ、ちょっと驚いた。

 飄々ひょうひょうと生きてるようにしか、見えなかった木ノ下にも、そんな過去があるんだ。木ノ下は少し照れくさそうに続けた。


「中学時代、先生になりたかった。数学の。割と本気で。サッカーもうまくなりたかった。今思えば、実力的には、仲島の足元にも及ばなかったけどな。付け加えると、成績も並。まさに、二兎を追う者は一兎をも得ず状態だった。でも、若いし自分のこと見えてないから、俺なら出来るって思ってた」


「そうなんだ」

 どうしよ、思ってもない話になった。しかも在学中一度もためになったことがないと言い切れる木ノ下の話を、今聞きたいと思う。そして気になった。


「センセー、親に禁止されたって」

「うん、言ったろ。勉強もサッカーも中途半端なヤツだった。どっちかにしぼらないと、力をというか、努力を集約しないと、なににも、なれなかったかも知れんな。親だからわかったんだろ、こいつは2つの道を器用に目指せる奴じゃないって」


うらまなかったの?」

「恨んだよ、高校時代なんて口もきかなかった。中学時代一緒に部活してた奴らが、ベスト16だの、なんだのって聞くたび、ざわざわしたもんだ。でも、まぁ、そういう日々があったから、数学教師になれたわけだ。親には遅ればせながら感謝してるよ」


「へぇ……なんか意外」

「そうか? 別に意外でも何でもない。親には反発したけど、どこかで、考えて言ってくれてるんだろ、ってとこあったしな、仲島の親父さんは相変わらず、アイツのこと信じてるんだろ?」


「それは、うん。もう、まったく、ほんと1ミリも心配なんてしてない感じ」

「なら大丈夫だ。親ってのはさ、見てんだよ、どんな結果になろうと我が子がいどむ姿をさ、仲島の親父さんが口出さないってことは、仲島の努力を信じてるってことだろ? あと、お前も信じてるなら、やるしかないだろ」


 なんだろ、私、ちょっと大人になったのかなぁ……木ノ下の言葉なんかに耳を傾けるなんて、在学中じゃ、考えられない。

 でも、木ノ下の顔を見てわかった。木ノ下もきっと仲島君の努力を信じてくれてるんだ。


 ほんとだ、もう、やるしかない!


 ***

「仲島センパイ〜〜ちーす(笑)」

 仲島君は大丈夫でも相手から寄ってくるケースもある。もう興味津々で仲島君に声かけてくるメス共――失礼。女子マネたち。


「はいはい、練習の邪魔。あんたたちは部員の相手してなさい」

「長内センパイ元空手部ですよね、関係なくないですか?」

「面倒くさいこと言う子は拳で黙らせるぞ。誰でもいいから――いや、男子1年生ひとり貸して」

 顔見知りの後輩女子マネを追い払い、部員をひとり確保した。女子マネは去り際に『この浮気者〜〜』と捨て台詞。安心してください。浮気じゃないです。ピュアラブです。


 何がピュアラブよ、ホント。


 それはさて置きフリーキック。

 ボール6個くらいなんてスグだ。誰か球拾いがいないとつらい。ちなみに私にはそんな暇も余裕もない。

 こう見えて、先日から押しかけではあるけど、仲島君の専属トレーナーに就任していた。サッカー知識は、他の女子に比べてなくはないけど、怪しい。なのでサッカーにくわしい師匠から教えてもらってる。


 ちなみに師匠は仲島君のお父さん。お父さんはサッカー経験はないが、サッカー好きで三十年近くサッカーの勉強をしているらしい。システムとかかなり詳しい。特に最新のシステムに明るい。


 そんなお父さんに相談した。仲島君の現状とこれからの課題。港工学みなこーい上がるには何が必要か。仲島君に内緒でこっそり相談した。すると秒で答えが返ってきた。


「翔は背が低い。港工学みなこーは伝統的に守備中心のチーム作りをしてる。だから単純に背の高いフォワードを好む」

「でも、最近――っていうかここ何年も低迷してませんか」

 自称専属トレーナー。

 それなりに研究というか、情報を仕入れていた。弱小校ではない。でも……私の思う強豪校ではない。ここ数年県の選手権でベスト8にも残れてない。その理由をたずねた。


 するとこれも秒で返事が来た。

 私としては最近の低迷は、そのかたまった考えが原因ではないかと思っていた。なので仲島君みたいな新しい風が必要だと思う。身びいきはある。だけど本気でそう思ってる。


港工学みなこーイコール442なんだ。442が悪いわけじゃないが、完全に対策されてる。最近の高校サッカーはホントに進んでる。高校サッカーのレベルでも試合中にシステムを可変してくる」

 つまり、頑固に442を使い続けてるのが勝てない理由ってことでいいんだろうか? 

 ちょっと首を傾げる。

 そんな単純なことで何年も低迷するだろうか。公立高校の中では古豪。仲島君みたいに、基本がちゃんと出来てる選手も集まって来てるハズ。


「つまりFWとは高身長。たぶん翔みたいな、そのフィルターから外れた選手で優秀な子達はたくさんいるはず。活かしきれてないんじゃないかと思う」


 それはある! 

 何回かアレから仲島君が出る練習試合を観に行ったが『クソ眼鏡』はクソだった。トラップもまともに出来なくても、高身長だから使い続けてる選手がいる。


 げ句の果てには、仲島君のフォローが遅いだとか抜かす始末。因みに『クソ眼鏡』とは港工学みなこーのCチームの監督だ。


 その眼鏡の度入ってるか、真剣に心配した日もあった。見る目がない。だけど、文句ばっかじゃ意味がない。クソとはいえ監督だ。試合に出る選手を選ぶ権利がある。そして私と仲島君のお父さんが辿たどり着いた答え。


 それは『新たな武器が必要』だということ。

 元々俊敏性しゅんびんせい、縦への突破力、瞬間の速さ、状況判断などなどの武器はある。


 しかし、港工学みなこーの前線での足の引っ張り合いはハンパない。前後半通してパスを一度も出さない相方のフォワード。

 文句しか言わないディフェンス陣。横パスしかしない中盤。相方のフォワードは仲島君がゴールを決めないようにするためになら、相手チームにつぶされてもいいと思ってるようだ。


 これは仲島君が結果を出してしまうと上、つまりBやAチームに昇格してしまう。それは自分の昇格機会を失うことになるのだ。中盤は綺麗きれいにパスを回せればゴールなんて二の次。


 ディフェンスは失点がなければ、勝ちだと思ってるみたいだ。それはそうなんだけど。あのね、サッカーって知ってる? 

 ゴール決めないと勝てないの。教えてもらったことない? そんなチームだから仲島君の今ある武器の多くは埋没まいぼつしてしまう。


 そこでフリーキックなのだが。

 これはこれで問題が山積み。仲島君はシュート力が強い選手じゃない。中学時代。コーナーキックでさえ、ほとんど蹴らせてもらえなかった。


 にも関わらずフリーキックを武器にしようとするのには、仲島君のこういった追い込まれた事情がある。そしてその練習は秘密裏に行う必要があった。理由は邪魔が入るからだ。


 フリーキックを練習してることがバレたら、試合で蹴れない。そんな力が働く。ホントに変なチームだ。

 仲島君には本当に本当に合わない。でも、ここで結果を残したいという思いにいたい。彼の場合は結果を残し続けないとなんだ。








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